ep277 王都の奪還作戦2
ep277 王都の奪還作戦2
キブラ城塞の西門には野盗が潜伏していた。東門ではキブラ城塞に立て籠もった山賊団とオストワルド伯爵の軍勢が戦闘状態となり、西門も固く閉ざされて籠城の構えだ。
そのような緊迫状態の城塞都市から離れて野盗が狙う獲物はキブラの町へ向かう商隊と見えた。こんな戦時に商用とは時期が悪い。
「積荷は何と見えたか?」
「…キブラの町へ運ぶ食糧らしいぜッ」
「山賊どもの餌か…よしッ手筈の通りに…」
「おぅ」
並の野盗とは見えない訓練された配下の動きには驚く。野盗たちは何手にも分かれて商隊を襲う。二手は商隊の前後の街道に身をさらし商隊の動きを制止した。すぐさまに商隊の護衛が対処に向かうのも想定の内だ。
別動隊は横合いの林から商隊の積荷へ向けて弓矢を射かけた。どこを狙っていやがるかッ! やはりと言うべきか、商隊に居残った戦力も林からの遠距離攻撃に気をとられて、襲撃の混乱に混じって潜入する者には気付かない様子だ。
「ようし、上手くいった。ずらかれッ!」
「おぉぅ」
見事な逃げ足で野盗の群れは姿を消した。事後処理は商隊の護衛に任せるとしよう。
野盗の一味はオストワルド伯爵が送り込んだ別動隊で、帝都から輸送された荷駄に混じり、キブラ城塞への潜入を試みるのだ。
「おい。お前、その怪我は大丈夫か?!」
「と、盗賊にやられまして…」
強面の男が見慣れぬ商人風の男を誰何するが、矢傷を見て心配したらしい。
「そりゃいかん。我々の馬車で手当てをしよう」
「有難うございます…」
どうやら潜入は上手く運びそうだ。
◆◇◇◆◇
帝国軍の南部平原の戦いは初戦に続いても散々なものであった。戦闘の開始時には帝国軍が兵力でも勝り優勢の上に帝都までも駆け抜けるかと思われたが、大群の両翼に配したジャンドル家の軍勢もドラントラン家の軍勢も敵に翻弄されて確固たる戦果を上げていない。
敵軍たる黒の軍勢が予想よりも強力だと見るべきか。我が軍の武門の実力も地に落ちたと見るべきか。
「武門の家名にも恥じる失態であろうッ」
「っ!…」
アアルルノルド帝国の皇帝アレクサンドル三世は率直に嘆いた。とはいえ現状は両家の働きで戦線を維持しているのだ、今更に両家を戦陣から外すことも出来ない。
「援軍を差し向けて突破を図るべきか?」
「恐れながら…」
軍の参謀長の話では本陣の兵力を動かしても突破は難しいと言う。黒の軍勢は二重三重にも罠を張り巡らせて乱戦状態でも戦線を維持しているらしい。
「それでも、帝都へ近づくのは我軍の優勢であろうか?」
「如何とも…」
黒の軍勢が後退するのは新たな罠へ我が軍を誘い込む為であり、これまでの戦闘報告から敵の総兵力も掴みかねている。深追いは危険だと忠告された。
「ならば、いっそ……後退して我が軍の将兵を休ませよッ」
「はっ、御意に!」
皇帝陛下の英断で戦線は一時的に休戦となったが、戦の趨勢は欲目で見ても膠着状態である。黒の軍勢はよくも短期間に大掛かりな奸計を準備したのだと関心もする。
休戦の隙に、帝国軍は戦線の整理に掛かるのだ。
………
帝国軍は半里ほど軍勢を引いて防衛陣地を構えた。この地を足場にして一気呵成に帝都へ迫る気勢であったが、現状では膠着状態を打破できない。
将兵らは昼夜に交代して日中は攻撃しても夜間は守りに徹する持久戦の陣構えを構築したのだ。休息を得て英気を養う帝国軍であったが、聖都カルノからは黒の軍勢の援軍が到着したらしく、昼夜を問わずに黒の軍勢の襲撃があった。むしろ奴らは夜間の方が動きに優れて見える。
「ええい。我方が押していたのではないか?」
「申し訳ありませぬ。…カンパルネの友軍が到着すれば、現状も挽回出来ましょうぞッ」
皇帝陛下の苛立ちに、将軍たちも顔色が悪い。
「ふむ。地方領主と諸侯軍の終結状況は?」
「ザクレフがらの補給を待って、既に出発しておりますれば…」
いづれにしろ帝国軍も援軍を心待ちにしていた。
