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無色魔法使いの異世界放浪ちゅ ~ 神鳥ライフ ◆◇◇◆◇  作者: 綾瀬創太
第二十三章 帝都に滞在して見たこと
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ep287 伯爵令嬢の転落事件

ep287 伯爵令嬢の転落事件





 マキト・クロホメロス男爵はベネルクテ伯爵家の園遊会に招かれた。帝都の郊外にある伯爵家の敷地は立派なもので他にも別邸を所有していると言う話だ。マキトは他の招待客らと談笑しつつ庭園を眺めた。季節は春を過ぎて若葉も濃くなり日差しも眩しい。


最近は帝都に雨季も近くて野外の園遊会は中止となる事が多いのだ。貴重な五月晴れとも言える晴れ間に清涼な風が吹いて園遊会は上々な催しとなった。当主の伯爵閣下の挨拶に続いて今年に十五歳となるご令嬢の披露が行われた。この年に貴族の社交界へデビューするのは比較的に遅いのかも知れない。


ご令嬢は病弱との噂で屋敷の二階のテラスから手を振るばかりだ。遠目に見た所でも顔色が悪く笑顔にも陰りが見える。義務的な招待客への挨拶が終わるとご令嬢は屋敷の奥へ隠れるように姿を消した。御年に十五歳であれば、婚約者なり見合いの相手なりを見付けなくては成らないだろう。この園遊会もそういった目的が感じられる。


招待客には年頃の子弟を持つ貴族が多くて、マキト自身も独身の貴族として数えられるだろう。マキト・クロホメロス男爵はサリアニア・シュペルタン侯爵姫との婚礼が控えていた。独身も最後の年になりそうだ。そんな感嘆を抱いていると屋敷の奥で女中(メイド)と思える女の悲鳴があった。


「きゃーっ、お嬢様がッ…お嬢様が…」

「どうした!?」


取り乱す女中に対応して屋敷の兵士が駆け付けた。


「皆様のご安全は私どもが、お守り致しますッ」

「!…」


伯爵家の兵士は立派な者たちで、招待客への対応にも卒がない。地方領主の男爵家とは歴史も家格も段違いに洗練されているのだ。


事件は伯爵家のご令嬢の転落死から始まった。


………



園遊会が催されたベネルクテ伯爵家の別邸は帝都の郊外とはいえ北区の所管にあり、南区の警吏長官のマキト・クロホメロス男爵には手出しも出来ない。当日の招待客として比較的に現場に近い場所に居合わせたが、形式的な事情聴取をされたのみで解放された。後の捜査は北区の警吏に任せるしかない。


「そりぁ無理って物さッ。北区のお貴族様の事件に、俺たち警吏ができる仕事はねぇよ」

「そんな所ですかね…」


管轄の違いもあるが、貴族の事件に町の警吏が関わる事は無いらしい。マキトは南区の警吏長官の権能も利用して事件の情報を集めた。


被害者は伯爵家のご令嬢で屋敷の上階から転落死したものと見られる。現場の上階にはテラスも無くどうして伯爵令嬢が屋敷の上階へ登ったのかは不明である。ご令嬢の衣服にも乱れは無く刺し傷も切り傷も無い。自殺と他殺の両面で捜査が行われるらしい。


マキトは捜査の報告書を見て溜め息をついた。


「ふう。この世界に科学捜査は無いものか、検死報告も無いのか…」

「長官殿。お加減が悪いのですか?」


役所の警吏長官に付く秘書官がマキトの顔色を見て気遣うのに、マキト・クロホメロス男爵は応えなかった。何やら意味の分からぬ事を呟き思索に耽るご様子だ。


「…ご令嬢に持病でもあったか、あるいは…」


マキトは園遊会で見たご令嬢の顔色を思い返していた。




◆◇◇◆◇




役所の警吏長官の執務を終えてマキトは郊外の屋敷へ帰還した。どうしても、留守がちの長官職には警吏長官の決裁が必要な書類が溜まる。緊急事態には屋敷の方へ連絡が入る手筈となるが、それでも真面目に警吏長官として役所へ出仕する必要があるだろう。


