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無色魔法使いの異世界放浪ちゅ ~ 神鳥ライフ ◆◇◇◆◇  作者: 綾瀬創太
第二十三章 帝都に滞在して見たこと
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ep283 メアリと魔道具の杖

ep283 メアリと魔道具の杖





 その依頼人はマキトの屋敷の近隣に住むメアリという名の老婆で、入居の挨拶とご近所付き合いも兼ねてマキトは身の上話を聞いた。メアリ婆さんは早くに夫を亡くしたが騎士爵の家系で息子のカイルが家名を継ぐ事になったと言う。そのカイルも先日の帝都の戦乱へ騎士として参陣していたが生死は不明だそうで、行方を捜して欲しいとの依頼だ。


手掛りとして、息子カイルからメアリ婆さんへ宛てた最後の手紙があった。戦場から態々(わざわざ)に届けられたらしい、内容を拝見すると水に濡れたか文面は滲み所々に意味不明な汚れがあった。大方の文面は遺書と言うよりは悲愴な決意と読めるが、母親への最後の言葉とも見えて愛情に溢れた遺言だろうか。マキトには判然としない。


「そうなのよ。親孝行な良く出来た子で私の自慢ですのよッ」

「ほうほう…」


メアリ婆さんが語る息子カイルの人柄は誠実で、部下にも慕われる好青年の騎士を思わせる。マキトの警吏の職場の先輩どもに比べると格差も激しい。


「先日も庭に届け物があって、子供の頃はよく悪戯に見たものだわ」

「どんな、品物ですか?」


よっこらしょと立ち上がるメアリ婆さんは目も悪く足取りも覚束ない様子で戸棚を探した。手付きも危なかしいので思わず手伝う。


「あらっ、御免なさいね。歳の所為か物が見えづらくて……この棚の上の段に」

「ふむ。この籠ですか?」


車椅子で移動するマキトよりも、弱ったメアリ婆さんの体を見過ごせなかった。


「そうそう、それよッ」

「…」


籠の中には小銭や木の実などが入っている。子供の悪戯か…大の大人がこんな届け物をするとは思えない。


「パンの欠片などもあったわねぇ…小鳥の餌にバラ撒いてしまったけど…おほほほほ」

「なるほど…」


息子カイルの事を語るメアリ婆さんは嬉しそうに笑うのだ。


マキトは息子探しの依頼を引き受けた。


………


近隣の屋敷とは言っても、雑木林に屋敷森の敷地を隔てたお隣だ。中には手入れも放棄され、荒れ果てた畑なども見られる。帝都の郊外にはわりと長閑な風景があった。


マキトは帰路に不審者を二人ほど見掛けた。姿を見せるのは二流の密偵か超一流の密偵だろう。街中に姿を晒しても絶対に身元を明かさないという自信か。マキトが不審者たちへ声をかけようにも、そそくさと足早に立ち去る様子だ。この車椅子で全速力に追うのは憚られる。


当初から予想された事だが帝都でも監視の目は厳しいと見える。まぁ、新任警吏の若造の住まいとしては、不相応に立派な屋敷と敷地ではあるか。


屋敷へ入ると眼光も鋭い初老の執事が出迎えた。


「お帰りなさいませ、旦那様っ」

「っ!…」


ドスの効いたヤクザの出迎えか、しゅたっと音もさせずに現われるのは心臓にも悪い。河トロルのリドナスが慣れない執事服で候う。


「お帰りなさいませ、ご主人サマ♪」

「ほっ……この後も挨拶廻りに出掛ける。屋敷の面倒は頼むよッ」


「はい♪」


ご近所への挨拶周りは好機である。周辺の住民調査も兼ねてマキトとも顔見知りの方が、何かと融通も利いて安全を確保し易いだろうとの配慮からの行動だ。しかし、リドナスには女中(メイド)服を用意するべきか。


リドナスの執事見習いも順調か。眼光も鋭い初老の執事はセバスリス・チアンコフ・何某(なにがし)と言ったが、通称はセバスだ。


「不審者を二人ほど見掛けましたがッ…旦那様の言い付けで、放置しておりまする」

「事を荒立てるなよ。セバス」


マキトはセバスとの契約を思い返すが何も触れない。


「心得て御座います」

「うむっ…」


実際にマキトの配下は河トロルの護衛を主体として獣人が多い。セバスの様な人族の配下は貴重な人材である。特に、ここ帝都では獣人へ世間の風当たりは強いのだ。


当面は屋敷の警戒を厳重にして表面的には穏やかに過ごす事になるだろう。その時、マキトの配下から知らせが入った。


「奥様の密命により、ミーナが参上致しましたニャ!」

「ご苦労ッ…」


それはタルタドフの領地からメルティナ奥様が派遣した使いで、屋敷に仕えるメイド部隊から密偵方へ抜擢されたミーナという娘だ。豹柄の毛並みをモフモフするのも良いだろう。しかし、自分から密命などと言ってはダメだろうに、この猫顔の娘は二流の密偵にしか成れないと思う。大方に早くタルタドフの領地へ帰還して欲しいとの要望を持って来たか。


