ep308 北海の奇岩島
ep308 北海の奇岩島
奇岩島は帝都から東のハイハルブの港までの北海航路の途中にあり、魔獣グリフォンの巣窟として知られて地元の漁師も忌避する場所だ。しかし、事前に派遣した調査隊の報告では島に魔獣グリフォンの姿は無くて自然に溢れる無人島となっていた。それで、マキト・クロホメロス男爵は夏の避暑地に家族旅行を計画したのだ。
ニアマリン号は奇岩島へ積荷と乗客を降ろして去って行く。その後にハイハルブへ寄港して商業交易を行うのだ。この航海は船員の訓練航海も兼ねて、帰路にはマキトたちを回収してもらう手筈となる。
マキトは護衛の一部を割いて島の探検隊を結成した。
「では、隊長っ 行って マイリマスッ♪」
「おう。気を付けてなッ」
若き河トロルを選抜して島の探索へ向かわせるが、隊長のマキトは海岸の司令部に居残りだ。探索任務は隊長代理のラウニルが上手くやるだろう。ラウニルは若き河トロルの戦士の中でも戦闘能力に優れた有望な若者で、マキトの護衛隊からの抜擢でもある。
浜辺ではゴーレム娘たちの戦闘訓練が行われていた。
「まだ、まだッ#」
「くふんっ!」
ゴーレム娘フレインの鉄拳が鬼人の少女ギンナを捕える。ギンナは重石のハンマーで辛くも防御をしたが、フレインの速攻には分が悪いと見えた。ゴーレム娘フレインは外骨格の装甲を破損して中身のゴーレム素材を剥き出しの裸だ。マキトが自ら製作した水着もつるぺた体型では魅力も無い。
「あぎゃっ#」
「油断しましたねっ◇(ハート)」
ギンナの愛の一撃でゴーレム娘フレインは肩口を破壊された。これは修理が必要だろう。それでもフレインは身軽に体勢を立て直して距離を取った。ゴーレム娘フレインの鉄拳は小型化から攻撃の速度に特化している。対人兵器としては弱小な部類だ。その成果か、ゴーレム娘フレインは力技に頼らずとも小技を主体に戦闘を継続できる能力を身に付けつつある。
-DOGOM-
浜辺に砂塵が舞う。女騎士ジュリアの大技が決まったらしい。それでもゴーレム娘フローリアは健在であったが、砂塵の弾幕に相手の姿を見失った。
「そこだッ!」
「きゃっ#」
女騎士ジュリアの剣戟がゴーレム娘フローリアを打ち倒す。浜辺の日除けに立てた天幕では、観戦中のサリアニア奥様が呟く。
「まだ、戦闘技術は未完成だの」
「奥様。シロン産のお茶が入りました」
お付きの女中スーンシアが夏のお茶を差し出す。例の子爵邸の舞踏会ではゴーレム娘のフラウ委員長は戦闘でも優勢にあったが、結果としてフレインは完敗に醜態を晒し、フローリアはボロボロに傷付き立って居るのがやっとの状態だった。旦那様の護衛としては失格である。
「うむ」
「旦那様。お毒見をッ」
マキトの前に供されたお茶は、ゴーレム娘のフラウ委員長が毒見をする。それはアッコが考案した新機能だ。
「なっ!」
「良いではないかッ…旦那様を安全を確保するのが護衛の務めよの」
スーンシアが驚くのを制してサリアニア奥様が頷く。そもそもマキトの命令でも舞踏会に現を抜かして主人の側を離れるとは何事かッ!とサリアニア奥様は怒ったもので、マキトが麻痺毒を喰らったのも護衛の責任とされた。迂闊なご主人様で申し訳なく思う。
そんな事後処理に大活躍のサリアニア奥様は、この旅行と海水浴を楽しんでいるだろうか。サリアニアは帝都の最新の水着を着ていたがマキトの審美眼では露出が足りない。その水着ではサリアニアの巨乳が押し込められて窮屈だろうと思う。ゴーレム娘たちの水着はマキトが自ら製作した物であり、体型もサイズも特殊過ぎて…帝都の服飾職人には依頼が出来ない品物である。まさか、ゴーレム人形の衣装を作れとは頼み辛いのだ。