屋敷には来客がマキトを待ち受けていた。


「マキトさん! お体の具合はッ?」

「この通りッ、順調に回復していますよっと…」


タルタドフの領地から遠路に帝都の屋敷を訪れたのは、水の神官アマリエだ。開口一番にマキトの体調を確認する。おどけて車椅子から立ち上がるマキトの足腰は確かに見える。


「たぁぁああ、はっ!」

「っ!」


水の神官アマリエは突然に気合を発して手にした杖でマキトを突く。目にも留まらぬ早業だッ。マキトの護衛たちが腰を浮かす。


「その様子では、…まだまだ、危ういですわッ」

「…くっ、待ってくれ!」


マキトは無様に尻餅を付いて起き上がるにも数秒を要する。これでは魔物の餌食だろう。水の神官アマリエはマキトの杖術の先生手でもあり、手加減はお手の物だ。マキトの護衛たちも二人の様子を見ている。


帝都の屋敷に新規で雇われた者たちには、恐ろしい神官様と映るに違いない。マキトは心強い援軍を得た。


………



実際の所でもマキトの体力の回復は半分程度だ。帝国の内乱で受けた戦傷も癒えたとは言えない。マキトが師匠から伝授された光の術式は効果も絶大であるが術者の負担も大きい。そのためにマキトはいくつかの魔道具を用意した。


それは【感知】の術式を刻んだ護符や、魔力を込めると【退散】の効果がある内着や、【捕縛】の効果を発動する数珠などの補助道具だ。それにも増して水の神官アマリエの治療術は心強い。マキトは屋敷の風呂場で水の神官アマリエの治療を受ける。


「マキトさん。背中を向けて下さい」

「こうか…?」


背中に当てられたアマリエの手から優しい波動が全身へ伝わり癒されてゆく。屋敷の風呂場にはブラアルの工房へ依頼して最新式の給湯施設を備えた。帝国式では熱い蒸気を満たした風呂場で汗を流し、冷水を浴びるのが常である。帝国貴族でもマキトの屋敷の風呂場は珍しい造りだ。


「随分と筋肉が固まっていますわよッ」

「くうぅ、効くキクぅ…」


体の筋まで引き延ばされる感覚は新鮮な刺激だ。このまま湯船で眠りたい。河トロルのリドナスも水治療の名手であるが、男装して執事の見習いをするのも屋敷に変な噂が立たぬ様に配慮したものだ。


この日から毎日の水治療は執事見習いのリドナスと水の神官アマリエの交代制となり、旦那様は両刀使いとの噂が屋敷の女中(メイド)に囁かれた。




◆◇◇◆◇




転落死の原因は不明ながらもベネルクテ伯爵家では亡くなったご令嬢の葬儀が行われた。マキトは警吏長官の弔問の形式をとって葬儀へ強引に車椅子を乗り入れた。喪服でマキトの車椅子を押すのは帝都では見掛けない美人である。水の神官アマリエは車椅子を押すフリだけして、伯爵令嬢の死に顔を観察した。


それは参列者への最後の別れとして死化粧に整えられた美形であるが、帝都の芸術家の手が加えられているのだろう。そんな欺瞞を取り除いて見れば、水の神官アマリエには違いが見えた。


参列者の男性の目は喪服姿の美人アマリエに注がれているのだが、その魅力的な巨乳がニセモノの虚乳だと知る者はいない。服装という物はとかく職業をもの語りがちで、見る者が見れば水の神官だと見破るに違いない。そんな推測にも構わずマキトは小声で尋ねた。


「…アマリエさん判りますか?…」

「…ええ、なんとなく。…恐らくは薬物に侵されています」


喪服姿の美人アマリエが警吏長官マキト・クロホメロス男爵の耳元へ囁く様子は不倫の関係を思わせる。愛人かッ愛人と同伴なのかッ。参列者の敵意がマキトへ向けられた気がする。


「…それはッ…」

「…ご病状と投薬に浸かっていた可能性もありますわ…」


ふむ。その線で調べてみるかとマキトは考えた。


伯爵令嬢の死には謎が多過ぎる。





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