ep304 襲撃事件の捜査状況
ep304 襲撃事件の捜査状況
帝都の警吏の捜査記録を検索して見ると、郊外にある貴族の屋敷を狙った犯行はいくつか発生している事が分かった。貴族の屋敷と言っても下は騎士爵から上は侯爵家まで爵位も屋敷の規模も大小様々であり、その中でも形式だけに帝都の郊外へ屋敷を構えて、代理人に屋敷の管理を任せて放置したものは内情が悪そうだ。空き屋敷に窃盗の被害と、空き屋敷そのものが盗賊団の巣になる事例もある。
新調した秘書官の制服を着てゴーレム娘のフラウ委員長が報告をする。今度の新色も中々の物だ。
「マスター。空き屋敷の存在は、潜在的な脅威でもあります#」
「うむ。直接の対策は難しいだろう」
貴族家の矜持と面子の所為もあって、空き屋敷の管理強化は難しい問題だ。
「フローリアからの報告で、競売所に出入りする有力者の情報をまとめました#」
「どれどれ……子爵家に、司祭様と、大商会の御曹司か…」
報告書には厚みがあり件数も多くて、どれも無視できない大物ばかりだ。競売所と呼ばれる奴隷市場に出入りする馬車の特徴を比較検証して集めた情報には、ゴーレム娘フローリアの地道な努力が感じられた。
「それと、例の若様から招待状が届いております#」
「ふむ。喧嘩の次は仲直りか?」
招待状はさる子爵家から発行されて、文面の裏を読むと競売所での一件を詫びて屋敷で歓待したいと言う。普通に考えれば友好的な貴族の話し合いになるだろう。それでも、ゴーレム娘たちを連れて来いとの要求は子爵家の若様のご趣味か。家格の上からもマキト・クロホメロス男爵には子爵家の招待を断る口実は無かった。
◆◇◇◆◇
マキトたちは郊外の別邸と見える子爵家の屋敷へ招かれた。屋敷には黒塗りの馬車が何台も到着しては招待客を降ろして行く。どちらも正体を隠す事情が有りそうだ。
そんな招待客も獣人や奴隷と見える護衛を従えている。マキト・クロホメロス男爵は子爵家の招待を受けて主催者への挨拶に向かった。
「レスター・デルバル様はヘルフォルド子爵の若君である。心せよッ」
「はっ、お初にお目に掛かります。マキト・クロホメロス男爵でございます」
競売所での騒動は双方とも無視して、公式には初の顔合わせだ。若すぎる主催者は鷹揚に頷いた。
「よかろう。会合への参加を許すッ」
「…」
ヘルフォルド子爵は先王の侯爵家から分家した貴族だと言うが、そんな家系よりも会合の内容が気になる。マキトは子爵家の若君との会談に臨む。
………
会場は仮面舞踏会の形式と見えた。ゴーレム娘たちは貴婦人のドレスを着て会場の壁の花となっていた。ご主人様は子爵家の若君と内密の会談中だ。
「お嬢さん。お相手を願えようか?」
「……はい#」
ゴーレム娘フラウ委員長は瞬時に貴族年鑑の情報を検索して、該当する帝国貴族がいない事を見抜いた。おそらく招待客の護衛のひとりか。それでも、競売所の騒動が知れ渡っている筈だから無茶な事はしないと思う。フラウの容姿は踵の高い靴も貴婦人のドレスも決まって美しい。
見るとゴーレム娘のフレインにもフローリアにも、それなりの相手が配されて、主催者側の気遣いだろうと考えた。ダンスのお相手は背高で手足の長い青年だった。ゴーレム娘フラウ委員長はダンスの型も剣術の型も模倣して得意である。。それは、毎日に図書館の書物と文献をあさり学習した成果と言える。
ばたん。と舞踏会場に魔の口が空いた。
◆◇◇◆◇
古典的な落とし穴の罠に落ちたゴーレム娘フラウ委員長は踵の高い靴で見事な着地を決めた。屋敷の地下室はぶんぶんと羽音が煩い。天井から壁際にかけて密集した蜂の魔物が見える。
「…そういう、趣向かしら#」
薄暗い天井にはいくつか光が差して入る。蜂の魔物の通り道と巣穴か通気口があると思える。突然の侵入者に対して蜂の群れが牙を剥いた。
ぶぶぶん。ぶぶぶんと興奮した羽音が迫る。タタタン。手加減なしの三連射も蜂の群れに穴を空けては埋められてゆく。数匹程度の損害では蜂の群れの殺到を止められず、フラウ委員長は無数の蜂に刺された。
「…くっ、毒針が効く訳も無いわッ#」
ゴーレム娘フラウ委員長は、貴婦人のドレスに集る蜂の魔物を振り払い後方へ跳んだ。一匹の蜂の魔物は小鳥の程の大きさで攻撃方法も限られる。
タタタン。再びの三連射も蜂の群れから数匹を間引くのみだ。逃げ回るには狭い地下室を右往左往しつつ根気強く攻撃を続ける他に方法は無いか。特殊弾を使用して一網打尽に火葬したい所だ。
-ZAPSHU-
突然の斬撃に脇腹からドレスを斬られた!
「ふふっ、意外と固いお嬢さんだッ」
「何を!#」
それはフラウをダンスに誘った男の声だが、姿は見えない。
ゴーレム娘フラウ委員長は蜂の魔物の群れと姿の見えない敵に襲われた。
◆◇◇◆◇
マキト・クロホメロス男爵の屋敷には密偵方からの報告が入った。当主の不在時に対応するのは正妻のサリアニアの役目だ。
「なんと、ヘルフォルド子爵の屋敷へ逃げ込んだかッ」
「はい、奥様。その様です…」
逃亡した昆虫怪人の後を追えば、思わぬ黒幕が釣れたものだ。子爵家の屋敷へ踏み込む口実とも言えよう。
「すぐに警吏の詰所へ伝令を出し、討伐の準備をせよッ」
「はっ!」
サリアニアの決断は早い。伝令が駆け出すのを見て、お付きの女騎士が懸念を述べる。
「姫様っ、後で問題となりませぬか?」
「なぁに…貴族間の揉め事は、妾に任せよッ」
「…」
謀略を練るサリアニア奥様の顔は邪悪に満ちていて声を掛けることも出来ない。
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