ep342 聖都カルノ東部地方
ep342 聖都カルノ東部地方
聖都カルノの西方には交易路の拠点としてシドニアリスの都市があった。東西交易と商いの中心として栄えた町は開かれた都市でもある。
その西方から聖都カルノに凶事が知らされる。古くからシドニアリスの都市を守る自警組織とも言えるシドニアの騎士団に反乱軍が生じたのである。当初から反乱軍の鎮圧にはシドニアの騎士団の各方面軍から討伐隊が差し向け向られた。その悉くは討伐任務に失敗して反乱軍へ宗旨替えをする者が多かった。反乱軍の首魁はキブラ男爵と言う軍事の専門家らしい。
これに危機感を覚えたシドニアリスの首長は聖都カルノの威光に縋った。宗教国家として聖都カルノの教皇はシドニアリスの全市民の改宗と従属を求めたが、反乱軍に追われた首長らは従属の条件を飲むしか方策も無かったのだ。それで討伐軍の派兵が決定された。
文官と見える従者を引き連れて巫女姫ルレイが神殿に帰還した。とても憤慨したご様子である。
「まったく!爺どもめッ、奴ら焼菓子の分け前にしか興味が無い様子じゃ…」
「ルレイ様っ!」
年長の従者が巫女姫ルレイの失言を咎める。神殿の爺は焼菓子がお好きか……交易都市シドニアリスの利権と分割統治の相談であろう。
「姫様、ご出陣でございますか?」
「無論ッ」
「はっ!」
若き武官と見える従者が戦の準備に飛び出して行く。マキトは神殿の食客となりて魔道具の研究と、喰っては寝るの暇な毎日だった。
「そろそろ、客人にも働いて貰わねばなッ」
「はっ!?」
マキト・クロホメロス卿は東部地方の反乱に巻き込まれたらしい。
◆◇◇◆◇
聖都カルノは多くの宗旨宗派が神殿を構える巨大な聖地でもあり宗教国家だ。その中の大小の神殿は白の教会派と黒の神殿派との二大勢力に分かれて権力争いをしていた。
東方討伐軍には少しでも戦後に有利な発言権を得ようと多くの宗旨宗派が参加した。急速に烏合の衆は東方討伐軍となりて交易都市シドニアリスへ迫る。
マキトは聖都カルノを出立するに際し、英雄カイホスロウから依頼を受けた。
「小僧っ…いや、マキト殿。お主に頼むのは筋違いと思うが…巫女姫を守ってくれッ」
「っ!、巫女姫様の身に危険があると?」
急に何を心配してか、英雄カイホスロウは明らかに動揺をしている。
「実際に、巫女姫を快く思わぬ政敵も多いのだッ」
「カイホスロウ殿も討伐軍へ参加すれば、良かろう?」
「我らは西門を離れられぬ故…」
「…」
確かに西のアルノドフ帝国からの攻撃に備えて、防衛軍の将軍は必須だろう。何か深い事情がありそうだ。マキトが思案をしていると東方討伐軍の行軍が停止した。
巫女姫ルレイの軍勢は主攻の路を外れて野営陣地の構築を始めた。こんな場所ではシドニアリスの分捕り合戦に間に合わないと馬鹿にする軍勢は野営の陣地を追い越して東方へ向かう。
「これに、取り出しましたのは、柿渋を塗った生地に御座います…」
マキトは口上を述べながら自作の気球を組み上げた。
「点火せよッ」
「はっ!」
巫女姫様の号令で燈火が灯された。急速に温められた空気が気球を満たす。
「「 おぉぉおお! 」」
「浮いたぞ…」
「飛行の魔法かッ…」
「馬鹿なッ、雷に撃たれて落ちるさ…」
兵士の歓声と呪いの言葉は半々だ。マキトは呪詛にも負けず気球へ乗り込んだ。護衛として獣人の従者エナ・ウンも籠に乗る。
「下手な考えは、捨てる事だ」
「…ぐっ」
このまま気球で逃亡する事を疑うか、敵軍へ内通するのを恐れてか、従者エナの監視も刺々しい。マキトが暇に明かせて製作した気球は想定通りに上昇を続けた。
ぐらり、気球に吊るされた籠が揺れる。
「おおっと!」
武装も装備も最小限にして乗り込むが、一人乗りを想定した籠は狭い。双丘のでっぱりを背中へ押し当てられると思わぬ事故にとんがってしまうよ。
「変な気は起こすなよ、私の牙は御身を噛み千切るぞッ」
「…ひぃ」
さらにマキトが羽扇子を振るうと気球の上昇速度が増した。それは巫女姫ルレイの愛用の指揮棒を参考にして作られた魔道具で気流を操作し風を操る。マキトの忍耐も中々な者だ。
「おぉぉ、意外と快適な乗り物だな……敵軍が見えるぞッ!」
珍しい光景に高揚したエナの声が響く。
残念ながら望遠の魔道具も無かったが、エナの野生の眼には敵軍の動きが見えた。マキトが遠方を見ても豆粒にしか見えない。
会戦の当初は烏合の衆の東方討伐軍よりも統制のとれた反乱軍が有利に戦闘をしていた。しかし、半日も過ぎると急速に東方討伐軍が連携をして、多数の兵力を生かした戦いを進める様子に変った。
それは後方で戦局の全体を見通した司令部の存在が大きかった。巫女姫ルレイの軍勢は多数の伝令の兵士で構成されて、上空からマキトが偵察した情報を基にして味方の各軍勢へ指令書を届けたのだ。当初は巫女姫ルレイの指令に反発した味方の軍勢も指令書の予言が的中するにつれ、信心を重ねる様子に変った。
それからの東方討伐軍は連戦連勝を重ねて、遂に交易都市シドニアリスを反乱軍から奪還した。
「聖都カルノの教皇は、シドニアリスの解放を宣言する!」
「「「 うおおぉぉー 」」」
東方討伐軍は市民の歓声で迎えられた。
「教皇さま、万歳ッ…」
「聖都カルノに栄光あれッ…」
「あれが、解放の女神ルレイ様よッ…」
それは、交易都市シドニアリスの事実上の植民地化宣言でもあった。聖都カルノの本国では戦後の利権を分捕る争奪戦が始まっていた。
ここに巫女姫ルレイは預言者の評判を得た。マキト・クロホメロス卿の戦功も測り知れない。
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