031 迷宮探索の限界点
031 迷宮探索の限界点
僕は迷宮の最近に発見された区画にいる。
水場がある広場で巨大蟷螂を討伐したが、期待に外れてお宝は発見できなかった。残りの子蟷螂の掃討も終わり、夕刻も近いだろう時間に食事と休憩をする事になった。
最初の見張りは剣士マーロイと僕だ。明りの魔道具に魔力を充填しておく。
「俺は稼いで家族に楽をさせてやりてぇ…」
「…」
マーロイが呟くのを黙って聞く。マーロイの傷を見るに止血と消毒は十分のようだ。
「ここにお宝が無いのは残念だが、この先に期待しよう…」
「薬草は明日まで、貼り付けておいて下さいね」
僕はマーロイの傷の包帯を取り換えながら言う。これは回復促進の薬草だ。
「おぅ、すまねぇ」
「いえ」
巨大蟷螂との戦いは結構に厳しい様子だった。ピヨ子が鳴く。
「ピヨ、ホロロー」
ここ数日の迷宮探索のせいかピヨ子は梟の様な形態をしていた。あいかわらず頭のアホ毛が可愛い。見張りのつもりだろうか、ピヨ子は壁面の出張りに止まって目を光らせている。
マーロイの奥さん愛などを聞き流しつつ、明りの魔道具が切れるまで見張りを続けた。
………
次の見張りは獣人のバオウと狐顔の幼女ニビだった。ふたりに明りは不要だが、明りの魔道具に魔力を注ぐ。
「GUF マキトとは どういう 関係だ?」
「あれは、わらわの飯し焚きじゃ」
ニビはマキトの食客という事か…マキトが夜食に手渡した魚の干物を喰いながら言う。
「GHA 確かに この干物は ウマイ」
「そうじゃろ、そうじゃろぉ」
不意にニビは立ち上がり、バオウに言い置くと駆けだした。
「G!…」
「小僧はここで待っておれ」
狐族の獣人は長命だと昔話に聞いたことがあるが…ニビがバオウを小僧と呼ぶのは違和感がある。いや、バオウの野生の嗅覚はそれが正しいと判断する。これもニビの手の内という事か。
なぜか、バオウは達観してニビの後ろ尻尾を見送るのだった。
………
最後の見張りは風の魔術師シシリアと河トロルのリドナスだった。明りの魔道具を引き継ぐ。
「マキト君とは長いの?」
「いえ、主様には 川で助けて頂き マシタ」
シシリアはマキトとの関係を聞く。
「随分と慕っている様子ね」
「はい、命に 代えましても お守り シマス」
ニビとも知り合いの様子だか、友人とは違う関係と伺われて気になる。
「ニビちゃんとは?」
「さあ、以前の事は 存じ マセン」
その後は恋愛の話しなどするが、人間と河トロルの価値観は異なるらしい。
◆◇◇◆◇
次の日の朝が来た。希望と迷宮には昼も夜も無いのだが、休息明けは朝として行動する。簡単な朝食を取りつつ今後の行動方針を相談した。マーロイが先陣を切る。
「俺はお宝を求めて、この先へ進みたい」
「昨日の探索者の死体は荷物を持っていなかったわ」
シシリアとバオウが状況を確認する。荷物は背負子にしろ背負袋にしろ放り出して戦闘するので袋の底は丈夫に出来ている。荷物だけ迷宮に取り込まれたとは思えない。
「GUF この広場には 探索者の形跡が 無い」
「蟷螂に喰われたか、この先に進んだのか、撤退したか…」
僕は可能性を広げるが、マーロイは先に結論を急ぐ。僕は昨夜の内に地面へ差したナイフを見たが…
「いずれも、この先にお宝がある可能性は高い」
「地図と情報は?」
シシリアとマーロイで地図と情報を確認する。僕は昨夜より幾分か地に沈み込んだナイフを回収した。
「いや、地図はここまでだが、情報にいくつか間違いもある」
「それは残念だけど、仕方ないわ」
情報も無くバオウが悪い顔で笑うが、議論は続いた。
「GHA 情報屋の野郎 シメて やるか…」
「…」
このナイフは目無しウナギの解体に使用したが、その時にはウナギの血に汚れていた。ひと晩でナイフに血の曇りまで無いのは、迷宮が吸収したのだろうか。
ナイフで地面を掘ると、ある地点から急に地面の抵抗が大きくなり掘り進むことが困難となった。これでは落し穴の設置は難しい。壁面の方が更に抵抗が大きい様子だが、迷宮の特性かも。
「どうした、マキト」
「どうせ迷宮を進むなら、土球の補充が必要かと思って…」
気付くと議論も終わり、先に進む方針のようだ。マーロイが怪訝に見つめる。僕は気を取りなおして特製の闘球を形成した。
◆◇◇◆◇
僕らは探索を続けた。水場から流れに沿って通路を下る。途中で羽虫の大群に出くわしたが、普通の大きさの昆虫と思える。
「毒があるかも知れない…シシリア頼む」
「圧倒せよ…【風圧】」
シシリアが呪文を唱えると羽虫の大群が風に押されて、ひと筋の通路が開けた。僕らは素早く通り過ぎる。しばらく水の囁きを聞きながら進むと、大きな鳥ほどのトンボの群れがいた。
僕は楕円の闘球を投げた。放物線を描いて飛ぶ闘球が弾けて中身が飛び散るとトンボが殺到した。
「シシリアさん!」
「切り避け…【風刃】」
シシリアの魔法が殺到するトンボを切り裂いた。風魔法が便利すぎる。こうして何度かの魔物と遭遇して進むと、水の流れの淀みに辿り着いた。
「GUF こういう場所は 臭う…」
「何か 水の中から 来マス」
