ep286 帝都のゴーレム使い
ep286 帝都のゴーレム使い
マキトは帝都のゴーレム使いとして南区では有名である。それでも警吏の官舎では密かにゴーレム三姉妹の整備を行う。
帝国の北部平原へマキトたちが設置した亡者の群れを捕える魔方陣は全ての彷徨える魂の浄化が終わり役目を全うした。魔方陣の要石として現場に留まり最後まで浄化の儀式を見届けたのはマキトが試作して戦場へ投入したゴーレムたちだ。試作のゴーレムは三種類あり、それぞれはA型B型L型と区別されていたが、量産機の製造もあり司令機の役目を自覚させる為にも試作機の各自へ名前を付けた。
試作機のA型は射撃性能に特化して後方支援を行う機体だ。フラウと名付けた機体の左腕には三連射の石弓を装備している。非常時には弓と弦を張って長弓に変形する事も可能だ。対人用の制圧には石弓だけでも驚異の性能と言える。さらに弾道計算と放物線射撃の計算も得意な才女であり後方から戦場の全方位を見渡す望遠の目を持っている。フラウにはゴーレムたちの姉貴分かまとめ役として「委員長」の称号を授けた。望遠の欠点を補う眼鏡の魔道具も似合っている。
「フラウ委員長。機体の調子はどうかね?」
「整備は良好です。問題はアリマセン#」
語尾の末に残る#(ノイズ)は発声装置の性能限界らしく現行の技術では除去が難しい。聞き苦しい点については許容範囲だ。
「弾丸の補充をしておこう。中を開いて見せてくれッ」
「はい。マスター#」
フラウはお仕着せのメイド服の上を開いて胸を開けた。この娘は三機の中では一番の巨乳で胸部装甲の中には男の夢……ではなく石弓の弾丸が詰まっている。
マキトは弾丸を形成し男の夢の中身を満タンにする。先日の昆虫怪人との戦闘では射撃性能を発揮して一番乗りの功労者だろう。あの事件は公式には偶然、現場へ居合わせた南区の警吏長官マキト・クロホメロス男爵が解決した事とされているのだ。
「くっふん。マスター満タンです#」
「あっ、いかん…」
フラウ委員長は射撃装置の稼働部分も多くて整備個所も多い繊細な機体でもある。入念な整備は欠かせないのだ。別にゴーレムの分解整備がマキトの趣味だという訳ではない。
「あぁ、お姉だけずるいッ、ボクも整備してよ#」
「黙れッ!問題児。フラウはフレインと違って、繊細なんだッ」
このボク娘は試作機のB型で格闘仕様の強襲兵だ。帝都の内乱では余りの暴走に敵も味方も虐殺している。その為に最大出力を制限する制御装置を追加されているのだ。とはいえ対人戦闘では歩く凶器であり近接戦闘では暴虐の限りを尽くす暴走娘だ。前回の昆虫怪人の事件では多数の調度品と建物を破壊したが、比較的には穏やかな活躍だった。
「えーん。ゴーレム差別だぁ#」
「その程度の傷は、自力で修復できるだろうに…」
泣き真似を覚えても甘い顔は出来ない。土の精霊石を内臓したゴーレムの試作機は学習段階にあり性格も徐々に形成されるのだ。初期の教育が重要なのは言うまでも無い。
「ちぇっ#」
「仕方ないなぁ…魔力を注ぐぞッ」
ゴーレムたちは魔力を消費して稼働する。一応に自然界へ放置した土の精霊石も魔力を吸収して自己修復が可能だが、外部から魔力を供給する方が修復も早いのだ。魔力の種類は誰でも良いのだが、特にマキトが魔力を注ぐとゴーレム娘は喜んだ。いちばんのご褒美と言える。
「ぞぞぞぞぞっ、来たぁ~#」
「…変な声を出すなよッ」
魔力供給に歓喜する暴走娘フレインの機体は整備個所も少ない。すり減った拳と踵を修復するばかりだ。この際に汚れの目立つホディを擦りスリスリ洗浄しておこう。
「マスター様。あたしは役立たずで、申し訳アリマセン#」
「そんな事はないさ、フローリアは良くやっている」
三機目はL型のフローリアで武装には金属製の槍を持たせた突撃兵だ。この中では一番の破壊力を持つが気は優しくて大人しい性格と見える。
「んんんんっ#」
「整備するぞッ、機体を起こせ!」
マキトはフローリアの長身で細身の機体を起こし各部を検査する。華奢な見た目もその走行性能を発揮すれば驚く筈だ。開発時の難産を思えば、運用性能には満足できる。
「あたしの体は、変じゃないですよねっ#」
「良しッ。問題は無い!」
全ての機体の整備が終わったと見えたが、最後にマキトが移動手段として乗る車椅子が不満を述べた。
「まったく、ワレを何と思っているのかッ…感謝せよ!そして崇め、奉れ!…ワレは冥界の王にして金色の…」
「はいはい。アッコの整備は入念にッだろう」
岩塊の幼女ゴーレムは普段も車椅子に変形し、戦傷に衰えたマキトの手足を補助する必須ゴーレムだ。ガイアっ娘のお説教は自慢話も多くて長い。伊達に長年を生きた精霊核ではある。精霊核は内包された精霊の知性を持っており知恵も知識も学習して成長するのだ。岩塊の幼女ゴーレムであるガイアっ娘は精霊石の生みの親でもある。精霊石に親子の概念があるとは思えないが、三姉妹にとっては母親だろうか。
マキトは日課のゴーレム整備を終えた。
◆◇◇◆◇
帝都の南区で発生した昆虫怪人の事件は解決していない。首謀者のデルバートが昆虫怪人へ羽化と変態し逃走してから行方不明なのだ。それでも解決した事件はある。
まず、デルバートが組織したディの盗賊団は南区の貧民街から駆逐されて組織も壊滅したと思われる。一斉検挙の成果に付随して魔窟と呼ばれる悪の巣窟に監禁されていた獣人たちが解放された。彼らは盗みや軽犯罪の容疑者であったが、現行犯や盗品転売の証拠も無くて情状酌量の上に放逐となった。帝都には帰って来るなと命令だ。帝都の検察局も裁判所も獣人の孤児にかける手間を惜しんだと思える。
その獣人たちが帝都を放逐される前に、帝都の郊外にあるメアリ婆さんの屋敷を訪れる者があった。ゴーレム杖の知覚装置が音声応答を発する。
「メアリ様、獣人の子供デス。追い払いマスカ?#」
「分かっているわ。トニィなんでしょう……猫顔を見せておくれ」
メアリ婆さんは杖を突き足腰も弱り老眼が進んで、猫顔の獣人トニィ少年の姿も良く見えない様子だ。
「メアリ奥様。申し訳ありません…」
「カイルは何処に?……悪戯も程々にッ、出て来なさい!」
「…カイル様は…」
トニィ少年が語る息子カイルの最後は壮絶な戦いであった。騎士爵のカイルの従者として戦場へ赴いたトニィ少年はカイルに最後の手紙を託されてメアリ婆さんへ届けたのだ。それ以来に仕事の合間を見付けては、稼ぎの上がりの一部を屋敷へ届けていたらしい。ゴーレム杖が無情にも時を告げる。
「メアリ様、日が暮れマス#」
「…そんな話は、…聞きたくも…無かったわ…」
「…くっ…」
真実を前にしてもメアリ婆さんの涙は止まらなかった。猫顔の獣人トニィ少年も同様だろう。
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