ep296 伯爵令嬢と観光名所
ep296 伯爵令嬢と観光名所
マキトは自由都市リベルテから東へ向かう荷駄を見送り新婚旅行を続けた。リベルテの鉱山から産出した鉱石は選別された後に東のザクレフへ輸送されると言う。鉱石の荷駄を運ぶのは先の内戦でも活躍した象に似た騎獣たちだ。普段はこうして輸送任務に励んでいるらしい。
いくつかのリベルテの鉱山主と知己を得たのは大きな収穫だ。帝都へ輸送される鉱物資源の多くはリベルテの鉱山からザクレフを経由して運ばれる。帝都で留守番をするゴーレム娘たちの整備や新装備の開発には多様な鉱石が必要なので、こうした原材料と入手の伝手は大切にしたいと思う。
リベルテから西へ寂れた様子の街道を進むと宿場町ベイマルクへ到着した。
何度も訪れたベイマルクの関所では帝都へ向かう街道は渋滞するのも常であったが、ここ東門は寂れて人影は少ない様子だ。それでも、マキトの一行が町へ入ると領主の使いが駆け付ける。本日は私的な旅行であり、皇帝陛下の特使の役目も威光の旗印も無いのだが、…
領主の館では若いご令嬢が出迎えた。
「マキト・クロホメロス男爵。歓迎いたしますわ」
「これは、丁寧なご挨拶に伯爵様もご機嫌麗しく…」
マキトも貴族的な挨拶には慣れたもので、サリアニアの合格点も得た。ベイマルクの領主は高齢のため隠居して子弟へ家督を譲ったと言う。先の内乱では皇帝陛下の戦陣へ駆け付ける事が出来ずに、責任を問われた領主代行とその取り巻きは失脚したらしい。そのため、新たな領主としては非常に若い伯爵令嬢のホムマリア・ラドルコフが領主代行を務めていた。
「サリアニア様。ご結婚おめでとうございます」
「うむ。幼年学校の…以来かッ」
サリアニアとホムマリアは幼馴染みの顔見知りらしい。…いや、幼少のご学友か。お付きの女中スーンシアがそっと耳打ちしてくれる。
「正直なところ、サリアニア様がこんなにも早くに、お相手を見付けるとは思いませんでしたわ」
「婚儀はお家の決める事、妾の希望ではないわッ」
「まぁ、ご冗談をッ。降家してまで進めた縁談に……社交界では噂に持ち切りですのに?」
「ふん。勝手にせいッ。噂など長続きはせんよ」
同年代の貴族のご令嬢と言い争いを始めたかとマキトもハラハラと見守るが口を挟む勇気も無い。
「そう、御免なさい。お気を悪くなさらずに……新たなベイマルクの観光名所にご案内を致します」
「それが本題か。ならばしかと見せて貰おう」
「はい。喜んでッ」
意外と仲は悪くなさそうだ、貴族のご令嬢の争いの実情はマキトにも分からない。スーンシアの同時通訳は聞かなかった事にしよう。
◆◇◇◆◇
遠く離れたシドニア山地にて、ゴーレム娘のフレインは孤軍奮闘していた。山賊団の奇襲を受けて、反撃に大暴れする迄は良かったが、姉妹たちと逸れて敵中に孤立していた。ぴぃーんちッ!
ゴーレム娘のフレインは重大な問題に気付いた。機体性能の最大出力を発揮して山賊団を蹴散らすのは容易と思えるが、普段は補給と修理に何かと世話を焼くご主人様が居ないのだ。ここで機体を破損しては無事に帰還できるとは思えない。それに今回の討伐作戦と遠征に際しては、ご主人様から「容疑者を余り殺さぬ様にッ」と厳命されているのだ。
気が付けば、満タンにあった魔力も残り少ない。
「ふむ、魔力を節約しないと…#」
ここは面倒でも省エネにして戦うしか生き残る方法は無いと思う。幸いな事にギンナ先生から教授された体術はどれも実戦的で見様見真似に身に付けた。
「…動きの体格補正もバッチリだぜッ#」
事態は持久戦の様相を呈していた。
◆◇◇◆◇
新たなベイマルクの観光名所はナーム湖の畔を開拓した場所にあった。ナーム湖には水龍のトールサウルが生息している筈だ。
-ZAPPAN BUSHUF-
湖畔の別荘からナーム湖に顔を出した水龍トールサウルが見える。
宿場町のベイマルクからナーム湖までの山道を整備して湖畔に宿を立てたそうだ。宿では付近の渓谷で養殖した湖鱒や山に自生する山菜を使う料理を提供している。その中で最も贅沢なのはナーム湖の絶景を一日中でも眺めていられる展望台だろう。
水龍トールサウルは凶暴で狷介な性格との評判であったが、遠目に観察する事に支障は無いらしい。もしや、人族が観光地としてナーム湖の周辺を開発するのも許しているのか。水龍トールサウルの真意は分からないが、湖面を泳ぐ様子は穏やかと見えた。
いつの間にか、水龍トールサウルと知り合いとなったピヨ子が、小山の様なトールサウルの背に乗って虫か何かを啄ばんでいる。
マキトは早朝にナーム湖の畔へ出掛けた。
「よし。この辺りで良いだろう……ピヨ子!頼むッ」
-PYOYO-(任せて)
神鳥のピヨ子が鳴くと水龍トールサウルが姿を見せた。マキトはピヨ子を通訳にして交渉し水龍トールサウルの背に登る。以前に姿を見た時から気になっていたのだが、小山の様なトールサウルの背は苔むして水草に覆われ本物の小島の様相である。
「これは、掃除の手が足りるかなぁ…」
-PYOッROROR?-(何なによッ。今更にぃ?)
マキトが手にしたデッキブラシでは水龍トールサウルの背中の苔を削ぎ落すのに、何日もかかりそうだ。マキトは得意の加工魔法を駆使して掃除を行う。
「まずは、【削剥】【削剥】【削剥】!」
体表面に張り付いた苔を手当たり次第に剥がした。
「こりゃ大仕事だねッと…【洗洪】」
-DOPPAN-
湖面が波打って水龍トールサウルの背中を洗うと、背中の一部に突起があった。
「仕上げは…【研磨】【研磨】【研磨】!」
水龍トールサウルの背中に甲羅状の波紋が浮かぶ程に磨き上げる。
「おや、これはッ?」
-PYOPYORo-(何かしら?)
それは、背中の突起であるが、王座の様にも見えた。マキトが王座に着くと、…
-GYABOOOOO FSHUUUUU-
感激に水龍トールサウルが吠えた。
◆◇◇◆◇
帝都の大橋へ出かけたのは失敗であった。死霊術師リリィ・アントワネは呪い人形へ意識だけ憑依して外出していたのだ。強力な亡霊も消滅しては助力に成らない。
「悔やんでも詮無き事です。次を探しましょう」
「はい、お嬢様。こちらに書状が…」
帝都の噂か、マキトの屋敷には亡霊退治の依頼が入る。それら嘆願の書状には有力な亡霊の所在が記されているのだ。
「やはり、地縛霊の類かしら?」
「…」
食後のプリンを完食してリリィお嬢様が書状をめくる。以前に男爵の依頼で墓地の亡霊から聞き出した情報の報酬である、食後の甘味はリリィお嬢様にも好評と見える。
「決めました。次はこれにッしましょう!」
「そ、それは…」
深夜に屋敷を抜け出す危険を考慮しても、大物の亡霊を釣り上げたい所だ。
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