003 千年の霊薬
003 千年の霊薬
◇ あたしは卵の中で眠っていた。だってぇ…森の人ステフは未だに千年霊樹の紅い実を手に入れて無いのですもの。
そりゃあ、神鳥の卵を孵す為には魔力を注ぎ続ける必要があるとはいえ、千年霊樹の紅い実を手に入れる事も一族の試練なのだ
と言う。森の人の長老様の話は長くて疲れるわねぇー。
今日は探し物が見つかると良いのだけど……
◆◇◇◆◇
僕は寝ているが、眠ってはいない。
「ゴホゴホッ」
隣の寝室からオル婆の咳き込む声が聞こえる。寒さの厳しい時期から病をひきずっている様子だ。
「明日は喉に良い薬草を探そう」
………
翌朝、雑穀の粥と塩漬肉で簡単な朝食を済ます。僕はヤクルをつれて南の斜面へ出かけた。岩場をのぼり薬草をさがす。
「あった!」
オオバコに似た丸い葉の若葉を採取した。休憩に岩場から草原のヤクルたちを眺めていると、一羽の猛禽が森に急降下するのが見えた。
「何か獲物がいるのかな?」
僕は足早に岩場を降りて森まで行ってみた。運が良ければ肉が手に入るかも……わずかな期待と好奇心で森に入って猛禽の姿を探すが、既に飛び
去った後の様子で見つからない。
空を見上げると巨木の高い枝に風に吹かれている紅い実を見つけた。
「これは、珍しい実だ」
僕は巨木に登り高い枝に体重をかけてみるが、枝はびくともしない。試しに、魔力を通して高い枝を揺すると……乾いた音を立てて元から枝が折
れた!
-PAKN!-
「あわわっ!!」
「絡め取れ…【枝振】」
◇ (ステフは樹の魔法が得意らしく、植物の成長を促進する様子だわ。あとは魔物を切り裂く風の魔法も使うわねぇー)
巨木の枝がざわめき重なって僕を受け止めた。
「ごきげん、いかが?」
茂みから女の声がして、僕が振り向くと背の高い細身の女が立っていた。細身の女は薄布を纏い色鮮やかな花弁や紅葉で飾られた衣装を着ている
。……明らかに里の者ではなかった。
「君は?」
「私は森の人と呼ばれています」
◇ (誰か?人族の男に森の人ステフが話しかけるのだけど、珍しい事もあるの)
森の女は僕を見つめるのだが、葉の隙間から見える肌色に僕は萌えた。赤面しているだろと思う。
「先程のは魔法かい?」
「ふふ、樹の魔法であなたを捕まえたのよ」
僕が視線を彷徨わせて尋ねると、森の女はやわらかに微笑んだ。
「そうか助かったよ。ありがとう」
「ええ…ところで、その実をどうするつもりかしら?」
◇ (実! …遂に見付けたの!? ステフ…)
僕の視線に合わせてか、森の女は遠くを見ながら尋ねた。
「めずらしい実だから、オル婆に食べさせようかと…」
「あら、オル婆様は、あなたの大切な人なのね!」
僕は女の素肌をチラ見しながら答えた。すると森の女は僕の真意を覗き込むように向き直った。
「そうかも…」
「その紅い実を譲って下さい! お礼は致します」
◇ (そうよねぇ…人族の男なんて魔法でイチコロなのだけど…穏便に済むなら良いかも)
ちっ近い!僕は女の胸元に動揺していたが、なおも森の女は僕に頼み込む。
………
思春期の僕にその衣装は刺激的だ。は、はぁ、はぁ、…呼吸を整えて僕は切り出した。
「この紅い実は半分ずつにしましょう…」
「え?」
そして続ける。
「先程は助けて頂いた訳ですし、お礼に半分を差し上げます」
「それが、出来れば良いのだけど…」
◇ (むーぅ)
何か懸念があるのか?……僕が魔力を通すと紅い実は真っ二つと綺麗に割れた。
「どうぞ!」
「………」
◇ (あっさりと、半分にしたわ! この男まじパネェー。魔力的には美味しそうな得物に思える…じゅるり)
森の女は驚きと何かを懸念して複雑な面持ちで僕を見つめた。僕は森の女の端正な顔立ちから目が離せない。
「…冬を越えても落ちなかった、千年の霊木がつける紅い実は、貴重な霊薬になると言われているわ」
◇ (そうそう、森の一族の継承の儀式には必要なのよ!)
霊薬がどれ程の価値かは知らないが、僕は驚く森の女に紅い実の半分を手を渡した。女からは花の香りがする。森の女は唖然としていたが、気を
取り直して紅い実を懐に仕舞うと尋ねた。……その衣装の内側が気になる。
「あなたは、千年の霊木に魔力を注いでいた様だけど…なぜ、そんな事をしたの?」
「あれは、紅い実を落とそうとして…だけど、僕には魔術の才能が無いから…上手く出来なくて…」
◇ (うそッ!)