………
連日の激戦に帝国軍の将兵らも疲労の色が見える。黒の軍勢は休みも無しに交代でか帝国軍の守備陣地を襲撃して防備の兵に休みは無い。夜間も戦闘の狂騒は鳴り止まず、日中の戦いで生き残った将兵も十分な休息は得られなかった。
帝国軍の兵士たちの間に奇妙な噂があった。
「先陣に首なしの、カイホスロウの亡霊が出たらしい…」
「どうして、首なしの本人が分かるのか?」
カイホスロウは百年も前に処刑された蛮族の王の名前だ。王都の子供でも知っている伝説の人物なのだ。
「亡霊に付き従う軍勢の旗印も鎧装束も伝説の通りらしい…」
「ふん。敵の欺瞞工作だろッ」
誰かが亡霊の真似事を始めたらしい。そもそも亡霊などと信じられようか。
「本当に、カイホスロウの亡霊だッ!」
「しっ、声が大きい。…隊長に知れたら処罰されるぜぇ…」
連日の戦いに眠りも浅いのに怪談話には付き合いきれない。
………
帝国軍の本陣へ援軍が到着した。この機に精鋭を投入して戦線の突破を図りたい。
「諸侯軍の皆の者よ。働きに期待しておるッ」
「「 応う! 」」
皇帝アレクサンドル三世の檄にも覇気が感じられないが、援軍に駆け付けた諸侯軍の将兵らはやる気を見せた。
先陣に右翼のジャンドル家の軍勢と諸侯軍の将兵らが突撃した。連日の戦いに黒の軍勢の罠を見分けたジャンドル家の軍勢は巧みに進路を変更して戦場を駆け抜けると見えた。
しかし、平原の戦いに不慣れな諸侯軍が乱戦に混乱を来してジャンドル家の軍勢の進路を邪魔する。新兵を前線へ投入したのは編成官の誤りか。
「いかん。諸侯軍へ罠の判別を徹底させよッ」
「はっ!」
直ちに伝令が発進して諸侯軍へ命令を通達するが、戦場で指示が行き渡るとも限らない。乱戦を制した黒の軍勢の方に勢いは傾いている。…撤退の潮時か。
その時、上空に大型の鳥と見える影が差した。
-DOGOM DOGOM DOGOM-
何か岩塊の様な物が戦場へ投げ落とされた。あれは黒の軍勢の後方かッ?!。
◆◇◇◆◇
帝国軍の本陣へ魔獣グリフォンから降り立つのは英雄マキト・クロホメロス男爵だ。
「遅れての参陣をお詫び申し上げますッ」
「よい。よくぞ、先陣へ駆け付けた。礼を申すぞ…」
帝国の皇帝アレクサンドル三世は上機嫌で答えた。グリフォンの英雄マキト・クロホメロスが投じた一石は戦場の潮目を逆転させたのだ。
「さては、クロホメロスよ。あれは何ぞや?」
「私が開発を致しました、最新型のゴーレムで御座います」
「ほうほう…」
アアルルノルド帝国でもゴーレム技術は珍しくて、西の三国とゲフルノルド王国でも実戦例は少ないのだ。
………
再前線で戦う両軍のその先へ黒の軍勢を飛び越えた後方へマキトは強襲型のゴーレムB型を投下した。こういう時に生身の体では落下の衝撃には耐えられない。マキトは魔獣グリフォン姿のファガンヌの他にも配下のグリフォンたちを動員して戦場まで強襲型の梱包を輸送したのだ。
投げ落とされた強襲型の梱包は巨人の拳骨を模した質量弾だ。それは平原の湿地も沼地にも大穴を開けた。質量弾は六発でその内にひとつは試作機のゴーレムB型が含まれている。巨人の拳骨が拳を開いて試作機B型が起動した。同様に量産機B型も起動して武装を装備する。
ゴーレムB型の武装は単純に乱戦向きの格闘仕様にして軍勢が密集する程に威力も高い。ゴーレムB型は起動も半ばで、黒の軍勢に敵として認定されて攻撃を受けた。
「…はぁっ!フシュー…」
生前の気合を真似て、ガツンッと漆黒の騎士の槍がゴーレムB型を刺突するが、B型は後方へ跳んで難を逃れた。本体の頑丈さと格闘戦の怪力だけが取り柄の機体である。
「ウウウンフ、攻撃ヲ開始シマス#」
「!#」
起動報告に応答する者は居ない。ゴーレムB型は自己判断と全自動で敵を殲滅するのだ。
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