猫顔の獣人ミーナの話では帝都の屋敷への追加戦力との事だ。それならば屋敷の女中(メイド)と兼務の密偵方として働いてもらおうか。マキトは早速に指令を下した。




◆◇◇◆◇




ある夜、猫顔の獣人ミーナは屋敷の森に潜伏していた。隣家のメアリ婆さんの屋敷へ届け物をする人物を探る為だ。季節は暖かくなり潜伏するのも厳しくは無いが、羽虫が飛び交って頭上に煩い。猫族の本能か羽虫を感じると猫パンチを喰らわせてやりたくなるのだが、我慢にガマンを重ねて耐えるのだ。


「…ぐぬぬっ、煩し…」


切実な形相で猫パンチの衝動にミーナが耐えていると、森から離れてメアリ婆さんの屋敷へ侵入する人影を捕捉した。これでも狩りの腕前は一流である。


「取ったニャ!」

「…ひっ!」


猫顔の獣人ミーナが捕えたのは、猫顔の少年と見えた。やはり悪戯の犯人はご主人様(マキト)の推測の通りに子供かぁ。


「おやぁ、子供かぃ、喰ってしまうわよッ!」

「…ひぃいい、御免なさいッ。許して下さいぃ~痛くしないで…」


これでは、ミーナが子供を苛めている様だ。厳しい戒めを緩めると、


「っ!」

「はっ、油断したねっ、姉ちゃん!」


スルリと抜け出る少年は猫獣人に特有の柔軟性か。


「こらッ、待てぇ~」

「…」


少年の逃げ足は最速にして、既に駆け出している。猫顔の獣人ミーナは追うのを諦めた、あの手の奴は逃走経路も周到に用意して追手を巻くのが上手いのだ。


猫顔の獣人ミーナはご主人様(マキト)への言い訳をどうしたものかと考える。




◆◇◇◆◇




マキトは帝国の内乱で破損した量産機来B型の精霊石を回収した。これは修復するよりも別の用途に再利用する。


隣家のメアリ婆さんの足腰の衰えと老眼に配慮して手頃な杖を製作した。その杖には学習した精霊石を内蔵して、前方確認の知覚装置(センサー)と音声装置を組み込んでいる。


「奥様、前方に障害物デス。お気を付け下さいマセ#」

「ええ存じておりますわ。テーブルでしょう…自分の家だもの…どこに何があるのか覚えているものよッ」


杖の知覚装置(センサー)も音声装置も上々の出来だ。それにしてもメアリ婆さんの視力の衰えは思うより悪いらしい。杖には使用者が学習させる方法を採用して、この障害物はテーブルと認識されるのだ。


「杖の調子は、いかがですか?」

「ええ、とっても歩き易いのよ。でも、私はメアリと呼んで欲しいわねぇ…」


「ふむ。調整します」


折角の知性を備えた精霊石だ。積極的に活用する実用実験の意味もある。


「メアリ様、日が陰って参りました。洗濯物にご注意を下さいマセ#」

「もう、そんな時間かしら?……残念ねぇ」


杖の発声装置は録音を繋ぎ合わせた様な物で雑音も混じる。メアリ婆さんの落胆はマキトが帰ってしまう事か。


「また、様子を見に参りますッ」

「期待しているわ」


マキトはメアリ婆さんの屋敷を出た。


………


洗濯物も自分の物を干すだけで大した分量も無い。それがメアリには寂しい事だ。


「メアリ様、銅貨が落ちてイマス。盗賊にご注意を下さいマセ#」

「それは、カイルの悪戯でしょう」


メアリ婆さんが杖の精霊石に教える。


「カイル様は、どちらに?」

「亡霊でも良いから、会いに来て…顔を見せて欲しい…ものだわ…」


雑草の茂った庭に雨が降り始めた。季節の夕立ちだろうが、メアリ婆さんの瞳には涙が零れた。





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