ep335 欲望の末路
ep335 欲望の末路
水の神官アマリエはさる大貴族の別邸を訪れた。館の招待客は水の神殿に多額の寄付をした信者で、アマリエの参内を望んだ。それは、ご趣味の絵画のモデルとして「精霊の水瓶」と共に描きたいとの要望だった。しかし、別邸を訪れた水の神官アマリエは魔族の大使と見える中年男に襲われた。
「逃がさぬぞッ、者どもかかれ!」
「「 はっ 」」
屋敷の使用人と見える女中や兵士が応接室へ殺到した。大貴族ならば多くの護衛を引き連れている。
「なっ、何をする!?」
窮地を悟った水の神官アマリエは「精霊の水瓶」の中身をぶち撒いた。アマリエの魔力操作で大量の聖水が魔族の男へ襲いかかるのだ。
「喰らいなさいッ」
「うわっ!」
聖水は高濃度に魔力が含まれた液体で水の蒸発と共に魔力も失われる。その効果は魔物除けや悪霊の退散にも有用で、魔力に敏感な魔族には激痛となるのだ。聖水を浴びた魔族の男は明らかに動揺した。
その場の混乱に乗じて水の神官アマリエは大貴族の別邸から逃走した。秘密裏にアマリエを別邸へ招待したらしく、追手の人数は少ない。
◆◇◇◆◇
帝都の衛兵フレデリク・ハーンは久々の休暇に猟犬を連れてハーン家が所有する農地を訪れた。そこは帝都の郊外でも南部の平原に接した広大な土地だ。季節が良ければ、露地物の野菜を栽培して帝都に運ぶと言う近郊農地でもある。寒風が吹いて農地の枯草を巻き上げた。
「うっぷ、寒っぶい…」
-WAN、WAN-
猟犬のモロが吠えるのは、農地に獲物を見付けたという訳では無い。猟犬のモロは帝都の警吏が盗賊の追跡に使う魔獣で、匂いには敏感に追跡の訓練がされている。
「モロ、ここか!」
農地には新しく掘り返した跡があった。この季節に植える作物は見当たらず、畑の手入れにしては局所に過ぎる。フレデリクは嫌な予感を覚えて畑を掘った。
「くっ、まさか…そんな事には…」
-WAN、WANッ-
猟犬のモロは間違い無いと吠える。モロの鼻は優秀で盗賊の追跡にも実績がある。畑に埋まった無残な死体はハーン家の主人に相違ない。
-UWW、WAN、WAN!-
「はっ?」
帝都の衛兵フレデリクは警戒する猟犬モロの鳴き声を聞いて我に返るが、賊と見える風体の男たちに囲まれた。
「フレデリク、余計な事を嗅ぎ付けたなッ」
「あ、兄貴ッ!」
賊を指揮するのは実家の兄ライオネルだ。手にした「豊穣の鉄鍬」を電光の速さで振り下ろす。
「死んでもらおうッ!」
「なっ」
帝都の衛兵フレデリクは咄嗟に回避したが、兄ライオネルの斬撃は足元の農地を粉砕して肥料に変える。それでも「豊穣の鉄鍬」の威力に驚く暇も無くて、取り囲む賊がフレデリクへ襲い掛かる。
「どりゃぁぁあ」
「ぐばっ!」
護身用の山刀で応戦するのも不利と見えたが、ぴゅーいと笛を吹いた警吏の隊が現われた。
「しまった。謀ったなッ」
「何の手立ても無しに、捜索をすると思うのか?」
御用。御用。と配下の小者が騒ぎ立てて賊を捕縛して行く。この期に及んでは逃亡も不可能だろう。
「くっ、俺に店を任せておれば……」
「何を言うかッ!」
ライオネル・ハーンは実父の殺害容疑で捕縛された。
◆◇◇◆◇
エルビラ・レストウッドは貴族のご令嬢と見えたが捜査には協力的であった。豪商と言われるレストウッド男爵は過去の不正を告発されて警吏の牢獄に捕らわれている。噂ではエルビラ嬢が実の父親を密告したらしい。
「ん、告発の準備は出来たかしら?」
「はい、お嬢様。完璧な証拠を用意してございます」
エルビラお嬢様は豪奢な金髪を揺らして家令の答えに満足した。
「おほほほほ、それは楽しみだわッ。これで、お父様が釈放される見込みは無いわねッ」
「さて、ご用命の件。ご出発の予定は……」
最大の難関と思えた告発の準備を家令の男に任せて、エルビラお嬢様は冬季の旅行へ出かけるらしい。本当に親子の情愛は無い者か。
「最高の馬車と最高の御者を用意なさいッ」
「はっ、心得てございます」
家令の男は慇懃に応えるが、その伏せられた目はギラリと怪しく光る。お嬢様の企みも危ういと見えた。
◆◇◇◆◇
帝都の郊外にあるマキト・クロホメロス男爵の屋敷には懐かしい顔が集まった。剣士、治療師、戦士、弓使い。いずれも儲け話を嗅ぎ付けて集まる面子だ。
「マキト、昔し馴染みじゃねーか。頼むぜッ」
「…それで、除霊師が必要だと?」
人族の剣士マーロイは馴れ馴れしくもマキトに懇願した。実際にマキトは知人の頼みに弱い。帝都の迷宮を探索するには亡霊対策に除霊師か、優秀な魔術師が必要とされる。
「あんたッ、探索者の誇りって物は無いのかいッ」
「お宝を前にしては、引き下がれねーよ!」
奥様のナデアが旦那のマーロイを窘めるが、引き下がる気配も無い。探掘者でもある獣人の戦士バオウが感想を述べる。
「GUF 尤もな話ダロ…」
「帝都の地下迷宮が開かれたのは数百年ぶりなのよッ…絶対にッお宝があるわ!」
弓使いで迷宮の情報に通じたシシリアが意欲を見せるのは、確実な情報を掴んだ所為か。
「ほおぉ…」
マキトも彼らの話には関心を示した。こうして、昔し馴染みの仲間が屋敷を訪れたのも何かの縁か。帝都の地下迷宮の最深部には本格的な討伐隊が挑んでいるが、未だに迷宮のお宝が発見されたと言う報告は無い。むしろ、数百年ぶりのお宝が眠っていると期待されているのだ。その影響で無謀にも地下迷宮の最深部へ挑む冒険者は多くが行方不明となっているらしい。そんな惨状は迷宮の主の策謀と思うツボだろうか。
彼らは本格的に迷宮探索の準備を始めた。
--