「奥様ッ、やはり旦那様は…」
「…うむっ…」
お付きの女中スーンシアがサリアニア奥様へ耳打ちして、何やら相談を始めた。マキトが毒見の済んだお茶を飲んでいると、メルティナ奥様が現われる。
「マキト様。ご歓談のご様子ですか?」
「おぉ、メルティナ。レオンハルトをこちらへ」
赤子のレオンハルトも随分と大きくなった。マキトが抱くとウバウバと体を捻り元気なものだ。メルティナ奥様は新作のマキトへ水着を見せて微笑む。育児と授乳の所為か水着のサイズも変わったらしいが、マキトの計測では寸法も丁度良く見える。それでも帝都の基準では露出が多くて顔を赤らめた。
「むふふふ、イイネッ。最高じゃん!」
「お褒め頂き、ありがとうございますっ」
出産後のご婦人はホルモンバランスの影響か美しく見えると言うが、マキトの審美眼でもメルティナ奥様は輝いて見えた。
氷の結晶の所為ではあるまい。
◆◇◇◆◇
マキトは殺伐とした戦闘訓練を終えてビーチバレーを提案した。道具の製作などは予めに準備してあり計画的なものだ。
球は獣球に使う魔獣の革を加工して耐久性も魔法の抵抗値も高い。網も魔獣の体毛を縒り合わせた特製のものである。マキトはひと通りにバレーボールの技を教えたが、参加者たちは球も手に付かず難しい様子だ。そこで武器使用と魔法の併用を許可すると格段に進歩した。
東方は女騎士ジュリアと戦闘メイドのスーンシアに河トロルのリドナスを加えた三人の強豪だ。西方はゴーレム娘の三体である。
「行きますッ」
女騎士ジュリアの剣戟によるザーブで試合が始まった。手足を使うよりも剣技の方が得意というのも納得できる打球だ。
「はっ#」
ゴーレム娘のフローリアが体表面で球を受けた。こうして見るとフローリアの体型の変化が分かる。本人の希望で破損した装甲板を修理する際には女性的なフォルムに修正を求められたのだ。それでも空気抵抗を考慮した水泳女子かアスリート体型なのだが、不思議とマキトの水着は似合って見えた。
「フレイン!#」
「分かってるッ#」
フラウ委員長の指示にゴーレム娘のフレインが素早く反応してトスを上げる。体術の模写は得意な様子だ。
「やっ#」
見事な跳躍からフラウ委員長が強打を決めた。球が砂浜へ突き刺さる。
-PIYY-
主審の笛もマキトの手作りだ。
「これは、油断できませんねッ」
「ん♪」
試合の滑り出しは順調と見えた。
………
主審の笛を河トロルの戦士に任せてマキトが天幕の日陰に戻って来た。
「マキト様。お疲れ様です」
「うむっ」
メルティナ奥様が氷の入った飲み物を差し出す。それは氷の魔女メルティナのお手製の氷だろう。天幕では鬼人の少女ギンナが天幕の護衛として先に戻り涼んでいた。赤子のレオンハルトは氷の柱に囲まれて寝台に眠っている。
「レオンも避暑地に呼んで頂けるとは、思いもしませんでしたわ」
「何を言うかと…」
マキトは正妻も側室も分け隔てなく扱うつもりだ。しかし貴族社会の風習と柵も絡み付く。
「サリアニア様とご結婚なされてからは、正妻のお気持ちも察してあげなくては…」
「んっ?」
話の要領を得ないが、
「御子が出来なくては、サリアニア様のお立場もありませぬ」
「そうなのかッ!?」
まさか、メルティナにサリアニアと子作りせよッと言われるとは思わずに驚く。
この後は水中訓練もあるのだが、…どうするか。
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