ep266 逃亡劇の末路に夕日が沈む
ep266 逃亡劇の末路に夕日が沈む
マキトたち探索組みはコボンの地の大迷宮で逃亡生活をしていた。日増しに迷宮からの干渉と攻撃が増えて、今や迷宮の人気者状態に、追われる魔物の群れも引き離せない。
金ぴかのゴーレムが吠える。
-GAWOWOO-
「鉱物なら分解しろッ…【切断】【分離】」
「こやつめッ、突撃するぞ!」
マキトが渾身の魔力を込めた加工魔法も効果が無くて、岩塊の幼女ゴーレムのガイアっ娘が金ぴかのゴーレムへ突進した。ばびゅーん。がこん。重厚な衝突音にゴーレムの破片が散る。
「土木なら任せろッ…【削剥】【発破】」
-BOMF-
マキトが得意の土木魔法も不発の様だ。 金ぴかのゴーレムは表面のみが金メッキの様で内部構造は岩塊と見える。それでも表面の金メッキが魔法を吸収するらしい。
金ぴかのゴーレムが破片を吸着して再生した。
-FUNGAA-
「厄介なッ!」
「何度ッ突撃して削っても、すぐに復元しおる……無限に再生されては、こちらが先に擦り切れてしまうぞッ…」
ガイアっ娘の文句を聞き流しても、戦況の不利は否めない。
「主様。脱出をッ♪」
「!…」
金ぴかゴーレムの攻撃も回避と受け流しに徹した河トロルの戦士リドナスの進言は正しい。ここは撤退するべきだろう。
マキトは所々に迷宮の虫食い穴の様に張り巡らせた魔蟻の巣を通路として抜けて逃走した。迷宮では主の感知能力だろう監視網が厳しくて行動が筒抜けの恐れもある。不思議と魔蟻の巣では迷宮からの追撃も手緩く感じるのだ。
「魔蟻の姿が無いが、どうした事だ?」
「ふん。真っ先に殲滅された物よ。…そもそも、コボンの地に迷宮の発生からして由緒正しきは…」
ご高説は後にして頂きたい。文句を言うガイアっ娘を連れてマキトは迷宮から逃亡した。
◆◇◇◆◇
そこは領主の館の執務室と見えて、若き領主のカルバルテが君臨するには本人の貫録が足りない。重厚なテーブルも書棚に飾られた魔道書も彼の年齢には相応しく見えないのだ。それでも出来る限りに重々しい声音で尋ねた。
「老公の行方は掴めたか?」
「いいえ。未だに消息は不明にして……探掘者ギルドの本部も盗賊団の襲撃に遭ったものと…」
若き領主のカルバルテは老公と呼ばれる探掘者ギルドの長ボルテモアの後援を受けて、先代領主の跡を継いだと見做されている。
「ギルドの徴税権は手に入れたのだろッ」
「はっ、滞り無く」
探掘者ギルドの税収は莫大で、探掘者と呼ばれる下働きの者から集めた租税は町を潤す財源だ。その財源と引き換えにしてギルドの長ボルテモアは男爵位を得た。カルバルテは未だに伯爵子であり、正式な伯爵とは認められていないのだ。…この差は一体…
中央政権との親密な関係も老公の手腕があってこそ、一体いくらの献金を中央へ支払ったものか。中央政権との交渉はこれから始まるのだから、老公の無事とギルド長の役職への復帰は懸案でもある。
「何としても、無事に探しだぜッ」
「御意に、承りまする」
若き領主のカルバルテは探掘者ギルドの財源を得て騎士団を再建した。謀反する部下も切り捨てて現在の地位を築いたのだ。
この繁栄を手放すまいと思う。
◆◇◇◆◇
コボンの地の北地区の郊外で、密かに佇む移動小屋は炭焼き小屋と見えて偽装も上々だ。裏手に回した操縦室と生活部分も森の木々に隠れて、貴族の別荘か道楽者の所有物件と見えた。
