ep300 心の傷を癒して
ep300 心の傷を癒して
帝都に帰還したマキト・クロホメロス男爵は破損したゴーレム娘たちを回収した後に、帝都の北区の警吏長官ヴァニス・コルティン伯爵子のもとを訪れた。
「この度は、娘たちを救助して頂き、誠に感謝いたしますっ」
「なぁに、遠征の序に回収したまでよ。礼には及ばぬ」
警吏長官ヴァニス・コルティン伯爵子はキブラ城塞へ白磁騎士団を援軍として送り、山賊団の殲滅に活躍したと言う。その際にゴーレム娘たちを発見して回収された恩義もある。マキトは旅の土産に名産の茶葉を樽で納入した。自ら持参した帝都の名店の菓子には茶飲み話でもしようとの意図があった。
「これは心ばかりのお礼でございます」
「ほほう、気が利くのぉ…私も好物だッ」
名店の菓子は派手な装飾で立派だが、上げ底の箱は常識で金貨を詰めるにも便利なものだ。警吏長官ヴァニスは菓子箱の重さも確認せずにマキトの土産を受け取った。謝礼の意図を理解しているのだろう。
「滅相もございません」
「…#」
マキトは感謝の念に堪えない。
………
男爵が警吏長官の執務室を辞して、ヴァニス・コルティン伯爵子は上機嫌であった。思わず笑みが零れる。
「ふっ、流石の英雄も懲りたかッ」
「これで、長官殿の威光には逆らえませぬでしょう」
役所では新進気鋭の若手と言われるヴァニス・コルティン伯爵子も同僚のマキト・クロホメロス男爵に実力の差を見せ付けて意気が揚がる。
「人形遊びに現を抜かす、男爵如きが取るに足りぬわッ」
「誠に、まことに…」
秘書官も同意する。男爵は修理したと見える秘書官のゴーレムを連れていた。もはや、車椅子の介助が必要も無い事には気付かなかった。
キブラ城塞の司令官であるジャンドル家の若様にも大きな恩を売り付けた。さぞや大きな謝礼が届くに違いない。
「ふはははは」
北区の警吏長官ヴァニス・コルティン伯爵子の高笑いが執務室に木魂する。
◆◇◇◆◇
破損したゴーレム娘たちの修理には手間が掛かる。比較的に損傷が少なかった司令機フラウ委員長は予備の左腕の兵装を装備して胸部装甲を交換した。新調した秘書官の制服も似合っている。
フラウ委員長は警吏長官ヴァニス・コルティン伯爵子との取引を思い出して尋ねた。
「マスター。宜しかったのですか?#」
「何がッ、気にする事じゃないさ……それよりも、フレインの戦闘記録は出たか?」
強襲機フレインの戦闘記録はゴーレム娘の記憶情報を共有してフラウ委員長がまとめた物だ。黒檀の眼鏡がキラリと光る。眼鏡は一部の貴族が使用する魔道具で高価な貴重品である。…そいつの修理が一番の出費だとはマキトも明かせない。
「はい。こちらにッ#」
「ふむふむ。298人撃破とは……報告より多いなぁ。問題児ッ!」
腰椎の駆動部に大きな不具合は無かったが、フレインのお大きなお尻と関節部は無理な機動で破損している。動作の最適化の為にも間接部分を削るのだ。
「マスタッ、許じてっ…あがががっ!#」
「稼働域を広げる為にも、ゴリゴリ削るぞッ!」
金属を削る甲高い螺旋の音がする。マキトも生前の歯医者のドリルを思い出して嫌な気分だッ。
そんな騒音を放置してフラウ委員長が末っ娘に尋ねる。
「フローリア。機体の調子はどうかしら?#」
「はい。お姉様……問題はアリマセン#」
突撃機フローリアは戦闘記録を情報共有するのも嫌がり、慣れない手つきで報告書を記述している。フラウ委員長が報告書を覗き見るのも隠す様子だった。
フローリアの脚部の損傷は予備の部品と交換して即座に修理できたが、主武装の槍は製造元へ再注文の為に、失われた山の民の工房から取り寄せとなった。フローリアは仕事の相棒を失って傷心の様子に見える。
それぞれの傷を癒してゴーレム娘たちは戦線へ復帰する。
◆◇◇◆◇
マキト・クロホメロス男爵は気晴らしに遠乗りして西の宿場町ベイマルクを訪れた。駆るのは騎馬でも魔獣グリフォンでもなくて修理した突撃機フローリアだッ。
突撃機フローリアは得意の快足で平原を駆ける。ご主人様を乗せた空気抵抗の乱れは前傾姿勢で補い、両腕の抵抗翼を操作して風に乗る。平原の障害物も沼地も湿原も一足飛びに通過するのだ。それはF1マシンの如き疾走である。
「ひゃ、ふっほう~」
「ご主人様。到着でございます#」
ベイマルクの関所には帝国の西からの輸入品が集まり関税の検査が行われる。失われた山の民からの工芸品も補給部品もこの関所を通るのだ。
突撃機フローリアの指輪がキラリと光る。それはご主人様から頂いた品物で破損した相棒の槍から削り出した金属指輪だ。こんな物で機嫌が直るなら安い物だとマキトは言うが、フローリアにとっては宝物である。
マキト・クロホメロス男爵は領主の伯爵夫人の屋敷へ挨拶に向かった。
フローリアは相棒の槍との再会が待ち遠しい。
………
領主のホムマリア・ラドルコフ伯爵夫人の屋敷は前任の領主代行の屋敷を引き継いだものだ。応接室は調度品も内装も改装して、温かみのある色彩に居心地の良さそうな長椅子があった。甘い香りは伯爵夫人のご趣味だろうか。
「ふむ、良い長椅子だ」
「こういう使い方も、ございますのよ」
身を寄せるホムマリアの凹凸はマキトの体にピタリと嵌る。中庸の妙か…長椅子は寝椅子としても有効らしい。
「ほっ、ホムマリア様!」
「帝国への武器の輸入は制限されています」
動揺する男爵の耳朶へ伯爵夫人が追撃をかける。帝国の貴族とて関税の法には従わねば成らない。
「そ、それは…ゴーレムの補修部品と消耗品などに…武器ではなかろッ」
「ゴーレムの部品とて同じ事ですわ」
男爵の反論も詭弁でしかない。関所を通過するには賄賂を寄こせという事かッ。
「くっ…」
ホムマリアがマキトの唇を噛んだ。美女に齧られるのも悪くはないさ。マキトは伯爵夫人との密会に唇を重ねた。
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