028 共同戦線
028 共同戦線
僕らは迷宮の新たな分岐を進み地下へと向かっている。先導に探索者の四人が進んでゆく。探索者の代表の男が話かけてきた。
「魔術師どのと、お見受けしますが」
「いえ、見習いですよ」
この格好では、年若い魔法使いに見えるだろうが…、
「これは失礼。戦闘では何の魔法を使いますか?」
「杖を少々……」
僕は正直に答える。迷宮の戦闘で火炎の魔法など、危険の大きい魔法を使われたら皆でお陀仏だから、戦闘方法を尋ねる事は当然だろう。
「ほほう、肉体強化系の魔法ですな」
「…」
男はひとり納得してシシリアの方に向かった。リドナスが音もなく近づいて僕に耳打ちした。
「主様、気を付けて 下さい… 何か 来マス」
「!…」
-DOM BUF GOF-
何やら振動と遠くから響く叫び声のような音がする。僕らは通路のやや広い場所で立ち止まり先の様子をうかがう。この先の通路は左へ湾曲しているようだ。右の曲面に光が差した!火炎か?
人が駆けて来る。探索者と見える…女が二人現れた。
「助けて! は、はぁはぁ」
「蜘蛛! たくさんの、蜘蛛が…」
それだけ言うと女は倒れ込んだ。カサカサともヒタヒタとも付かぬ…足摺り音をさせて蜘蛛の魔物が現れた!その数、三、四、五、六…あっと言う間に十余を越えた。僕らは戦闘状態となった。
戦士と見える探索者の男が蜘蛛に切り込む。その脇で斧を構えた探索者の男が蜘蛛と対峙している。獣人のバオウは素手に蜘蛛の足を掴んで投げていた。剣士のマーロイが蜘蛛の足を切り飛ばす。
僕は杖を小さ目の蜘蛛に叩きつけた。剛毛に弾かれる感触が伝わる。
その時、結弦の音と共にシシリアが呪文を唱えた。
「切り裂け!【風刃】」
-DOZ-
天井から矢傷を負った蜘蛛が落ちて来た。リドナスが素早くナイフで腹部を突き止めを刺した。僕は身体強化して目前の蜘蛛を打ち据えた。幾分か有効な打撃だったろうか、蜘蛛が後退した。
前衛を見ると味方は善戦しており何匹か始末した様だ。
いつの間にか、僕の前方で蜘蛛が仁王立ちしていた。しかも、器用に腹から尻をこちらに向けて糸を飛ばして来る。
「おおっと!」
慌てて横っ飛びに転げた。あの糸の性質が分からないので、避けるのが良い。
「硬球の形で…【形成】」
僕は地面を球形に形成し蜘蛛へ投げつける。命中した土塊は砂状に粉砕されたが…蜘蛛は砂を嫌った様子だ。
「もういっちょ!この形で…【形成】【硬化】」
硬球の縫い目も再現した一投は、蜘蛛の頭部にDBした。昏倒する蜘蛛に止めを刺すリドナスが格好良い。周りを見ると、あらかた掃討が終わった様子だ。合計18匹の蜘蛛を倒した。
震えていた二人の女に事情を聞くと、
「仲間が死んで…ガクガク」
「蜘蛛っ!蜘蛛…ブルブル」
恐怖が残っているのか要領を得ないので、探索者の男は追及を諦めた。
「ダメだ。話にならない…」
「しかし、救助した報酬は頂くからなっ!」
迷宮で魔物を引き連れる行為は探索者に嫌悪されていた。いつ大事故に巻き込まれるか…危険な行為だ。故意か過失かを問わずとも救助した場合には、魔物の討伐報酬と同じ金額を要求出来る。探索者ギルドの掟だ。
探索者の男は大蜘蛛18匹の討伐報酬を記載した請求書を二人の女に手渡した。二人の識別札を見て番号と登録名も控えておく。これと探索者ギルドを通して請求する。
僕らは二人を探索者の男に任せて蜘蛛の討伐証明部位を切り取る。これは探索者ギルドの買い取りとなる。
「大蜘蛛の有効素材は、何ですか?」
「粘糸と梳糸だけど、今回は無理だわ」
シシリアが物知りで助かるが、男どもは…
「蜘蛛は切れ味が悪くてイマイチだな」
「GUU この蜘蛛は マズイぃ」
ぎょ、となって僕はリドナスを背後に隠した。
「結構、美味しい…むぐむぐ」
「後で料理して、あげるから…今は待って…」
小声で囁く。マーロイは剣の手入れに熱心だし、バオウは毛繕いの最中だ。セーフ。
僕はこっそりと大蜘蛛の足を鞄にしまった。
僕らは通路を戻り広場のような場所で野営した。魚の干物で出汁をとり緑豆のスープを作る。オーク肉を焼き黒パンに挟んだ。
リドナスのスープには焼いた大蜘蛛の足を入れる。探索者の男たちはそれぞれ干し肉を齧っているようだが、僕は未だに震えている二人に緑豆のスープを差し入れした。
「なんだ、俺たちとは待遇が違うじゃないか」
「タダじゃない。貸しですよ」
探索者の斧男が絡んでくるが、僕は悪い笑顔でカップを差し出した。
「プルプル」
「頂くわ…」
空腹には勝てない様子だ。黒パンも追加する。
腹も温まって探索者たちは、それぞれのチームで集まって休むようだ。
夜の見張りは、マーロイ、バオウ、リドナスの順にするとの事だ。いちおう結界の魔道具を設置しておく。
僕は迷宮の中で眠りに着いた。
◆◇◇◆◇
次の日、僕が目覚めると探索者の女は二人とも消えていた。
こっそり獣人のバオウに聞いたところ、夜中に出て行ったとの事だが、問題は無いらしい。
