ep328 怪盗パナエルスの被害
ep328 怪盗パナエルスの被害
帝都の商業地区は南北の中央通りと東西の街道沿いに栄えてその中心地は大商人の成功者として羨望の地位にある。北区は聖都カルノの時代から栄えた老舗が多く貴族街もあり、南区は新興の貴族と市民が多く暮らす下町だ。その中心地には夜間でも明りを灯す贅沢な商家がある。
そんな贅沢な商家で事件が起きた。街の警吏が鳴らす警笛が賊の逃亡を知らせると、町の住民は門戸を閉ざして賊に警戒するのも常識と言える。
「追えッ、賊を追えぇ! 逃がすなッ!!」
「「 はっ! 」」
まさに今夜の警邏は当りであった。
「怪盗パナエルスを捕えれば、大手柄だぜッ」
「ひやっはぁー!」
南区の警吏グロウ捜査官は手下の小者を連れて街路を駆けた。警笛の合図を聞けば、南区の街路へ賊を追い込んだと思える。
「きゃっ」
「おおっと、失礼。シスターお怪我は?」
グロウは路地を曲がり端にご婦人と衝突した。水の神官と見える衣装には見覚えがあった。重そうな水瓶を抱えてよろけただけか。
「っ、問題はありません」
「…夜道には、気を付ける事だッ」
しかし、この貧乳ちゃんに見覚えは無い。どこも痛めた様子は無いと見て、グロウは賊の姿を探した。
「あなたの道行に 水の精霊のご加護が ありますように…」
「ふむ」
手下の小者が賊の痕跡を発見したらしい。
「兄貴ッ賊が……」
「応うよッ!」
南区の警吏グロウ捜査官は怪盗パナエルスの痕跡を追った。
◆◇◇◆◇
北区の警吏長官の下には怪盗パナエルスの被害に遭った商人からの陳情書が届けられた。家宝の骨董品を盗まれたという事情は捜査の過程でも報告を受けていたが、家宝の品には懸賞金を掛けて捜索すると言う商人らしい事が記述されていた。これを利用して南区との合同捜査が捗るかも知れない。
「…との報告により、怪盗パナエルスによる被害は六件目になります」
「ふむ」
新任の秘書官は小役人と見える面白味の無い男で、事件の報告は続く。そう言えば、先任の警吏長官はゴーレムを秘書官に使役していたと言う噂だ。
「いずれも、価値の低い骨董品ばかり…」
「七つ集めると願いが叶う、と言う訳でもあるまいッ」
冗句に反応して秘書官の男が笑う。ゴーレムでは感情の機微は分からない。
「ふふっ、ご冗談を…」
「冗談はさておき、賊の密告に懸賞金を掛けようと思うが……どうか?」
警吏長官が方策を述べると追従があった。ゴーレムならば無駄な追従も衝突もしない。
「良き、お考えにございますッ」
「そうか、そうか…」
新任の秘書官にとっては警吏長官のご機嫌取りが最も重要な任務である。
◆◇◇◆◇
マキト・クロホメロス男爵は商談のため帝都の北区にあるヘルフォルド子爵の邸宅を訪れた。以前の騒動でヘルフォルド子爵の若様には大変な迷惑を被ったが、子爵家の当主は友好的に事件を収めるためにご子息のレスター・デルバルを追放処分にしていた。
「クロホメロス卿。よくぞお越し頂いた。馬鹿息子の件ではご迷惑をおかけして、誠に申し訳ないッ」
「いえ、済んだ話です。それよりも、商談と承りましたが、如何に?」
子爵家の当主が格下の男爵に詫びを申すなど、帝国貴族にはありえない。普通でありば、両家は険悪な対立関係のまま交渉も物別れだろう。
「実はのぉ…」
表向きのヘルフォルド子爵の用件はタンメル村からの木材の買い付けであったが、事件の舞台となった別邸には悪霊が出没するという噂が流れて改修工事も難航しているとの事情だ。どうやら悪霊討伐が裏の用件らしい。
「お引き受けしましょう!」
マキトとしてもタンメル村の木材を売り込む良い機会だ。
悪霊討伐など簡単な仕事に思える。
………
マキト・クロホメロス男爵は領地の経営のため木材資源を帝都の有力者へ売り込み、資金を得て館の再建と領地の産業育成に投資をする計画だ。森林資源の再生にも努力しなくては成らない。
その頃、タンメル村の工事現場は酷い有様であった。
「こ、これは…どうした事だッ?」
「笑茸を食べた様子だっ!チャ」
大鍋の残りの具材と飯場の男たちの症状を見て、妖精族のポポロが即断した。
「あっははははー、笑茸だとっ、あはははは…」
「いひっ、いひっく…苦しい…いひっ、いひっく…」
「うふふふふ…おかしい…うふふふっ…」
笑いに苦しむ男たちは滑稽だが、二時間もすれば下痢と嘔吐は治まるらしい。むしろ嘔吐しない者は重体である。
「吐けっ、吐くんだッ。ジョー」
「おやっさん、俺はもうダメだ…」
そんな苦悶を乗り越えて建設現場は再開された。タンメル村の笑茸の被害は軽微であるが、工事の遅れは必至だろう。
◆◇◇◆◇
ひゅーどろどろどろ。奇妙な効果音が屋敷の地下室に響き渡る。そこへリリィお嬢様の気高い声音が重なる。
「恰好を付けてないで、出て来なさいッ。ペトルシカ!」
「リリィ・アントワネ様の恩前に参上を致しましたッ」
外界とは完全結界で隔てられた地下室に、悪霊と見える暗い影が姿形を取った。
「やはり、あなたでしたか…」
「私めはリリィ・アントワネ様をお慕い申し上げております。このッ私めの劣情は抑えきれませぬッぬぬぬッ!」
やはり悪霊の類か。暴走を始めるペトルシカをリリィお嬢様は声音で抑える。
「あなたの愛を確かめさせて頂きますわ」
「はっ、何なりと…」
愛の試練に挑むペトルシカは凛々しい姿形を取った。それもリリィお嬢様の思惑の通りだ。
◆◇◇◆◇
南区の警吏グロウ捜査官は帝都の丘にある水の神殿を訪れた。郊外の立地でも水の神殿には信者の祈る姿は絶えない。態々に水の神殿を訪れたのは怪盗パナエルスの犯行現場で水の神官が目撃されたと言う密告情報があったからだ。その内のひとつの情報はグロウ捜査官の報告書にも記載されていた。
「面倒くせぇ、こんな心気臭い場所に出向くなんて…」
「兄貴ッ、怪盗パナエルスの懸賞金がッ」
手下の小物は懸賞金が増額された事を気にしていた。水の神官アマリエが警吏の対応に現われる。美人の巨乳ちゃんはグロウ先輩の好みである。賊の手配書を掲げて尋ねる。
「この神殿に、こんな風体の者は居ないか?…いや、あんたでも良いのだが…」
「何をッ、失礼な。私どもの神殿に犯罪者などは居ません」
毅然と応えるアマリエだが、グロウ先輩も負けてはいない。警吏の捜査権限は意外と大きいらしい。
「我々も職務だ。巫女も神官も全員の顔と名前を検めさせて貰うぞッ」
「くっ、仕方ありません。神官長へお取り次ぎを致します」
そんなやり取りにもグロウ先輩の視線はアマリエの巨乳に釘づけだ。
「…怪しい。実に怪しい…」
「…兄貴ッこの女ぁ?…」
手下の小物も気付いた様子だ。水の神殿の包囲に警吏や小物も動員されて、関係者は取り調べの間に外出を禁じられた。
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