言い淀んだ僕に森の女は慰めにの言葉をこぼす。
「そんな事はありません。努力はいつか実を結びますわ」
「そうかな……ありがとう!」
春の妖精の様な森の女との会話に未練を感じながら、僕はヤクルたちの所に戻る。
「あぁ待って! この卵を持って、行って」
「何の、タマゴですか?」
◇ (えっ! なんですって…卵のあたしがステフから人族の男に手渡される!!)
森の女が懐から取り出した卵は暖かで微かな花の香りがする…オル婆への土産には良いだろう。
「ありがとう、貰って行くよ」
「また会える日を、待っています」
◇ (ちょっと! ホントに!? あたし売られちゃうの!!)
森の女は不思議な人だった。春の妖精に似た容貌で樹の魔法を使う。
最後にタマゴを貰って…良い卵スープが作れるだろう。
◇ (あたし…これから、どうなるのかしら…… )(T_T)" 泣き。
………
遠くの大樹の高い枝からマキトの後ろ姿をみつめる森の女がいた。
「千年の霊木がつける紅い実はとても堅くて、真っ二つになんて出来ない物だけど…」
手の中の紅い実、千年の霊薬を握る。
「うふふ、この実を見て長老様は何とおっしゃるかしら」
春風に乗って森の女は姿を消した。
◆◇◇◆◇
僕はヤクルたちと小屋へ戻り、炊事の前に薪を割った。太い枝は鋸で引いて適度な長さにしてから鉈でかち割る。鉈を使った薪
割りも随分と上達したものだと思うが、…
「固いっ!」
持ち帰った千年の霊木は堅くて歯が立たない。なんとか苦労して鋸を引き長めの杖にした。さらに、紅い実は非常識なほど固くて鋸(の
こぎり)も鉈も歯が立たない。魔力を通せば割れると思うけど、
結局、紅い実は杖の先端にぶら下げたままにして置く。
「霊薬の作り方を聞きそびれたが……まぁ、いっか」
ふと気付いたが、鉈で薪割りをしなくても、魔力を通せば薪割りが出来るかも! 僕は薪の先端に掌をかぶせ、気合を入れて薪を割り
台に叩き付けた。
「ハッ!」
気合とともに魔力を帯びた薪は、綺麗に三つに割れた。調子に乗って薪割りを続けたら大層に焚き木が出来た。少しは進歩が見える。
◇ (思えば、短い一生でした。…森の人ステフと過ごした数日間は何だったのかしら。このまま食べられて仕舞う前に! あたしは魔力を吸い
込んで体を大きくした)
………
今日の夕食は羊肉の串焼きと薬草入りの卵スープにしよう。僕が薬草スープに卵を割って入れようとした所で、
「ピヨョョョ~」
◇(ちょっと待ちなさい! 超絶美少女のあたしを食べようなんて! どういう了見よ!!)
突然に雛鳥が卵を割って飛び出して来た。
「あわわ!」
「何じゃ、騒がしいのぉ」
雛鳥は僕の頭に乗って鳴いている。
「ピヨョ、ピヨョ、ピヨョ」
◇(このッこのッこの! バカっバカっ馬鹿~! あたしは思い切り男の頭に攻撃するがダメージは無いらしい…くっ、悔しい)
「おゃ、マキト。随分と懐かれている様じゃのぉ」
オル婆は炊事場の様子に微笑んだ。
「それでは、名前を付けねばなるまいて」
「名前ですか…」
ぶつぶつと独りごちてオル婆は呪文を唱える。
「この者に名前を与えよ…【命名】」
「ピヨ子、ピヨ太郎?」
雄か雌か分からないけど…【命名】の魔法の効果か雛鳥が発光し満足気に鳴いた。
「ピィーピヨロロロ~」
◇(あたしの魅惑の身体を見て気付かないなんて、どこに目を付けているのよ! お馬鹿ぁ~!)
「さて、飯じゃな。ふん!」
オル婆は鼻を鳴らすと小屋の奥へ向かった。光は収束したが…ただの雛鳥のようだ。僕はただ、卵無しの薬草スープと生まれたばかりの雛鳥のピ
ヨ子を見比べるばかりだった。
◇(この状況で、あたしはステフに見捨てられたらしい…ピヨ子と名付けられたけど。これから、どーしようかしらねぇ…)
【続く】
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※森の人(美女)と出会って、鳥の卵(食材ゲットだぜ!)と思ったら、雛鳥が孵りました。この鳥がどう育つのか楽しみな長期計画です。