004 甥と姪と
004 甥と姪と
僕は今日もヤクルを連れて南斜面の草原にきていた。雪解け水の湧水に水差しの魔道具をかざして冷水を集める…カムナ山の天然水だ。草を食
むヤクルたちを眺めると、仔ヤクルの19号が元気に飛び跳ねている。ピヨ子は仔ヤクルの周りで羽虫を啄ばむ様子だ。
◇ (あたしはピヨ子と名付けられた。ご主人様の僕ちゃんに付いて山の斜面にある牧草地に来ている。ヤクルの血を狙う羽虫を周りで
啄ばむ!…気持ちでは拒否したい所だけど、あたしの神鳥の本能が羽虫を狩れと騒ぎ立てる! 喰らえ…【神鳥の嘴】♪…羽虫など瞬殺よッ)
母親の17号は乳も豊富で大人しく、以前に死んだ18号とは双子の姉妹だったそうだ。すると、仔ヤクルの19号とは「叔母と甥か姪」の関係
になるのかな…そんな、家族関係を考えて…僕はヤクルたちを放牧する。日が西に傾きかけた頃、不意に黒ヤクルの16号が顔を上げた。黒ヤク
ルの視線の先を見ると一頭の狼が身を伏せている。
「おーおーおー」
◇ (狼の姿が見えるが、僕ちゃんは男の子だ!)
僕は声を上げながら狼を警戒して狼に立ち向かう。霊樹の杖を振って威嚇すると狼は立ち去った。
「あれは、偵察だな…」
急いで結界の魔道具を回収しヤクルたちを連れて帰路につく。狼は森の中を縄張りとして草原に出てくる事は少ない。遮蔽物がない草原では姿を
発見しやすいからだ。
「狼の群れに出くわすと厄介だ」
◇ (ふはははは、狼などあたしの【神鳥の嘴突】で仕留めてくれるわ!)
草原でも多数の狼に囲まれると脱出は困難だ。狼の斥候を見たら早めに撤収するべし……オル婆の教えのひとつだ。なんとか急ぎ足でオル婆の小
屋に帰り着いた。
「オル婆。狼がでたよ!」
オル婆に声をかけるが返事がない…寝ているのかな。寝室に入ってオル婆の様子を伺うが、生気が無かった!
◇ (既にオル婆さんは魔力的に空っぽよ……魂の蘇生も出来やしない)
◆◇◇◆◇
オル婆が死んだ。枯れ木の様に冷たくなって横たわっている。その死に顔は穏やかで、何も語ってはくれない。僕は夜中まで泣いた。
◇ (僕ちゃんは男の子でしょ。泣き腫らしてみっともない…あたしが慰めてア・ゲ・ル・わ)
泣き疲れて眠った僕は夢を見た。
「オルフェリアの弟子よ悲しむ事はありません」
「………」
以前に見た森の女の似姿に僕は驚くが…これは夢だと気付いた。
「死は終わりではありません。次の生へと続く道のり…」
僕はいつの間にか眠ってしまったらしい。森の女の似姿は続ける。
「オルフェリアの弟子よ貴方には二つの道があります」
「それは、どういう意味ですか?」
僕は夢の中で尋ねた。
「ひとつは、ここから村に降りて下界と交わる道。もうひとつは、森に入って我々と交わる道です」
どうやら、この女は森の人に違いない。
「どちらの道を選ぶのも、あなたの自由です」
「………」
僕は少し考えて答えた。
「村に降りようと思います」
森の女の似姿は少し残念そうな表情を見せた。
「そうですか…あなたの道行きに幸あらん事を祈ります」
「ありがとう」
そう宣言して、森の女の似姿は夢の中から消えた。
◆◇◇◆◇
次ぎの日の朝。僕は黒パンをかじって小屋を出た…悲しくても腹は減るらしい。僕は森の中の獣道をぬけて山を下りマルヒダ村へ向かった。
マルヒダ村に知り合いは多くない。焼きたてのパンを売る食品店の女店主に声をかけられた。
「いらっしゃい。坊や」
僕は暗い顔で打ち明けた。
「オル婆が、死んだのです…」
「おや、まぁ!」
女店主は驚いた風だったが、僕は続ける。
「どうしたら良いか…」
「まぁ、気を落としなさんなッ」
