ep314 近衛騎士の失踪事件
ep314 近衛騎士の失踪事件
南区の警吏長官マキト・クロホメロス男爵の元に厄介な事件が持ち込まれた。皇帝陛下に仕える直属の近衛騎士が何人も失踪したという話だ。近衛騎士は大なり小なり貴族家の出身で、町の警吏であるマキトの管轄ではない。ところが皇帝陛下の意向で内密に捜査しろとの勅命だ。断る事は出来ない。
帝国の貴族が関わる事件ならば、軍の憲兵隊か貴族警察のような専門部署が相当だと思うが、…
「帝国軍の憲兵隊にも行方不明者があります#」
「なんとッ」
秘書官のフラウ委員長の内定調査でも事件の詳細は明かされていない。独自に憲兵隊と帝国軍の情報部も捜査しているらしい。
「公には出来ない事件の様ですね#」
「うーむ」
恐らく貴族家の醜聞か、帝国軍の暗部に関わる案件か、頭の痛い事件と思える。
「行方不明者の直近の行動を洗えッ。勤務の報告書や本人の日記でも探せ!」
「はい」
マキトは配下の密偵も駆使して事件の真相を追う。
◆◇◇◆◇
そこは南区の貧民街にも近い場末の娼館だ。表向きの地上部は娼館と高級料亭に上階は宿舎となっており帝都の夜景が見渡せる。地下には競売所と呼ばれる裏取引の奴隷市場があり、帝国の法には抵触しないギリギリの商売をしている。そして、今回の事件にも関与する有力な証拠は無かった。
「また、ここに来てしまった…」
「マスター。事件の捜査ですよッ#」
失踪した近衛騎士はこの娼館へ通う者が多くおり、貴族の召使いとして専属に奴隷を買う者もいる。労働者と契約の形式を取っても実態は借金奴隷と相違ないのだ。
「行方不明者の多くが、奴隷を買っていたなんて……ぜってぇ罠だろッ!」
「それも、そうですけど…#」
前回の教訓から奴隷市場に良い印象は無い。事件の捜査が無ければ避けて通りたいと思う。
「こいつぁ、俺を呼び出してぇ嵌める罠に違いないッ」
「今回は、マスターの推理に従います#」
普段は冷戦なゴーレム娘のフラウ委員長が暴走した事を思い出す。それはマキトが醜態を晒す以前の事件だ。勝手に先走るのは勘弁して欲しい。
「うむうむ。素直で宜しい」
「ん#」
そんな無駄話をしていると、競売所では奴隷商人の口上が始まった。
「紳士、淑女の皆さま。本日は特別にッ! 競売所にお集まり頂き、誠に有難うございますッ」
「…ざわ…」
競売所は特価として割引期間らしい。おまけに衣装などの付属品が付くと言う。本当の紳士と淑女がこんな場所へ出入りするとは思えない。
「これに、ご用意致しましたのは、いずれも特価の品物であります」
「ほおおぉ…」
競売所の舞台へ奴隷たちが並ぶ。いずれも年端も行かぬ子供と見える。お客の眼は商品の品定めにギラ付く様子だ。
「能々(よくよく)と品質をご覧になり、お買い上げ下さいませ!」
「…ざわざわ…」
そりゃそうか、競売では自分の目利きと競り値が重要になる。しかも、いわく有り気な商品が並ぶ。奴隷商人の商品説明の後に競売が始まった。
「では、一番から」
「100ッ」
「110」
「115ッ」
「うむ…」
初値は低調な様子で、競り値も伸びない。次の競売が始まった。
「次ッ、二番!」
「150!」
「おぉぉ……」
「即決、致します」
お目当ての商品だろうか、気合の入った値が付いた。御大尽のご趣味に興味は無い。
「三番…」
「四番…」
「五番…」
競りが進む。そして問題の、
「六番ッは、入札は無いかッ?」
「………」
珍しい。値も付かぬとは異形の娘か。その形相は鬼面に黒髪を振り乱して紫色の肌をしている。マキトは節分の豆を撒きたくなった。
「200ッ!」
「はっ?……即決、即決しました!」
マキトは入札で馬鹿げた値段を付けた。進行役の奴隷商人も混乱していたが、無事に落札となった。
「…ざわざわ…」
「…どこの御大尽かのぉ…」
「…商品の説明を聞いていないのでは?…」
お客のざわめきが離れない。騒ぎが大きくなる前に撤収しよう。
◆◇◇◆◇
競売所の女主人のブラスはウネウネと生物の様にうねる髪を揺らして報告を聞いた。
「…金貨200とは高い買い物ですなぁ」
「いや、帝国の命運に比べれば……安い物かも知れぬ」
未だに、この女主人の冗談は面白味が分からない。それでも追従に愛想笑いをするのも部下の務めか。
「はははっ、まさかご冗談をッ」
「既に埋伏の毒は投じた。後は結果を待つより他になかろうて…」
冗談も程々にして報告を続ける。
「では、今月の仕入れについて…」
奴隷商人の男は商売の多寡にしか興味は無いのだ。
◆◇◇◆◇
屋敷へ帰還したマキトはいつもの気軽さで異形の娘を洗った。念入りに石鹸を泡立ててゴシゴシと洗う。まったく、商品なら綺麗にしやがれッ。
「アウッ、イアッ、ハワワ!」
異形の娘は紫色の肌をして黒髪を振り乱し嫌がる。
「ギンナ。手伝ってくれッ」
「はい。ですぅ~」
鬼人の少女ギンナの怪力で抑え込み全身を洗った。ギンナが乱れた黒髪を梳かし付けて異形の娘が落ち着くとマキトは尋ねた。
「名前は?」
「アワワンニア…」
異形の娘の見た目は鬼瓦ムツゴロウと言った感じか、どうやら話が通じていない様子だ。マキトは女中を呼んで魔女の帽子を取り寄せた。
「…話が分かるか?…」
「アワワンニア…(分からない)」
今までも念話の魔道具に効果が無いのは稀だ。流石に魔獣とは話も出来ないが、魔獣の娘という訳では無いだろう。
「…変だなッ故障か?…」
「アウッ、イアッ、ハワワ…(止めて、嫌ぁ、助けて)」
それでも多少の意味は分かる。
「何となく気持ちは分かるが、…名前は、ムツコ。にしよう!」
「ホワァ?…(何ぃ?)」
えらく痩せて貧相ではあるが少女らしくて鬼瓦ムツゴロウと名付けるよりは良いだろう。
「ムツコ。よろしくねッ」
「アワワンニア…(分からない)」
こうして、マキトは厄介の種を手に入れた。
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