034 蒸気鍋と新製品
034 蒸気鍋と新製品
僕はブラアルの町にいる。ブラアルの町はブラル山の鉱山と共に活況を呈していた。見知った町の中央通りを進み坂道を登る。高所にあるとはいえ夏の暑さに汗が噴き出る。
町はブラル山の斜面にあり上に向かうほど立派な建物が目立つようになる。まずは、蒸気鍋の入手だ。夕刻が迫るが今日中には挨拶しておきたい。その店は下層区と中層区の境にあった。以前に蒸気鍋を作った鉄製品店スミノスの店だ。
「こんばんわ。スミノスさん」
「よぉ兄弟!」
僕とスミノスは本当の兄弟ではないが、蒸気鍋を一緒に開発してからスミノスは僕を兄弟と呼ぶ。鍛冶の男スミノスは、煤に汚れた顔を拭って出迎えた。鍛冶の仕事はさぞ熱いだろう。
「商売繁盛のようですね」
「おうよ」
鉄製品の他に店のいちばん真ん中には真新しい蒸気鍋が並んでいる。
「今日は、新しい蒸気鍋を買いに来ました」
「どれでも選んでくれ」
値段を見ると大鍋が「金2.2.1」…金貨2枚と銀貨2枚と大銅貨1枚で245カル。小鍋が「金1.1.1」」…金貨1枚と銀貨1枚と大銅貨1枚で125カル。中鍋もあるが…
「この赤い蒸気鍋が良いですね」
「おぉ、お目が高い。それは銅で作ってある」
たぶん性能は3倍だろう。大の蒸気鍋と小の蒸気鍋を買うと大負けで金貨3枚となった。スミノスの話では、最近は傭兵団が蒸気鍋をよく買って行くそうだ。
北の国の政変のせいか北方に出稼ぎに行く庸兵団が多い様子だ。また、ブラル鉱山から産出する火の魔石も北方に流れているらしい。おかげで町の景気は良い。
今日はもう店を閉めるとスミノスが言うので、酒場で飲む事になった。
「兄弟と久しぶりの再会を祝って!」
「スミノスさんの商売繁盛を…」
「…」
泡が立ったカップを掲げる。
「「「乾杯!」」」
スミノスは仕事上がりの一杯を旨そうに飲む。リドナスも平気の様子だ。僕はかねての構想を提案した。
「ひとつ新製品の提案があるのですが…」
「なに! 新製品だと!?」
途端にスミノスは食いついた。
「はい。この夏の暑さ対策で氷の魔道具を作りたいのです」
僕は氷の魔道具について概要を説明した。
「なるほど面白そうだ。協力するぜ!」
「ありがとう、ございます」
スミノスは試作品の材料費などを負担する代わりに新製品の販売は任せてくれと言う。僕はギスタフ商会にも販路を紹介する事で折り合いを付けた。
酒場での夕食は盛り上がった。
◆◇◇◆◇
次の日、僕はスミノスの鍛冶場で氷の魔道具の試作品を作っていた。スミノスの協力で買い付けた氷の魔石を取り付ける。
試作品は円筒形で中に水を注ぎ取手を廻すと、円筒が回転して中の水が染み出し冷気に晒される。このまま微細な氷が出来れば、かき氷機となるハズだ。
しかし、作成された氷は解けかけの雪の様で水分が多かった。
「もう少し回転速度を上げたら、どうでしょう?」
「しかし、冷気が不足だな…」
何度も試作と実験を繰り返すが、雪の様なかき氷には成らない。その日は試作を中断して解散となった。
僕はブラアルの町を歩いていた。リドナスを連れて通りを進む。
「しかし、氷の出来がいまいちだよな」
「…」
僕は氷の魔道具の試作を思い返していた。リドナスは通りの果物屋を眺めている。
「魔力の変換効率を上げて…冷気の温度を下げるには…」
「……」
思案しながら通りを進むと魔石の専門店があった。
「氷の魔石が高すぎる…」
「主様、このままでも 冷たくて おいしい水 デスヨ」
めずらしく汗をかいたドナスが自分の意見を言う。
「いっそ、冷水器にするかな…」
「はい?」
リドナスが聞きなれない単語に不思議な顔をしていた。僕は水筒の水を飲むが、少し温い。
確かに、この暑さなら冷水器があれば売れるかも。思案をしつつ宿に帰った。
………
◆◇◇◆◇
次の日、僕は朝市でいくつかの果物を買い集めた。蜜柑に似た果実、葡萄に似た果実、檸檬に似た果実、瓜に似た果実など。
「今日は水ではなく、果汁を絞って氷にします」
「面白そうだな」
早速に試験を始めると、相変わらずに氷の出来はいまいちだが、氷の分だけ果汁の濃度が増したせいか、思ったよりも良い味になった。
「これは、イケルかも…」
