ep331 帝都の地下迷宮
ep331 帝都の地下迷宮
マキトたちは地下迷宮の包囲殲滅の罠を突破して広間の奥へと進んだ。亡霊が大量に発生した原因の調査としては、そろそろに引き揚げ時かも知れない。
これまでの経路を記したゴーレム娘のフラウ委員長が手書きの地図を参考にすると、既に帝都の中心部へ入ったと思われる。その時、先行する冒険者のひとりと出会った。
「ひとりかッ!?」
「これは、クロホメロス卿ッ!」
マキトが誰何すると聞き覚えのある女の声だった。黒衣のローブを跳ね上げた顔は水の神官アマリエだ。
「アマリエさん。こんな場所でお一人とはッ!?」
「討伐隊は……壊滅しました」
「なんとッ!」
水の神官アマリエが語る話では、帝都の地下迷宮の異変を察知した水の神殿が冒険者ギルドへ迷宮の調査を依頼したと言う。
「…それで、私ひとりが生き恥を…」
「アマリエさんだけでも無事で良かった。敵の魔物はどんな奴でしたか?」
なんでも、魔人とも見える異形の魔物で石化の魔法を使うらしく、その黒衣のローブは石化の魔法を避けると言う。…随分と用意が良い者だ。
「クロホメロス卿。この先は危険ですッ、引き返して討伐の準備を…」
「大丈夫。我らの護衛は中々に強力ですよ」
水の神官アマリエはマキト・クロホメロス男爵の護衛の人数を見て心配している様子だが、マキトの意志が固いと見て決意を固めた。
「……ならば、私もお供させて頂きますわ」
「アマリエさん。お役目の方は?」
直ぐにでも水の神殿へ帰還して、討伐隊が壊滅した顛末を報告の上に対策を講じる必要があるだろう。マキトとしては対策の為にひと目でも敵の様子を見ておきたい所だ。ゴーレム娘ならば、石化の魔法は無効だろうとの期待もある。
マキトたちは水の神官アマリエを戦力に加えて迷宮の探索を続けた。
………
帝都の地下迷宮は徐々に傾斜して深部へ向かっている様子だ。郊外の子爵邸の入口から侵入したマキトたちは討伐隊よりも幾分か遅れた行程と思われる。水路の流れに沿って迷宮探索が進むのは、補給の制約から言っても当然の流れだろう。マキトは水の神官アマリエの疲労を考慮して早めに休息とした。
野営の準備に水の神官アマリエが浄水を集める。
「水の精霊神フラッドナリスよ 信徒にお恵みを お与え下さい…【集水】」
「アマリエ様。お恵みを有難うございます#」
ゴーレム娘のフラウ委員長が水瓶にアマリエの集水を受けた。水の神官アマリエは討伐隊が壊滅しても精神的に参る様子はなく気丈に振る舞う。フラウ委員長の診断でも特に精神の乱れは見えなかった。
「マスター。敵襲ですッ#」
「!」
野営の準備を中断してゴーレム娘の二機が魔物の対処へ向かった。
「行くぜッ#」
「はい。ですっ#」
慣れないアマリエは心配して尋ねるが、マキトは悠々とした余裕を見せる。
「二人だけで、大丈夫ですか?」
「心配は要らないさッ」
ものの数分で魔物を討伐したらしい。ゴーレム娘のフローリアが得物を槍の穂先に掲げて帰還した。フレインのドヤ顔が眩しい。
「ふんっ#」
「お肉をゲットですぅ#」
迷宮では食糧の調達も大変なので、二人の活躍を褒めてやろう。水の神官アマリエはゴーレム娘の活躍に驚くばかりだ。野営の夕食に迷宮料理が追加された。
マキトは食事の後で水の神官アマリエに尋ねる。
「アマリエさん。お勤めの方は問題ありませんか?」
「はい。男爵様のご心配には及びません」
そうは言うが随分と他人行儀なアマリエの様子にマキトは違和感を覚えた。水の神殿のお勤めは多岐に渡るが、水の神官アマリエは帝都の郊外を廻り病人の救済に活動をしていたと思う。
「水場が近くて……修行にはご都合がよろしいかと思いますが…」
「いえ。お気づかい無くッ!」
それにアマリエの特徴的な貧乳を見ると、違和感の正体が判明した。ゴーレム娘のフラウ委員長がご主人様を庇い前に立つ。
「マスター。お下がりを#」
「アマリエさん。偽物ですねっ」
「っ!」
偽物の水の神官アマリエが、手にした錫杖でフラウ委員長を強打し後方へ跳んだ。防御するゴーレム娘のフラウ委員長は左腕の射撃を妨げられた形だ。
「やっ、はっ、きゃん!#」
「ふっ」
偽アマリエは練達の体術と杖裁きでゴーレム娘フレインの飛び込みを躱して、連続技にも隙を見てひと突きにフレインの体勢を崩した。迷宮の壁に激突するフレインは相当のダメージと見える。
「逃がしません#」
「ふはははは、儂も古流槍術では負けられぬッ」
ゴーレム娘のフローリアは愛用の槍で挑む。応える偽アマリエの声音はしわがれた老人の様で別人と思える。まさか、本人の体を悪霊に乗っ取られたのか。達人技の槍術にマキトも目が離せない。あっと言う間にフローリアも突き崩されて巨体を揺らした。
「待ちなさいッ#」
「っ!」
タタタン。ゴーレム娘フラウ委員長は最速で石弓を三連射するが、偽アマリエは超人的な跳躍を見せて回避した。偽アマリエの眼光がギラリと光ると、そのまま迷宮から逃走した。
「マスター。申し訳ありません……賊を取り逃がしました#」
「…あれは、無理だろう」
既にフラウ委員長の索敵範囲には賊の痕跡も無い。相当に潜伏と逃走に長けた賊らしい。
………
緊急事態であれば、現場に急行するか即時に撤退をすべきであった。マキトたちが相当に時間を浪費して、迷宮の祭壇と見える場所に到着すると、黒衣の僧侶と見える遺体が方々に倒れていた。
「何が、起きたッ!?」
「……」
既に物言わぬ遺体は、苦悶の表情に恍惚を湛えて息絶えていた。死因は石化の魔術では無かったのか。
「うーむ」
「ご主人様。地下へと続く扉が開いていますッ#」
祭壇に張り巡らせた結界の魔方陣は骨董品の様な魔道具を繋ぎ合わせて効力を相殺するらしく、破られた封印は迷宮の最深部に続く扉を開いていた。濛々と立ち込めただろう瘴気は既に下火となって残滓が残るのみだ。マキトは得体の知れない魔物が立ち上がる様子を想像して身震いした。
「ううっ、寒い…」
「迷宮の探索も、これまでの様ですね#」
迷宮の瘴気に中てられてマキトが跪く。意外な所でマキトの身に負担が掛かったらしい。
ご主人様の不調には止むを得ず、調査隊は撤収を決めた。
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