何に思い当たったのか、女店主が慌てて言う。
「手伝いには行けないけど村長には知らせておくから、元気をお出しよ!」
「うん。ありがとう」
方策も無く魔道具店の前を通ると、親方に呼び止められた。
「小僧。待ちな…どうした、そのツラは?」
「えっ」
泣き腫らした酷い顔だったのか、親方は怪訝そうにじろじろ見る。
「何があった?」
「オル婆が、死んだのです…」
「何と!」
「………」
親方は慌てて店を閉めると、力強く僕に言った。
「婆さんの後始末はオレに任せろ!」
「お、お願いします」
親方の申し出は意外だった。
◆◇◇◆◇
オル婆の小屋はマルヒダ村から森の斜面を登り3時間ほどかかる。えっちらおっちら。小屋に着いてオル婆を見た親方が言う。
「婆さん。大往生じないか…安らかな顔をしてやがる」
「そうですか…」
失礼な物言いだが親方に悪意は無さそうだ。
「早速に墓を掘って埋めてやろう。魔物に喰われたら可哀想だ」
「はい」
小屋の裏山に二人で墓を掘り、焚き木を積み上げて遺体に火を付けた。
「何の神でも良いから、祈ってやれ!」
「そうします」
遺体は枯れ枝の様に燃え尽きた。あっけないものだ。遺骨も灰も墓に埋め手近な石を積みあげて最後に冥福を祈った。
………
「おーい。誰かいるか?」
小屋の方に来客の様だ。急ぎとって返すと小屋の前には中年の男と女が立っていた。
「どちら様ですか?」
「俺たちはオル婆さんの身内の者だ。婆さんが亡くなったと聞いてウリモロ村から来た」
ウリモロ村はマルヒダ村の近隣にある。
「埋葬しましたが、祈られますか?」
「いや、その前に確認だが…君は小間使いの小僧かい?」
何か値踏みをする様に中年の男は僕と親方を見比べる。
「そうだと思いますが…」
「こちらの旦那はどちら様かしら?」
横から中年の女が口を挟む。
「オレはマルヒダ村の道具屋だ」
「道具屋?」
中年の女は何か思案する様子で小屋に入って行った。すかさず中年の男が言う。
「身内だけで話したい。あんたら帰んな」
「待て待て、小僧はオル婆さんの弟子だ。無関係とは言えん!」
親方が咄嗟に交渉を繋いだ。
◆◇◇◆◇
このあと話し合いの結果。ふたりはオル婆さんの甥と姪だそうで、遺品の形見分けをする事になった。
中年の女は訳知り顔で形見の品を並べた。杖、魔術の本、短剣、帽子、ローブ、鉈、鋸などの生活道具…中年の男が仕切る様だ。
「オル婆さんには、夫や子も孫もいない。だから婆さんの姉貴の子である俺が遺産を引き継ぐ」
「ええ、良いわよ」
姪が相槌を打つと、甥が話を進める。
「もちろん、婆さんが世話になったお前たちも形見の品を受け取ってくれ。ただし、この杖は母に持って帰りたい」
「わかったわ」
「…」
姪が魔術の本を手に取った。僕は…つば広の帽子を選んだ。
「そちらの旦那はどれにするの?」
「いや。オレはいらぬ」
親方は憮然として答えた。
………
仕方なく山を下る僕に親方が言う。
「オレの店に来ないか。住み込みの見習いとして使ってやる」
意外な申し出に驚いたが、
「よろしく、お願いします」
オル婆がいない小屋には住めない。マルヒダ村へ行くのも悪くはないか。
「ピィーヒヨョョョ」 ◇ (元気を出してご主人様。あたしには前世の知識があるわ!)
僕の頭の上でピヨ子が寂しく鳴いた。
【続く】
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※オル婆さんが亡くなりました。見た事も無い甥と姪が現われて遺産相続しますが、マキトにはどうも出来ません。村に降りて魔道具店で働きます。