「ウマいな」
「冷たくて 美味しい デス」
スミノスの提案で果汁を絞る仕組みを追加した。試作2号機の完成だ。
「【命名】…ミゾレ機!」
「ミゾレ機?」
「…」
新しい機器に名前を付けた。雪が解けてみぞれに変わる状態を参考にしている。僕はミゾレ機を手に入れた。
ギスタフ商会の親方に手紙を書いてミゾレ機の販路について相談しておく。蒸気鍋の宣伝も忘れない。スミノスさんには、アルトレイ商会のキアヌ商会長にも紹介したいと話しておく。販路を広げよう。
最後にもうひとつ提案する。
「製品にはスミノスさんの印章を入れましょう」
「印章?」
いまいち通じない様子だ。
「紋章とか家紋でも良いですから、スミノスさんの作品である印ですよ」
「ほほう」
印章について思案する様子のスミノスを置いて鍛冶場を後にした。
僕は早速にミゾレ機を持って町の上層区にある陶芸工房に向かう。古色蒼然とした趣のある工房の中に入ると、鬱屈として活気か無かった。
「おや?君は…」
「以前に師匠にお世話になった者です」
弟子のひとりが僕を見咎めるが、男の顔色は冴えない様子だ。
「師匠なら、奥にいると思いますが……」
「ありがとう!」
僕は工房の奥に進み陶芸工の師匠を探した。
「師匠!」
「なんじゃ…君か」
陶芸工の爺さんは研究室で独りうらぶれていた。
「どうしたのですか?この有様は」
「工房はもう駄目じゃ……」
話を聞くと、工房で生産していた陶器は安い木製の器や金属製の器に押されて生産が減っているそうだ。工房で働いていた職人の数も随分と減ったらしい。ミゾレ機で冷やした葡萄果汁を飲んでひと息ついてもらう。
「う、うまい……良い魔道具じゃのぉ」
「スミノスさんの新製品ですよ」
関心している爺さんに僕は出来たてのミゾレ機を紹介した。
「ほほう、蒸気鍋のスミノスじゃな」
「ええ」
僕は傍らにあった粘土を手に取り壺の形に形成した。
「壺の形に…【形成】…【硬化】」
「!…」
驚いて言葉も無い爺さんに僕は続けて話す。
「師匠のおかげで、精進しました」
「なんと!…」
僕は独自の魔法について説明した。爺さんの技量なら習得は容易だろう。弟子たちに【形成】の呪文を訓練させれば、陶器を量産化して価格競争も可能と思う。
僕は粘土の壺を手に取り細工を施す。
「…【切断】…【切断】…【切断】」
壺に細かな切り込み文様を描いた。拙い透かし彫りの実演だ。
「上級の職人には、こんな細工はいかがでしょう?」
「なるほど、斬新で良いのぉ」
完成品は熟練の職人技に期待しよう。僕は感激した爺さんの屋敷に招かれた。
◆◇◇◆◇
爺さんの家は工房の近くにあるお屋敷だった。上層区の他の屋敷にも負けない立派な造りだったが、屋敷では執事とメイドがひとりずつ出迎えた。
「おかえりなさいませ、旦那様」
「うむ。客人じゃ」
若い執事が型通りに主人を迎える。むむぅ若い執事が応えるならBLの世界だろか。若いメイドは無言で消えたが役割分担だろうと思う。僕らは若い執事に案内されて応接室で待つ。すぐに若いメイドが茶を持って来た。主人が応接するまでに時間がかかるようだ。
応接室の調度品を眺めていると、しばらくして爺さんと婆さんが現れた。若いメイドが新しい茶を入れて奥に消える。
「お待たせした。わしの家内じゃ」
「エリザベートと申します」
僕は部屋の空気に緊張した。
「ま、マキトです」
「…」
エリザベートは好々とした婆さんで、若い頃はさぞかし美人と思われた。
「マキト殿は新進気鋭の職人でな…」
「まぁ!」
爺さんは僕を新進気鋭の職人と紹介した。これで、もてなしの程度が決まると思われる。興奮して話す爺さんの話をエリザベートは微笑んで聞いている。
「そちらの方は?」
「私は リドナス と申しマス」
護衛然として控えていたリドナスにエリザベートが声をかけた。
「奥様は獣人を嫌わないのですか?」
「もちろんですとも。この町では傭兵を仕事にする者が多いのよ…それに獣人の方もね」
どうやらリドナスも客人として迎えられそうだ。僕らは爺さん…ウォルドルフ家の世話なった。
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