ep282 ご令嬢と悪霊の事件
ep282 ご令嬢と悪霊の事件
依頼主は下級貴族の官吏で屋敷には夜な夜な悪霊が出没すると言う。特にご令嬢の部屋へ近付く悪霊を討伐して欲しいとの依頼だ。
「あぁ恐ろしい。夜も眠れぬ有様ですことよ」
「クロウ殿には謝礼も…」
下級貴族の見栄か当主が用意した謝礼は十分な額であったが、悪霊の退治であれば寺院へ頼むのが相場だろう。
「どこぞの寺院の僧侶にご依頼をッ」
「それが、僧院ではご多忙の様子に、お布施も値上げされまして…」
聞くところに寄ると、帝都の亡者の群れを浄化するにも人手が足りないと言う訳らしい。
「むっ、帝都に残る亡者かッ…【感知】」
「!…」
屋敷の外に反応があった。師匠のクリストファ神父から託された秘術には便利な術式がいくつもあり、悪霊の【感知】術式は常時に展開しているのだ。
「…うらめしや、ロマリア~出て来いぃ…」
「…金を返せぇ~ドレスを返せぇ~宝石を返せぇ…」
「…戦から帰ったら、彼女と結婚するんだぁ…」
悪霊が三体も出現した様子をマキトは【感知】の術式で見る。ご令嬢に振られた男と商人風の若者と騎士装束の貴族か。【退散】させるべきか【殲滅】するべきか迷う。
「悪霊どもよ。話を聞けぃ…【感応】」
下手に悪霊へ【感応】を見せるのは危険な事だ。マキトの精神が悪霊の怨念に汚染されてしまう恐れもある。
「…しくしくしく、俺はロマリアを愛しているのにぃ…」
「…借金、塗れにして~…売りさばいてやろう…」
「…騎士道よりも、彼女との逢瀬をぅぉぉお…」
一部に悪人も混在しているが、悪霊とは違う気がする。
「君ら大人しくしてろよッ…【捕縛】」
この【捕縛】の術式は北部平原の戦でも使用したいわく付きの魔法だが、マキトは術式に改良を加えて威力を抑えている。
マキトは車椅子で駆け回り貴族の屋敷を捜索した。
「ここか…アッコ頼むッ」
「うほほぃ。任されたじょ!」
車椅子から岩塊の幼女に変形したガイアっ娘は屋敷の庭を掘り返した。深夜の捜索に変なテンションだが、アッコはショベル代わりにも便利な土の精霊核である。
アッコが庭を深く掘り返すと白骨化した遺体を発見した。
「ふむ。若者か…」
悪霊の証言を待つまでも無く、何らかの事件で殺された者と推定される。それにしても屋敷の庭へ遺体を埋めるとは、お粗末な事だ。
事件は悪霊騒動から殺人事件へ容疑を変えた。この後の捜査は市内の警吏に任せようと思う。
………
事件の捜査は想定の内容だった。屋敷の庭で発見された遺体はご令嬢のロマリアに横恋慕した商人の息子で行方不明とされた者だ。下級官吏の娘ロマリアには既に婚約者がおり、叶わぬ恋であったろう。
捜査の段階でこの貴族家には大きな借金がある事が判明した。当主はその大半の資金を融資した商人の殺害を自供した。借金の肩に娘のロマリアを身売りする契約書も発見されてひと騒動となった。帝国で貴族の人身売買は禁止される事項だ。それでも奴隷と獣人の売買は公然と行われて平然とした差別とも思える。
最後まで残った騎士の亡霊はご令嬢のロマリアと言い交して戦死した騎士団の一人と推定されるが、該当者は複数もおり誰彼とは断定できなかった。
「これで、最後にしようッ【殲滅】」
「…ふごっ、解けるぅ…」
マキトは騎士の亡霊を丁重に【殲滅】した。光の術式も難易度は高い。
「ふう。終わったか…」
魔性のご令嬢ロマリアの美貌が罪か、借金に苦しんだ下級貴族の業徳か、マキトには最後まで後味の悪い事件だった。
◆◇◇◆◇
表向きは警吏の仕事も終えて帰還したマキトは屋敷の地下室へ降りた。そこは静謐な空間で神聖な香気に満ちている。この屋敷は古い教会の跡地だとの話で、敷地内には古い神聖結界が残されて今も機能している。悪霊の類は近づく事も出来ないだろう。こんな広い敷地が格安で借りられたのは、元光教会の司祭のクリストファ神父の伝手である。
地下室の結界には黒いドレスの美女が捕らわれていた。神聖な結界と言えども出入りは自由であり、対象の人物を精神支配にして捕え行動を制限しているのだ。黒いドレスの美女リリィ・アントワネは屋敷から逃げ出す事も出来ない。
「あぁ、私は今夜、ご主人様に蹂躙・凌辱されてしまうのですね…」
「冗談はよせッ、聞きたい事がある」
黒いドレスの美女リリィ・アントワネは帝都の反乱を企てた大悪人である。皇帝の逆賊として討伐された筈の人物だ。
「おほほほ、何なりと仰せのままにッ」
「かくしても…」
マキトの配下は帝都の奪還作戦の際に帝都から脱出する馬車を捕えた。その馬車は少数の護衛に守られて、中には黒いドレスの美女リリィ・アントワネ女王が死体の様に横たわり絶命したと見えた。帝都から逃亡して来たのだろう。
女王の護衛たちは敵わぬと見て投降し助命嘆願を始めた。マキトの配下は訓練された河トロルの戦士たちで、とても帝国軍の兵士とは見えない。むしろ盗賊団か蛮族の類と見做されて王都の市民には評判も悪いのだ。それでも、領主であるマキト・クロホメロス男爵が駆け付けた時には、リリィ・アントワネ女王が存命で応急処置が必要だと分かった。護衛たちの助命嘆願は女王陛下の身の上に対してであった。
その後、マキトはタンメル村へ配下を走らせ領主の屋敷を焼き討ちにした。既に村人は総出で戦へ出陣しており、村は蛻の殻であった。
「…と言う訳だが、リリィはどう思う?」
「それは、地縛霊でしょうに……亡者の行進で引き離せない怨恨がその土地にあるのよ」
マキトがご令嬢と悪霊の事件について相談すると黒い美女リリィは見解を示した。
「ふむ。そういう者か…」
「…」
ひとり納得してマキトは話を進める。
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