ep297 シドニア山脈の戦い
ep297 シドニア山脈の戦い
この付近はシドニア山地と呼ばれ帝都から東へ向かう街道の難所で、峻嶮な山脈の連なりが見える。王都の警吏はご禁制のコカ茸の栽培地をシドニア山地に発見して、賊の摘発を行う為にキブラ城塞の守備隊へ応援を要請したのだ。
ところが、キブラ城塞を守護する筈のジャンドルの若様は功を焦ったか軍勢の指揮を乱して山賊団との乱戦となった。ゴーレム娘の末っ子フローリアはどうにか乱戦を脱したものの、快速の足を痛めて難渋していた。付近の敵を一掃して森に身を隠していたが、破損した右足は重い。
ゴーレム娘フローリアの機体は長身の見た目に反して軽量で快足を生かし機動力を高めている。元々に乱戦の殴り合いには不向きなのだ。それでもご主人様に頂いた自慢の槍を振るって賊を殲滅したのである。
森の付近に姉たちの機体の気配は無い。土の精霊石の感応能力を応用した近距離通信も音声応答による中距離通信にも反応しない。ゴーレム娘のフローリアは末っ子としてお姉様やご主人様の命令に従うばかりだったが、この状況では命令する者も居ない。
魔力の節約の為に、この森で機体を停止して思索に耽るのも悪くは無い。いっそ、このまま森で朽ち果てるのも良いだろう。そんな廃頽的な思考にフローリアが陥っていると、森へ侵入する者の気配があった。
「この森が怪しい。探せッ」
「「 おぅ! 」」
山賊団の斥候らしい追手が迫る。フローリアが森に引き摺った足跡は容易に発見できるだろう。
ゴーレム娘フローリアは石の様に微動だにせず待つ。
「この辺りのハズだが…」
「おぃ、後ろに!」
相棒の男が警告するが、
「石像か?…驚かすなよッ」
見ると山中の森に石像とは珍しい。甲冑の武者か衛兵の像と見えるが、なぜこんな所に?
「こいつ、動くぞッ!」
「ふんっ#」
「ぐあっ!」
「ぎゃーッ!!」
ゴーレム娘フローリアは自慢の槍を振るった。山賊の頭部が吹き飛ぶ。
ここまで追手が来るという事は最悪の事態だッ。警吏の捜索隊も壊滅したと予想される。フローリアは単独で追手を殲滅するしかない。
◆◇◇◆◇
ゴーレム娘フラウ委員長は山賊団の大部隊に遭遇していた。森の高木から様子を伺う。
「こんなに軍勢を残していたなんて…#」
シドニア山地の山賊団は先の内乱でギブラ城塞を占拠したならず者の残党と思われていた。それが組織立って抵抗をしているのだ、驚くのも仕方ないか。
左腕の射撃装置は損壊したが、不幸中の幸いか乱戦からは脱出した。望遠の視力も観測機器にも不調は無い。このまま山谷を駆け下り味方の軍勢と合流するべきかと思う。
破損した左腕は革紐で括り抱える形にした。多少のバランスの悪さは機体制御の微調整で克服する。
「そう簡単に許して、貰えそうに無いわね…#」
山賊団の指揮官は慎重な性格らしくて、森に潜伏した狙撃手を密偵の斥候と見たか執拗に追手を放った。よほどに山賊団の本拠地と知られるのを恐れているらしい。
ゴーレム娘フラウ委員長は野兎の様に身を隠して潜伏場所を移動した。時折に遭遇する斥候は気配を消してやり過ごし。可能ならば投石をして仕留めた。帝都の騎士学校に所蔵されていた野外戦闘術の教本は役に立つ知識だった。ゴーレム娘のフラウ委員長は山谷に潜伏する。
◆◇◇◆◇
ゴーレム娘フレインは省エネに体術を駆使して敵を倒した。元々の怪力を封印して闘うのも苦には成らない。
「んっ#」
「ごぶっ!、ひゅぅ…かはっ…」
腹パンに命中した拳の感覚は無いが、倒れた敵の異様な呼吸音は確実なダメージを示している。
「はっ#」
「ぐしゃッ、が…、あぁ…」
内臓破壊に血反吐を吐いて倒れるのは何人目か、途中から数えるのも面倒になり止めた。ご主人様への報告書には適当な数字を書いておこう。
「はぁぁ!#」
「げぼっ、どはっ…」
省エネに徹しても、これは厳しい戦況となりそうだ。ゴーレム娘フレインは敵軍のゲロを量産する。
◆◇◇◆◇
遠い山中でゴーレム娘たちが苦戦しているのも知らずに、マキト・クロホメロス男爵はひとつの戦いに勝利した。小島の様な水龍トールサウルの全面清掃を完了したのだッ。
こんなにも清掃活動に励んだのはスライム養殖場の日雇い仕事の以来か。思い出すと、あの時はオグル塚の大迷宮の地揺れもあって大参事に見舞われたが、今回は湖畔の別荘で蒸気風呂を満喫するお客様としての好待遇だ。
じううぅぅ。焼石に水を撒くと熱い水蒸気が立ち込める。風呂場は天然の木材を使用して香木の匂いに癒される。マキトは水龍トールサウルの清掃で入手した苔を焼石に添加した。苔から発する天然成分が心地よさを増す。
「おぉぉお、これは良い香りだッ」
風呂場に苔の天然成分が広がる。今は護衛の者も男爵に遠慮してマキトが一人の独占状態である。
「あぁ、癒される。…と言うか元気が漲るぜッ」
どうやら、苔の天然成分は滋養強壮に体力回復の効果がありそうだ。魔力の残滓を観測すると濛々と立ち込める煙の様相だ。そんな中へ侵入する者があった。
「マキト様っ…」
「はっ、伯爵夫人!」
これは混浴であったか。王都でも帝国式の蒸気風呂に混浴は珍しい。ホムマリアの黒髪がはらりと落ちる。
「ホムマリアと呼んで下さいまし」
「あっ、あの…」
マキトの動揺を無視してホムマリア・ラドルコフ伯爵夫人が迫る。
「警備の者から聞きましたわ。あの水龍トールサウルに騎乗されたとか?」
「あれは、奴の背中の清掃をして…」
しどろもどろに説明するマキトにホムマリアが接触した。
「野暮な事は言わないでッ」
「ホムマリア様!?」
若すぎる伯爵夫人ホムマリアの体躯は中庸にして、大き過ぎず小さ過ぎず丁度良い凹凸に嵌り具合も良い。マキト・クロホメロス男爵は間違いを犯した。
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