ep270 日は登りまた沈む
ep270 日は登りまた沈む
オストワルド辺境伯の別邸には専用の鍛練場所として闘技場が設けられている。普段は護衛の兵士が鍛練を行い側近の騎士の採用試験の選考会場ともなる。
闘技場では容赦の無い武技が振るわれる。
「連戦練磨ッ【風神剣】!」
疾風の斬撃が漆黒の鎧を装備した美女を襲う。それは女傑ハンネロゥレ様が武装した姿だが、BQBの体型は均整が取れた美女で…本人とは思えない。サリアの斬撃は二連撃と見せかけた三連撃であったが、容易に回避されて…その漆黒の鎧に傷も付かない。
見た目より軽快な動作でハンネロゥレ様が暴れ姫サリアニアに迫った。
-DOMSHU-
振るわれる槌の殴打が闘技場の地面を抉る。ハンネロゥレ様も容赦がない。近接戦闘は重装備のハンネロゥレ様に有利と見える。
「疾風斬ッ…回転剣舞!」
サリアニア姫は回避と見せた斬撃を飛ばして、ハンネロゥレ様へ切り掛かった!
これにはハンネロゥレ様も溜まらず後退して体勢を整える。
「…ふっ、はぁあああ!」
-DOMSHUF-
独特の呼吸法から放たれる殴打は並の物では無い。抉られた地面が弾け飛び石飛礫となりてサリアニア姫を襲う。
「くっ!」
「「 おおぉぉおおー 」」
巧みな剣捌きに石飛礫を回避する、サリアニア姫の妙技に闘技場がどよめいた。観客席は世紀の決戦をひと目でも見ようと屋敷の家臣団が集まっている。
「はぁあああっ!」
-DOMSHUFBOG-
回避の隙にハンネロゥレ様の接近を許したサリアニア姫が転倒した。ハンネロゥレ様の殴打も威力を増して地面を粉砕する。
「きゃっ!」
土煙が闘技場に舞う。
「そこまでよッ。サリア……あなたは風神剣に頼り過ぎなのです」
「ぐぬっ…」
戦闘は互角に見えても内実に、サリアの斬撃はハンネロゥレに有効打とならず、じり貧に敗北は確定していた。あとは何時、サリアが音を上げて降参するかという勝負であった。
一応にサリアの攻撃を受けても、ハンネロゥレは痛痒を感じない。漆黒の鎧の防御は完璧だ。
漆黒の鎧を装備した美女が装備を消すと、ぽよんとした体形のハンネロゥレ伯爵夫人が現われた。それは変身の武技なのか詳細は不明だ。
「は、はぁ、はぁ……魔道鎧の体型に合わせるのは心底に疲れるのよ…」
「!…」
ハンネロゥレ伯爵夫人の独り言は闘技場に倒れたサリアニア侯爵姫の耳にだけ届いた。…次は作戦を練り直して…負けないわッ。
暴れ姫の負けっぷりも家臣団には好評な様子だった。
◆◇◇◆◇
帝都に漆黒の軍勢が押し寄せて王都の防衛隊と白銀騎士団が壊滅すると、アアルルノルド帝国の皇帝アレクサンドル三世はあっさりと帝都を捨てて逃走した。
この帝都も元は聖都カルノと呼ばれて、神殿様式の城に宗教組織の開祖が興した都市だと歴史書には記されている。神殿は守りに適した構造では無くて帝都の警備も万全ではないのだ。より戦に適した本拠地は他にいくらでも残っている。
帝国の混乱に乗じてか西のシドニア山脈を根城とする山賊団がキブラの町を占拠した。シドニアの山賊団は落ちぶれていても元は敗走した貴族の末裔で、その戦力は侮れないものと推定されている。帝国の国内に残った数少ない対抗勢力だろう。
皇帝アレクサンドル三世は逃亡先として南のザクレフの領主を頼った。ザクレフ地方はクライズ・リンデンバルク侯爵が治める土地である。リンデンバルク侯爵は先王の兄の家系の侯爵家で大侯爵とも呼ばれる血筋だ。現当主のクライズ・リンデンバルクは先年のイルムドフ戦役に失敗して逃げ帰った臆病者であるが、領地に引き籠り寄る年波に精彩も欠く姿だと言う。
それでも、アアルルノルド帝国の国内では皇帝アレクサンドル三世を支持する大侯爵にして退役した将軍閣下だ。若いアレク坊やが頼りにすれば、老体も張り切って暴れる事だろう。そんな計算をの胸の内に皇帝アレクサンドル三世は南のザクレフ地方へ逃亡したのだ。
「陛下、ザクレフの領主が参陣を致しました」
「うむ。何と言ったか…頼りにしておるぞ、戦働きを見せよッ」
「はっ!ご期待に添いまする」
ザクレフの町の領主は代官であったが、武装も兵も整えて皇帝陛下を出迎えた。カンパルネの町で再編中の帝国軍と軍勢を合わせて反撃に移ろうと思う。
「帝都の奪還は急務であるッ」
「はっ、心得まして御座います」
初戦に混乱した軍令部も動き始めた。伏兵に奇襲を許したのは情報部の失態だろうと閻魔帳へ記憶する。
◆◇◇◆◇
カンパルネの町は帝国南部の農村地帯の中心地であり食糧供給のいち大拠点だ。町の防衛に帝国軍も置かれて先年に霧の国イルムドフから敗走した帝国軍と、年明けからオグル塚の迷宮討伐に成功した精鋭部隊を合わせて、軍勢の再編が行われていた。
オグル塚の迷宮討伐も最深部へは到達していないが、軍令部は討伐の成果も十分との判断により部隊の撤収を完了している。オグル塚の城塞の防御司令官トゥーリマン中佐は堅実な部隊運用が認められて栄転し大佐となった。しかし、実際は城塞の防御司令官の解任であり交代にカンパルネの町で軍勢の再編成に身を置かれた。トゥーリマン大佐は下級貴族の出身で異例の出世と言えるが複雑な心境でもある。
「おや、大佐殿ではあるまいか?」
「止してくれッ、ジャラペノ」
新任の大佐トゥーリマンを呼び止めるのは同期の男で、辛口のソースにしても美味そうな家名だ。
「ふむ。トゥーリマン大佐殿、俺の事はマーティンと呼んでくれッ」
「嫌がらせは、後にしろ」
マーティン・ジャラペノは少佐の階級であったが、同期の下士官からの付き合いで親交も厚い。冗談も程々にして本題へ入る。
「…帝国軍の情勢は悪い。白銀騎士団が壊滅し、白鴎騎士団は逃走。シュペルタン侯爵家の援軍も来ないッ」
「それは、本当か?」
ジャラペノ少佐の論評は辛口で辛辣な物だ。シュペルタン侯爵家とリンデンバルク大侯爵との対立は水面下のもので根拠は無いと思う。
「それに、軍令部は間抜け揃いにして、編成官の狼狽も目に余る失態だぜぇ」
「言うてやるなよ……」
編成官は小心者の小男で後方勤務が適任と見える。それが国内情勢の変化で戦場の最前線にも近いと言うのだ。
「我らも覚悟を決めねばならぬッ」
「応よッ!」
現状のアアルルノルド帝国が崩壊するやも知れぬという危機感が両者にはあった。
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