その移動小屋へ探掘者のバオウとシシリアが帰還した。彼らは探掘者ギルドの見習いの身分を得て迷宮でマキトの行方を捜索していたが、元より金級の探掘者としても有名な彼らが見咎められるのは当然だろう。
正体が露見したか。獣人戦士バオウの切迫した様子と伴に風の魔法使いシシリアが尋ねる。
「GUU 追手が掛かったぜッ」
「マキト君は?」
自力で迷宮から帰還した河トロルの戦士リドナスが応える。
「主様なら、お休み中です♪」
「GHA 何を呑気なッ!」
バオウの話では探索者ギルドの活動は通常に行われて、迷宮へ降りる昇降機も再開されたと言う。多くの探掘者が迷宮へ降りて稼ぎを始めたのだ。マキトが無事に帰還したならば、この地に長く留まる理由も無いと思う。
「移動小屋を発進させます。マキト様には事後報告でも宜しいでしょう」
「GFU 良かろうッ」
女中姿のオーロラが移動小屋の操縦室へ乗り込んだ。ガタガタと始動したゴーレム機関が稼働する。
マキトたちはコボンの地を後にした。
………
臥所を起き抜けてマキトが戸外を眺めると、コボンの地に夕日が沈む光景だ。迷宮の中では昼夜を問わずに襲撃があり安心して眠れる状況ではなかった。夜討ち朝駆けを戦術とするコボンの大迷宮の魔物は探掘者の脅威となるだろう。
命からがらに迷宮から逃げ出したマキトは、この迷宮の支配権を取り戻すのを諦めた。元の迷宮主であるガイアっ娘がどう考えているのかは不明だ。それでも、新たな迷宮の主を討伐するのは困難に思える。迷宮の罠も新しく考案されたのか作り変えられていた。本格的に準備した討伐隊が必要だろう。
この季節に北辺の夕日は真西へは沈まない。マキトが器機を設置して太陽観測をすると移動小屋の進路は北極方向と思える。迷宮の周辺は磁気に異常があり羅針盤も信頼は出来ない。この辺りはコボンの地を離れて雪原に目印も無くて太陽観測が頼りなのだ。
マキトは移動小屋の操縦室で女中姿のオーロラを労う。
「ご苦労ッ」
「あら、マキト様。お目覚めですか…私は夕餉の準備を…」
そう言って移動小屋の運航を河トロルの戦士リドナスへ交代した。マキトに同行して迷宮で奮闘をしていた筈のリドナスは元気な様子だ。
「主様。前方をッ♪」
「!…」
眼の良いリドナスが、暮れ始めた雪原に人影を見付けた。雪原に保護色の毛皮を装備しているが、夕日に影が伸びていたのだ。雪原に珍しい人影は逃げ出すか、隠れ潜むか迷うと見えて躊躇している。移動小屋を停泊させてマキトが尋ねた。
「この辺りの開拓民かぃ?」
「………」
話が通じない様子に、マキトは鍔広の帽子を取り出して装備した。それはオル婆さんの遺品で念話の魔道具だ。
「俺はマキト。旅する者だ」
「…ここは 我らの土地 よそ者は 出て行け…」
片言ながらも意志が通じた。
「この地に 逗留する事を お許し頂きたい」
「…我らの祖先に 感謝を捧げよッ…」
ふむ。どうしたものか、
「土の神ゲドゥルダリアの加護を持ちて 氷の神フロストパクトに感謝を捧げる者なり 慈悲の心を持ちて我らが滞在を許されよッ」
「…ほおおぉ そなたは 司祭であったかッ…」
神話に登場する神々へ感謝を述べてから、マキトは鳥の炙り焼きを献納した。それは原住民との交渉材料にと持参した贈り物だ。
これには原住民の警戒も緩むらしい。念話であっても感情の揺れは伝わるのだ。
マキトは北辺の地に停泊を決めた。
--