ep295 自由都市リベルテ
ep295 自由都市リベルテ
コジエ山の頂で、野生のグリフォンとの饗宴と酒宴になる事は予定通りだった。新妻のサリアニアは野生のグリフォンたちにも大人気で酒宴の余興に模擬戦となった。その結果で群れの中での格付けを終えたらしい。
マキトたち新婚旅行の一行は護衛の家臣も連れてザクレフ地方の西にあるリベルテの町へ入った。リベルテは古くから自由交易都市として栄えていたが、戦乱とアアルルノルド帝国に併合されてからは、西国の流通経路を宿場町ベイマルクに押えられて商業交易も衰退していた。
それでも、ナダル河の水源に近い南の氷雪山地に有力な鉱山をいくつか保有しており、帝国へ有力な氏族も多数に輩出している。そんなリベルテの有力貴族は複数の部族をまとめる立場にあると言うドランドランの連合部族である。この情報も新妻サリアニアの話の受け売りに過ぎない。
リベルテの宿舎でも朝晩の稽古は欠かさないサリアニアが剣を振るう。
「たぁああ!」
「なんの、これしきッ」
サリアの可愛い掛け声とは裏腹に剣閃は鋭く重い。特訓の相手をするマキトも油断は出来ないのだ。
「やぁ、はっ、はっ!」
「ぐぬぬ…」
中庭で汗を流す夫婦を家臣たちも暖かく見守る。
「今朝は、これまでとするッ」
「は、はぁ、はぁ…お疲れ様です」
やはり、マキトも剣術だけではサリアに敵わない。今朝の稽古は荒れているなぁとマキトは察した。稽古を終えて朝の湯あみに行く新妻サリアを見送る。
………
湯殿で汗を流す新妻サリアニアの愚痴に、お付きの女騎士ジュリアが応える。
「まったく、婿殿の意気地なしには参るッ」
「姫様の魅力で、落ちぬ男などいません!」
この話題は何度目か、昨晩の寝所でのマキトの所業を話題にしているのだ。
「そうかのぉ…」
「旦那様が傍に置く秘書官も、ファガンヌ様も胸周りは大層にご立派ですけど……姫様も負けてはおりません」
そう明確にマキトが巨乳好きかと言われると確信は持てない。サリアも少しは背が伸びて、年相応の以上にご立派な胸肉は湯船に浮かべる程もある。たぷん。
新妻サリアニアはぷかぷかと湯に浮いて今晩の作戦を練るのだ。
◆◇◇◆◇
遠く離れたシドニア山地では山賊団の殲滅作戦が激化していた。後から思えば隘路に伏兵が潜むことは予想ができた事だ。警吏の捜索隊は山岳部にコカ茸の栽培地を発見して付近に倉庫らしき建物も見付けた。ゴーレム娘のフラウ委員長が、最初からコカ茸の栽培条件を考慮して畑の所在もいくつか特定していたのだ。
それにしても、ジャンドルの騎兵隊は油断したのであろう。山賊団の伏兵と罠に足を掬われた軍勢は反撃され戦線を突破された。比較的に安全と思われたコカ茸の栽培地にも山賊団が侵入して警吏の捜索隊と乱戦となった。
ゴーレム娘のフラウ委員長は得意の精密射撃で味方を援護していたが、乱戦に敵味方が入り乱れて実力を十全に発揮できずにいた。
「ぐわっ!」
「…賊を押し返せッ」
「…まずいッ、秘書官どのぉ!」
味方の警告の声に対応も出来ず、フラウ委員長の至近で火球が爆発した。乱戦にも関わらず火魔法を使い火球を放った馬鹿者がいるらしい。ゴーレム娘フラウ委員長は左腕を翳して直撃を避けた。左腕は外骨格の装甲に覆われて内部に三連装の石弓を装備している。比較的に防御装甲は厚いのだ。
「きゃっ#」
ゴーレムには似合わない悲鳴を発しても火球に左腕を焼かれる。そのまま山賊と見える一団と乱戦になった。焼け焦げの残る左腕を鈍器として、この場を殴り抜けるしか方法は無さそうだ。
「こんな所で、負けるものですかッ#」
山賊団との乱戦は激しさを増した。
◆◇◇◆◇
-ZZZzz-
マキトはだらしなく寝所に横たわり鼻いびきをかいて眠っている。サリアが顔を抓って見ても目覚める気配は無かった。安心しきりのマキトの寝顔は間抜けだ。
「こうして、くれようぞッ」
「…うっぷ…溺れるぅ…助けてくれぇ…」
新妻のサリアニアがご立派な胸を凶器にしてマキトを締め上げても寝言を言うばかりだ。マキトの話ではザクレフの付近を流れるナダル河へ墜落して、溺れかけた経験があると言う。その時の悪夢か。
昼間はここ自由都市リベルテの近郊の鉱山を視察して、朝夕には奥方の鍛練に付き合い。地元の有力貴族との会合だ宴会だと引き回されては疲労も溜まる。それに加えて夜には寝所で新妻の相手をしなくては成らないのだ。同じ時間を過ごしたサリアから見ても旦那様の役目は多いと思う。
サリアが寝物語にマキトへ尋ねると、マキトはサリアを大切にしたいと言うが、それは妾が未熟という事か。女の魅力が足りないと言うのなら特訓してでも能力を引き出す迄よッ。
「そんな事では、靡いてしまうぞッ」
「…うっぷ…待ってくれ…今から追いかける…」
夢の中で船に乗り遅れたか、マキトの寝言は焦りに変わる様子だ。旦那様は気付いていないと思うが、サリアニアはリベルテに宿泊してからドラントランの氏族の若様に歓待を受けている。接近と言うか積極的に関係を持ちたがる様子に、地元の名産品から菓子や宝飾品など気を惹けそうな物なら何でもありの大攻勢と見える。
自由都市リベルテは恋愛にも自由な気風で、奪える者なら奪って見よという伝統らしい。その気風はドラントランの多くの部族を結び付ける結束と厄介事を齎したが、今日までも部族と氏族を存続させた効用はあったのだろう。貴族の男子ならば多少なりとも強引な方が好ましいとサリアニアには思えるのだ。
-ZZZzz-
サリアの不満に旦那様が気付く気配はなかった。
◆◇◇◆◇
帝都の西を流れるナダル河に架かる大橋には深夜に首なしの亡霊が現われるという噂があった。深夜の大橋の街路に車椅子を押す老紳士が通りかかる。こんな時間に護衛も無しとは不用心だろう。
「…お嬢様。この辺りでしょうか?…」
「…静かにッ、今…見付けたわ…」
大橋の袂に薄ぼんやりと光る影があった。
「黒の娘か…世話になった…余は満足じゃ…」
「大帝さまッ、もう一度、お力添えを!」
それは首なしの騎士の姿で漆黒の鎧と装飾は王者の文様であった。
「余は聖都カルノを守護する聖霊となろう…」
「待ってッ」
深夜にはありえない光輝を発して首なしの亡霊は消滅した。
「何者だッ、そこで何をしておるか!」
「…ざわざわ…」
帝都の大橋を守る警備の兵士らが駆け付けて怪しい人影を誰何する。
「死者への手向けじゃ、文句なら後で聞こう…」
車椅子の若様は流麗な仮面を付けて聖句を唱えた。立ち昇るのは聖者の明かりか霊魂の輝きか。警備の兵士も思わず見惚れた。
帝都には大橋の亡霊を浄化した若様の噂が流れた。
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