ep276 王都の奪還作戦
ep276 王都の奪還作戦
そこは帝都から聖都カルノに名を変えた王宮に女王リリィ・アントワネが君臨していた。執事と見える男が戦況を報告する。
「北部森林地帯を迂回する伯爵軍は亡者の沼地にて撃退しております」
「ふむ」
聖都を脅かす別動隊は早めに消しておきたい。
「東のキブラ城塞へは、食糧援助の手配を致しました」
「ご苦労様っ…山賊どもの戦況は?」
シドニア山脈に巣食う山賊団も帝国国内の希少な反抗勢力だ。
「軍神と謳われるオストワルド伯爵も、キブラ城塞には手こずる様子で…」
「そこは、重要な要地よッ」
二方面からの挟撃を避けるためにも、山賊団への援助は惜しまないのだ。
「はっ、心得まして御座います。……西の侯爵軍はナダル河の対岸へ釘付けにして…」
「首なしの働きは?」
新たに配下とした首なしの騎兵は生者への恨みも存分で、矍鑠な様子に骨の亡者とは思えない活躍だ。
「侯爵軍の兵士は恐怖に震えております」
「それは、上々の働きねぇ」
これは、骨の亡者も兵士として増員するべきか。
「皇帝の本陣がザクレフから動いた様子に、南部平原では会戦の準備を進めております」
「罠の手配は十分かしら?」
平原に迎撃の罠を設置するにも場所は限られる。漆黒の軍勢も無限に徴用できる物ではないのだ。
「はっ、手抜かりは御座いません。……聖都の住民に対する…」
執事の報告はまだ続くらしいが、その光景はタンメル村の館の主人から続く日常風景だ。
王宮の女王陛下は多忙である。
◆◇◇◆◇
ザクレフの先遣隊で突出した者は沼地の罠に掛かって討ち取られ、離散した兵士は漆黒の武者に狩られた。生き残った者は本陣へ帰還して黒の軍勢の規模と戦闘方法を司令部へ報告した。それは貴重な戦術判断の材料となるのだ。
司令部へ招集されたトゥーリマン大佐は作戦参謀から意見を求められた。
「トゥーリマン大佐。貴官ならどう判断するかね?」
「騎兵は陽動で罠に落とし、歩兵は騎兵の突撃で刈り取るという基本戦術でしょう」
実際に黒の軍勢とひと当てした士官の意見を述べる。
「黒の軍勢にも基本戦術を理解する軍師がいるとッ」
「帝国の士官学校では、何を教練しているのか……嘆かわしい」
初戦に敗退した帝国軍の新兵は多大な犠牲を出した。老将軍の嘆きも尤もな物だ。
「馬鹿息子でも戦働きに使わねば、帝国も立ち行かぬのよぉ」
「これに対処する我が軍の戦術ですが…」
「ふむふむ…」
帝国軍の司令部も動き始めた。
◆◇◇◆◇
聖都カルノの地下墓地では密かな儀式が進行していた。
「…アアルルノルド帝国の皇帝が支配するこの地に、恨みを抱き彷徨える亡者どもよ。今事は怨恨を晴らすべき好機である。目覚めよッ!そして我手に集え…」
幾代も帝国に虐げられた怨念が地下墓地へ満ちた。黒い神官服の女が呪文を唱える。
「…顕現せよ。我らが漆黒の軍勢なりッ…【亡者行進】」
墓標を押し退け墓石を揺るがせて亡者の群衆が立ち上がった。行き場を無くした彷徨える魂がここに集うのだ。
-DGUN DOGN-
地下墓地に幻聴か、場違いな鼓動とあるいは胎動の音が聞こえる。
こうして漆黒の軍勢は戦力を増強した。
◆◇◇◆◇
王都の奪還作戦は大軍を擁した帝国軍が優勢と見えた。突出した右翼のジャンドル家の軍勢は士気が高く戦闘意欲も旺盛で戦場では相手に抵抗もさせずに蹂躙している。攻撃の速度と厚みは他の軍勢を引き離す勢いだ。
「こらッ、突出するな! 戦線を維持せよッ」
「おぉぉぉー」
前線の指揮官は血気に逸る軍勢を抑えるにも苦労している。ここへ来て司令部からも通達のあった敵軍の罠が発動し、平原に突如として泥沼が出現した。
「慌てるなッ、防御陣っ 前へ!」
「おうぅぅー」
沼地に槍兵と盾兵を並べて防御に走るが、黒の軍勢の反撃も痛烈であった。何しろ、漆黒の騎兵は恐ろしく身軽に沼地を渡り戦鉾を交えるのだ。敵軍は見慣れぬ戦車をも引き回して防御陣を襲う。
「ぐあっ!」
「…ぎゃぁああー」
「…う、腕がッ、俺の腕がぁー」
戦車の攻撃による被害は甚大な様子だった。右翼のジャンドル家の軍勢は惜しくも後退を余儀なくされた。
-BUOOO BUOOO BUOOO-
撤退の合図にほら貝が三度、吹き鳴らされる。
………
左翼からドラントラン家の軍勢が重々しく前進した。帝国軍では珍しい象に似た大型の魔獣を使役して騎乗し隊列を成している。彼らは皇帝陛下の守りを自任して突出を控えていたが、右翼のジャンドル家の苦戦を見て前線へ突撃した。
「見ておれよッ、ジャンドルの猪どもよ」
「「 応おぉっ 」」
意外な事にドラントラン家の象騎兵の突撃は黒の軍勢にも効果的で、前線の押し上げにひと役を買っている。
「我らが、武勇を見せよ!」
「「 応うぅっ 」」
まっ正面から象騎兵と漆黒の騎兵が衝突しては重量のある象騎兵が勝る。ひと当てに黒の軍勢が粉砕されたと見えたが、漆黒の騎兵は左右に分かれて象騎兵へ襲い掛かる。これには機動力に劣る象騎兵も劣性で、配下には角のある大型の魔獣を使役した騎獣兵が配置されている。騎獣の角と漆黒の騎兵の鉾が剣戟を交えた。
そうした乱戦と押し合いにも負けず象騎兵は前進した。乱戦を脱するにも戦闘を制するにも敵軍の突破が最優先と見たか、結果としては黒の軍勢を押し退けた。重装突撃はドラントラン家の強さを象徴しているのだ。
「うわっ!」
「…なっ、何だっ」
「…あぁぁ足元が、足場がぁー」
突如として象騎兵の足元が崩れた。単純な落とし穴の罠と見えて乱戦していた黒の軍勢も巻き込まれる。
こうなっては自慢の象騎兵も討ち取られる事態となって、左翼のドラントラン家の軍勢は悔しくも後退を始めた。
-JYANM JYANM JYANM-
撤退の合図に鐘が三度、打ち鳴らされる。
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