ep271 南進強襲作戦
ep271 南進強襲作戦
マキトは帝国の国内情勢を知り皇帝アレクサンドル三世の窮状を察したが、帝都へは駆け付けずに帝国領内を南進してタルタドフの領地への帰還を急いだ。タルタドフの開拓村にはマキトの帰りを待つ家族がいるのだ。
獄門島から救出したクリストファ神父の病状の回復と介護はズーラン親方の手配に任せて、マキトたちは帰路に付いた。師匠から受け取った資料は後で確認しよう。何やら秘伝の書らしい様式で、いまさらに免許皆伝でもあるまい。牢獄で暇に明かせて書いた手書きの書物だと言う。
帰りの進路は戦乱の帝国南部の平原を避けて猫人の王国の森を訪問し、猫王シドニシャスの助力を得れば不思議な時間短縮も可能なのだが、折りしも悪く妖精族の大会議だとかで猫王シドニシャスは不在であった。帝都の情勢は悪い噂しかない。
「こんな時にぃ…仕方あるまいっ」
「とうっ!」
案内人の黒猫が付いて、マキトは猫人の王国の森を通過すると、禁断の幼女ゴーレムに騎乗した。世間の目が無ければ、幼女に騎乗するのも厭わないッ。岩塊の幼女ガイアっ娘は、ばびゅーんと加速して同行する河トロルの戦士リドナスを引き離す。その加速は獣人の身体能力も引き離すチート振りの性能だ。
マキトは暴走する岩塊の幼女ゴーレムを巧みに操縦して山岳地帯へ入った。上り坂ともなれば、日暮れまでには生身のリドナスも追い付けるだろう。マキトの言い付けを破った河トロルのリドナスにも罰は必要と思う。
山岳地帯は春先でも積雪が残り、雪解け水と湧き水も豊富だ。残雪に滑る登山道も決められた道は無くて、不安定な道行に危険も多い。
そういった時、やつは現れた。雪豹だ!
「雪山の主かッ!」
-GoGawWow-
そやつは威嚇に吠えると不機嫌な仕草で氷雪を蹴飛ばした。雪崩の様な地吹雪がマキトを襲う。
「まずい、飛ばされるぅ~」
「くっ…」
危機的な状況で鬼人の少女ギンナが現われた。戦う前から、既に魔獣ガルムのコロは弱音を吐いている。
「英雄さまっ~◇」
-WAOOONっっ-
しかし、戦闘にはならず、
「お母様。すぐに戻って参りますぅ~◇」
鬼人の少女ギンナは雪山の主である魔獣の雪豹とも懇意だ。
「たたた、助かった…ギンナ。道案内を頼むッ」
「任せて下さいぃ…コロちーぃ!」
-BAU!-
魔獣ガルムのコロは元気を取り戻して走った。マキトは岩塊の幼女ガイアっ娘を変形させて雪山仕様に後を追う。
こうして、マキトはタルタドフの領地へ帰り着いた。
◆◇◇◆◇
帝国領の南部平原では漆黒の軍勢が皇帝アレクサンドル三世を追い南進していた。春先の雪解けに草木も芽吹き始めたが、泥濘に足場も悪い平原を侵攻する漆黒の軍勢の進軍速度は異常だ。
彼らは漆黒の装備に面覆いをして顔も隠し、徒歩の兵卒に至るまで仮面を身に付けて素顔を隠している。その不気味さも去る事なるが、補給もせずに昼夜を問わず進軍しているのだ。これを異常と言わずには居られない。帝国軍の斥候は異常を察知して緊急の伝令をザクレフの仮設司令部へ飛ばした。飛行型の使い魔は何よりも早い情報の伝達手段となる。
「防衛戦に備えよッ、やつら、明後日には開戦するぞ!」
「応ぅ!」
ザクレフの町は全体が煉瓦造りで壁には白い漆喰を塗り、街路にも防壁を設けると城塞都市の様相となった。町の建物自体が城壁となるのだ。
「「「 蛮族など、何するものよぉー♪ えいやーえいさー♪ 」」」
町では戦意高揚の歌が聞こえる。
そんな、高揚した気分は肩透かしに遭った。
………
漆黒の軍勢は急遽に進路を変更して、カンパルネの農村地帯を襲った。カンパルネの町は農村地帯の中心地で開かれており、町を守る城壁も無くて、各戸は農村地帯にも広く分散していた。
「てててぇ、敵襲うぅぅぅー」
「!…」
悲鳴にも似た伝令の声に動揺する司令部に編成官は震えていた。ここは前線から離れた安全地帯の筈がいつの間にか戦場の最前線に立たされている。
トゥーリマン大佐とジャラペノ少佐は再編成された部隊を借りて帝国軍の駐屯地を発進した。農村地帯の郊外で敵を待ち受けるのだ。再編成された部隊は新兵が大半であるが、オグル塚の討伐戦に参加した精鋭部隊は分散されて各隊へ配属された。編成司令部は精鋭部隊の集中運用よりも全軍の戦力均衡を図ったらしい。
それも何が功を奏するか分からない。旧知の部下が分散配置された影響かトゥーリマン大佐の指令は比較的に早く理解されて軍勢の働きを増した。援護するジャラペノ少佐の働きも中々の者だ。
「隊列を整えよッ。盾兵は前へぇ 敵を迎え討て!」
「「 応ぅ! 」」
「遅れるな。我に続けッ 敵の横腹へ突撃するぞ!」
「「 うぉぉぉお! 」」
遅れて発進した帝国軍の後続部隊が到着した。カンパルネの農村地帯を襲った漆黒の軍勢は元から兵数も少なく帝国軍が優勢と見える。やはり、時期を見てか漆黒の軍勢は逃走を開始した。
「追えぇ、追えぇ、やつらを逃がすな!」
「「 応ぅ! 」」
「我らが、手柄を挙げるのだッ」
「「 おぉぉお! 」」
貴族の子弟と見える血気に逸った士官が追撃の指令を下した。遅れて到着した部隊も手柄を求めて焦りが見えた。
「…大佐殿は敵を追わぬのか?」
「ふん。貴族の馬鹿息子に、任せておけば良いのだッ」
マーティン・ジャラペノ少佐の問いにもトゥーリマン大佐は動じない。
「…お前さんも、言うように成ったねぇ」
「マーティン。…お前は俺の姉さんかッ!」
少佐の口調はトゥーリマン大佐の姉の言い様に似ていた。それも幼馴染の口癖か。
帝国軍の追撃部隊は漆黒の軍勢を追った。いくら漆黒の軍勢の進軍速度が速くとも落伍した歩兵を粉砕し騎兵も追い詰めて殲滅するのだ。散々に漆黒の軍勢の歩兵を蹂躙し残る騎兵を追った。帝国軍の騎兵も平原を駆ける速度に負けてはいない。
「やつら、足並みを乱したかッ!?」
「!…」
漆黒の軍勢も残雪に映えて視認は容易だ。前方の馬脚が乱れたかと思うと騎兵の隊列が後方へ飛び退いた。…いや、俺が前方へ投げ出されたのか!?
そこは残雪も残る田園地帯で、薄い氷と残雪を踏み抜いた騎馬は泥沼に落ちた。馬から投げ出された騎兵は転倒時の怪我と泥沼で行動不能となりて次々と討ち取られてゆく。
なにがと思う間もなく、漆黒の軍勢が息のある帝国軍の騎兵を刈り取った。
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