救助した報酬は探索者ギルドを介して取り立てるそうだ。無事に帰り着けると良いが。朝の鍛錬をしている際にマーロイに尋ねた。
「マーロイさんが剣で切る時に、ビシュってするやつ…」
「あぁ」
剣士のマーロイは寝ぼけ顔だが、真面目に答えた。
「あの技は、どうやってますか?」
「身体強化するに、剣も体の一部と思って強化しているが…」
僕の素振りを見詰めてマーロイが言う。
「…」
「マキトには、まだ無理だ!」
断言されると凹む。簡単な食事をして迷宮の先へ進む。
………
昨日の戦闘があった場所には大蜘蛛の残骸があったが、大半は迷宮に吸収されたらしい。辺りには魔物の気配も探索者の姿も無いが、問題はこの先だろう。慎重に通路を進む。
しばらく左へ湾曲した通路を進むと開けた場所に出た。ここから螺旋に下る様だ。巨大な縦穴から下を覗くと生温かい風が吹き抜けた。
「主様、この下に 蜘蛛が イマス」
「GUU におう 臭う」
しばし作戦会議を開いた。
この下に大蜘蛛のボス…恐らく巨大蜘蛛が巣を張っているだろう。手下の蜘蛛も多いと予想される。
「見つけ次第に、火炎の魔法でドカンと殺る」
「迷宮の毒がなぁ…」
探索者の魔術師の提案にマーロイが渋る。
「巣を壊して下に落とす方法は?」
「この人数で可能かぁ……巣を見ないと何とも言えん」
シシリアの提案にもマーロイの表情は晴れないが、
「火炎でドカン、風か水で叩き落し、火が消えなければ撤退する。前衛は蜘蛛の接近を阻止して…」
「むむ、そんな所か…」
探索者の代表の男が作戦をまとめると、マーロイは渋々だが承知した。
その後は詳細を相談して作戦決行となった。
………
大きく螺旋を描く通路を壁面に伝いに進む。先頭は探索者の魔術師を含む三人。次にバオウとシシリア。続いてマーロイと僕とリドナス。最後尾は探索者の治療師と代表の男だ。
慎重に歩を進める。しばらく行くと蜘蛛の巣の先端が見えた。壁面に梳糸を括り垂直の空洞に巣を張っているらしい。この巣を揺らすと蜘蛛に気付かれるので、僕らは息を詰めて様子をうかがう。
「GUF いたぞ!」
暗闇でも夜目が効くバオウが叫んだ。巨大な蜘蛛が巣を手繰って姿を現した。その体は大蜘蛛の何倍も大きい。足の長さはどれ程だろうか、光の魔道具では見える範囲に収まらない。
先制攻撃に火炎が飛び、巨大蜘蛛に命中した。弾けた火炎の残滓が巣を焼く。
シシリアが呪文を唱えた。
「切り裂け!【風刃】」
風の刃が巨大蜘蛛を避けて足下の巣を打つが、梳糸は強靭な様子で切断されない。
「まずい!巣をぶっ壊せ!」
「はっ!」
僕らは巣糸に切りつけるが、梳糸は柔軟な手応えで切断されない。
「たのむ…【粉砕】」
「!…」
僕は焦って巣の梳糸が括られた壁面を破壊した。ようやく巣の一部が落ちていく。すでに、火炎の効果が消えた巨大蜘蛛は、前衛の二人とバオウを襲っていた。
「GHA 蜘蛛ごときが 生意気だ!」
「くそっ!」
「押し返せ…」
前衛は苦戦している。巨大蜘蛛の足がこちらにも伸びて来た。ガツンと何かが…
「主様、ここは 私が抑え マス」
「!…」
見るとリドナスが両手の鉄甲で巨大蜘蛛の足を受け止めていた。押されて下がる。どうする、壁面を破壊するのは効率が悪い。僕はカバンを漁り…火付けの魔道具を取り出した。
梳糸に当てて火を着けると、糸は溶けて切れた!それを見て、最後尾にいた探索者の男たちも火付け作業に加わる。巣が傾き始めた。
異変を察知して巨大蜘蛛が器用に後退する。
「燃え上れ!【火炎】」
「吹き荒れよ!【突風】」
探索者の魔術師から火炎が飛び蜘蛛に当たった。その炎に突風が吹き込み火勢が上がる。弾けた火炎の残滓が巣を焼くと、悲鳴とも付かぬ…足摺り音をさせて巨大蜘蛛は落ちていった。
-ZAW ZAW ZAW-
空洞全体を揺るがせる…足摺り音か。耳を澄ますと…嫌な予感がした。
「GUU…」
「ぎゃ!」
「なにっ!」
螺旋状の壁面を無視して蜘蛛の群れが駆け登って来た。その数は何十か数え切れない様相だ。僕らは前方の恐怖と背後の壁面に挟まれて身を固くした。
群れが通り過ぎた……助かったのか。
恐る恐る螺旋を下り空洞の底に辿り着いた。下には焼け焦げた巨大蜘蛛が伸びていた。いちおう止めを刺しておく。傍らには探索者と思われる死体が四人分あった。先に来て蜘蛛に喰われたようだ。
「GNU 死ねば 魔物の 餌となる」
「…生きて、栄誉の花も咲く…だろろ」
バオウが言うのを、マーロイが続けた。
辺りを捜索するとお宝らしき小山を発見した。探索者の代表の男が調べているようだ。
「異常は無い…割ってくれ」
「ふん!」
探索者の男が小山に斧を振り降ろすと、小山が割れて中身が見えた。中は黄金造りの剣と金貨の山だった。迷宮ではこの様なお宝の山が隠されているそうだ。
僕らはお宝を確保し無事に地上へ帰還した。
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