バオウは警戒するが、既にリドナスは敵を捕捉していた。水場ではリドナスの感覚が鋭い。水流の淀みから人影があらわれた。顔を洗ったような魚顔の魚人が槍を手にしている。足もある魚人の姿だ。
「GHA さがれ 雑魚が!」
「わらわにも、雑魚の味見をさせよ」
「お魚 デス♪」
我らが獣人三銃士は魚好きと見えて興奮している。
「GHA HAHA HA!」
「雑魚どもよ、いっ匹も逃がさぬのじゃ」
「お刺身 デス♪」
魚人たちはギョッとなって逃げ腰だが、話が通じた様子は無い。ただ逃げる事も出来ず狩られるばかりだった。
マーロイは魚人を三枚におろしながら焦れていた。
刺身、塩焼き、照り焼き、魚雑炊、骨の出汁スープと早めの夕食となった。
「GHA うまウマだ!」
「雑魚とはいえ、良い味をだしておるの」
「お魚 大好き デス♪」
この時、僕らは油断していたのかも知れない…
-zak zak zak ZAK ZAK ZAK ZAK!ZAK!ZAK-
規則的に地面を踏みしめる足音が近づいて来た。蟹だ!牛のひと抱えもある大蟹が後方の通路から四列縦隊で迫っている。既に通路は大蟹でいっぱいだ。
僕らは食事を放り出して応戦した。マーロイ、バオウ、ニビ、リドナスの横隊で大蟹の戦列に対応する。バオウとニビが力技で先頭の大蟹を弾き飛ばすが、マーロイとリドナスの刃は大蟹の大きな鋏みに妨がれて効果がない。
大蟹を倒し戦列に穴が開くと、すぐさま二列目の大蟹が前進して前列のスキ間を埋める。マーロイは得物を槍に変えた方が良いかも。大蟹の左手は人の頭をも挟み込む程の大鋏だ。その大鋏を盾にして、あるいは巧みに振り回して押してくる。
「大気と神気と霊気の軋轢をもて、切り裂け!【風刃】」
シシリアが渾身の魔力で風の刃を打ち放った。あやまたず、風の刃は大蟹の頭部を撃った。しかし、大蟹は大鋏を盾として目玉も引っ込めて完全防御の姿勢を取った。統制された見事な動きだ…風の刃が通り過ぎる。
「駄目だ!持ちこたえられん…」
「GMU なかなか 硬い」
「甲らは…好かんのじゃ」
「…」
バオウの手斧とニビの尻尾の一撃は有効のようだが、空いたスキ間はすぐさま二列目の大蟹が前進して埋める。マーロイはすでに弱音を吐いていた。リドナスは防戦に専念して無言の様子だ。
甲羅を粉砕して一体ずつ排除は出来るが、後続の大蟹の数が問題だった。しかも統制された動きで戦列を維持している。僕は、打開策を探すが前衛は徐々に押されていた。マーロイとリドナスが押された分だけ戦線が下がる。
いっそバオウとニビを押し出して乱戦に持ち込むか。危険な考えが頭をよぎる。
その時、僕は足元のぬめりに足を滑らせた。
僕は足元の、刺身、塩焼き、照り焼き、魚雑炊、骨の出汁スープを投げて…大蟹の頭にぶちまけた。
「ん!」
「G!」
「な!」
「…!」
前列に大蟹が殺到して混乱が広がる。餌の取り合いが起きた様子だ。
「逃げろ!」
「早く!」
僕らは一目散に逃げ出した。
通路の奥へ逃げる。
………
……
…
「「「は、はぁ、はァ、はぁ」」」
先の方から流水の音がする。
荷物の大半を失って通路を進むと開けた場所に出た。幾条かの流れが合流して激しい流れをなしていた。
「ここが、流れの終着点か…」
「GMU すぐには 戻れぬ」
「あれを、見て!」
シシリアが指さす先にヤツはいた。
半透明の丸太の様な柱が水面に立ち上がり、高みから僕らに迫って来た。二本、三本、四本…僕らが間近に迫った半透明の丸太を避けるうちに、次々と水面から半透明の丸太があらわれた。
その粘液質で、てらてらと光る半透明の丸太はひとつの意思があるかの様に曲がり僕らを追ってきた。身を潜め床に転がって半透明の丸太に見えた触手を避ける。そう、この動きは水棲動物の触手だ。
既に十余を超える半透明の触手で流れの合流点は埋め尽くされた。動きが遅いくせに粘液質をやたらと零す。
「あわわ」
僕は零れ落ちた粘液質のぬめりに足を滑らせた。ウブな受験生には見せられない。そのまま、半透明の丸太の様な触手に巻かれたところで…抜け出せない!
「切り避け…【風刃】」
今日は何度目かのシシリアの風魔法が飛ぶが、シシリアがくずおれた。
「マズイ!魔力の使い過ぎだ」
「GUH…」
バオウが必至の形相でシシリアを回収するが、風の刃は粘液質を振り撒いたのみで効果がなかった。触手に持ち上げられるぅ。僕は必死に藻掻くのだが、半透明の触手はブヨブヨして手応えが無い。
ニビが飛び込んで来て自慢の尻尾で僕を打つ。少しは手加減したのか……いや、滑ったのか。ニビは体勢を崩して僕と共に流れに落ちた。
「主様!」
「!…」
リドナスが僕に向かい流れに飛び込んだ。
ぶくぶく、ぶくぶく、.。o○
ぶくぶく、.。o○
.。o○
水の流れは予想外に早かった。
半透明の丸太の様な触手は流れに落ちた哀れな、あるいは美味しそうな獲物を追いかけた。次々と流れに没する触手を為す術も無く呆然と見送る。
迷宮には三人の探索者が残された。
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