ep264 策謀の果てに迷宮(ダンジョン)は踊る
ep264 策謀の果てに迷宮は踊る
コボンの地の大迷宮では死闘が繰り広げられていた。地の利は迷宮に立て籠もる領主軍にあり、巧みに迷宮の地形と罠をも駆使して追撃の手を逃れた。
追手となる盗賊団も精鋭らしく、単なる食い詰めた傭兵くずれとは思えない。やはり、内通者が引き入れた地方領主の手勢だろうか。正規軍と同様に訓練された兵士の行動は統率されても予想しやすい。
「分断に成功したか。あとは領主の坊やに任せようぞッ」
迷宮の罠が発動したらしく制御盤の上では兵士の駒が倒された。貴族が使う盤上遊戯よりも簡単な造りだ。
「罠の再設置には、ほうほう…」
新しい迷宮の主は迷宮の管理者としても学習段階であり、迷宮核の補助を得て迷宮の仕掛けを操作するのだ。
-GAKON-
岩盤の一部が落ち込んで、迷宮の通路も変動するらしい。ごりごりと岩を擦る音がする。
………
マキトたちは迷宮の様子を探り早々に撤収する手筈であったが、迷宮の大変動に危険を感じて次第に広い通路を辿るうちに迷宮の中心部へ到達した。
迷宮の中心部は巨大な竪穴で火山の噴火口を思わせる。垂直に切り立った壁は足場も無くて十層程の下階では戦闘が行われていた。望遠の魔道具を覗いて見ると正規兵と見える軍勢が、盗賊か山賊らしい風体の集団を追い詰めていた。
「迷宮の探掘者にしては、武装が立派すぎるのぉ…迷宮で生存率を上げるには装備品よりも補給品を…」
「ふむっ」
元は迷宮の主である岩塊の幼女ゴーレムは、ぶつぶつと文句を言いながらも解説に実況中継にも熱心だ。マキトは魔力で身体強化をして聴力を上げた。垂直の竪穴に面して様子を伺う。
「…止めろ!後が無いぞッ」
「…こなくそッ、どうして!…こうなったぁ!」
「…ぐばッ」
戦闘は一方的な様相で山賊たちは次々に討ち取られている。既に逃げ場も無くて押し出された一人が迷宮の竪穴へ落下した。
「…うわあああぁぁぁぁー」
「…!」
直後に迷宮の竪穴には突風が吹き上げる。悲鳴も虚しく迷宮の上空に舞うのは、
「金塊かッ!」
「そうであろう、迷宮のお宝はこうして生成されるのぉ…そもそも、どうして金塊がこうも簡単に湧き上がるのか…」
元主のガイアっ娘の解説は長そうだ。マキトは適当に幼女の話を聞き流し下階の惨状を目撃した。山賊たちは生き残りも死傷者も含めて迷宮の竪穴へ突き落されたらしい。その度に上空へ噴き上がる金塊が再び垂直の竪穴へ落下してゆく。
金塊の一部は北風に乗ってコボンの町へ降り注ぐだろう。町の被害も懸念されるのだが、正規兵の軍勢はごみ処理も終わったとばかりに撤収した。ここからマキトに出来る事は無かったのだ。
「酷い事をしやがるッ」
「弱肉強食は野生の性質であろう…そも人族などと称しても野生のサルに似て…」
ふむ。この世界にも野生のサルが生息しているのか興味深い話だ。そういえば、迷宮に入ってからガイアっ娘の様子は活き活きとしている。
「アッコ。魔力の補給は?」
「ふっふっふ、迷宮の地脈を通して吸収しておるのぉ…そもそも迷宮の魔素は豊富にして…」
新たな迷宮の主に関知されないか心配に思う。
「はいはい。話が長いよッ」
「…という訳で、補給は不要じゃ」
補給を考えると帰還して装備も万全にしたい。幸いにも食糧は鯰の蒲焼に保存食の準備も万全だ。
◆◇◇◆◇
コボンの町の混乱は終結しつつある。南地区へ侵入した盗賊団は根こそぎに集結拠点を焼き討ちされて、散り散りバラバラに逃亡しているらしい。町で情報収集をしていた獣人の戦士バオウと風の魔法使いシシリアが移動小屋に帰還した。移動小屋はコボンの町の郊外に停泊しており潜伏拠点としても便利なものだ。
風の魔法使いシシリアが尋ねる。
「…それで、マキト君は未だ帰還していないと?」
「ええ。連絡もありません」
シシリアがマキトに託した風の魔道具も応答は無いと言う。
「GFU 何時もの事ダロ」
「リドナスが付いていれば、大抵の事なら無事だと思うケドね」
獣人の戦士バオウはマキトの失踪にも慣れた様子で動じない。彼らは迷宮で何度も生死の境を潜った経験者であり信頼も厚い。
「GHA そう簡単に 死なんさッ」
「Wawow!」
もふもふの子供ロックが訳も分からず応える。
「ギンナちゃんは、どうだったの?」
「町は静かなのですぅ~」
-BAU!-
魔獣ガルムのコロも問題は無いと言う。しかし、コロの吐息からは血の匂いがして戦闘の様子が思い浮かぶのだ。この臭気は…ならず者か破落戸が十人程度か…ならば問題は無いダロッ。
情報屋から仕入れた最新の話では、東地区に立て籠もった盗賊団も急速に勢力を無くして略奪品を抱えて逃走を始めたと言う。自警団も領主軍の増援を待って掃討戦に移るらしい。
「それにしても、領主軍の動きが遅いわね。内部に何か揉め事があるのかしら…」
「はい。それは気になる案件ですッ」
風の魔法使いシシリアの指摘は鋭い。今は女中姿のオーロラも諜報員として同意する所だ。これはコボンの領主の内情を探るべきか、特使殿の判断とご指示が待たれる。
皇帝の特使マキト・クロホメロス男爵の一行は隠密行動ながらも、特使殿の帰還を待ちわびていた。
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