ep263 コボンの地に惨劇が止まらない
ep263 コボンの地に惨劇が止まらない
探掘者ギルドの長ボルテモアは老獪な人物であった。コボンの地の探索者は迷宮へ潜る成らず者と区別されて探掘者と呼ばれる納税者だ。探掘者は迷宮で採掘した資源も獲物も租税として一部を領主へ献納するのだ。
コボンの地の大迷宮の最深部を制圧した探掘者ギルドの長ボルテモアは、その利権の多くを領主に差し出して恭順を誓っている。今は新進気鋭の男爵様であるとは言え、老獪な手法で秘匿した迷宮の権能を保持していた。簡単に言えば現役の迷宮の主である。
ボルテモアは迷宮の最深部へ潜み罠の配置を完了する。それは計算盤を弾くよりも簡単な作業だ。
「くっはははは、罠に掛かったかッ」
独りごちて快楽に目覚める。またひとつ魂のきらめきが迷宮に吸い込まれたのだ。
「なぁに、内通者など些事に過ぎぬわ。捨て置けッ」
既に領主の館は敵の手に落ちて、追撃隊が迷宮への侵入を始めている。迷宮内に本陣を置く領主軍と相討ちに戦力を削れば良いのだ。いずれは我が方の勝利となろう。
-ZGOGOGOU-
迷宮の岩壁が稼働して侵入する軍勢を誘導した。各個に分断して撃破するは戦術の基本である。大勢もバラバラにして戦えば魔物の餌食となる。
新たな迷宮の主は人族の戦術にも詳しくて脅威と見える。
◆◇◇◆◇
コボンの町を偵察した獣人の戦士バオウと風の魔法使いシシリアは町の惨状を目撃した。町は盗賊団から略奪の憂き目に遭い、北地区の大通りに避難民は溢れていたが、シシリアは顔見知りの男を見付けて尋ねる。
「ハンスさん。これはッ!?」
「はっ、シシリアの姉さん。見ての通り…盗賊どもの仕業ですぜッ」
鍛冶場泥棒か武器商人のハンスは大荷物を抱えて、町から逃げ出す所存だ。
「自警団と領主軍はどうしたのよッ」
「はっ、奴らは既にドンズラさ。自警団の若造も犬死だろうぜッ」
そう言い残すと武器商人のハンスは逃げ出した。町は盗賊団の略奪と逃げ出す市民で大混乱の様相だ。
「この様子では、探掘者ギルドも危ういわ!」
「GUU 仕方あるまい…」
迷宮の最新情報を得る為にも探掘者ギルドの助力は必要と思うが、南地区の混乱は貧民街も巻き込んで内乱の気配だ。正常に機能する治安組織も見当たらない。
町から逃げ出す避難民の話では領主の館に火の手が上がり、火炎と煙を目撃した住民たちはコボンの町の繁栄が終焉を迎える予感を察したと言う。それは力無き市民の生存本能だろうか。
風の魔法使いシシリアも嫌な予感は拭えない。
………
東地区の防衛戦を指揮していた氷魔法のパーシャルは巧みに盗賊団の一部を誘導して領主の館へ突入させた。今頃は館に待機した待ち伏せ部隊が盗賊団を殲滅しているだろう。
「それにしても、盗賊団の奴ら諦めが悪いなッ」
「喰い詰めた傭兵くずれでしょう。帰る家も無ければ、町に居座るつもりでは?」
臨時の防衛戦の指揮所では、戦闘も膠着状態にあり副官と雑談を行う余裕が見える。
「ふむ。領主様の援軍は未だかッ?」
「いえ。伝令もありません」
しかし、町へ侵入した盗賊団を追い払う為に投入できる戦力は少ないのだ。現状では牽制と睨み合いに終始するしか方策も無い。
「…」
氷魔法のパーシャルは冷静に考える。領主の館の戦闘が終結すれば、我が方には援軍も期待出来るのだ。
ここは持久戦としよう。
………
南地区の農家では盗賊団が終結して農夫のおかみが喰われていた。…性的な意味で。農夫の娘は既に使い潰して息も無い。
「おらおらおらっ俺の巨砲が吠えるぜッ」
「…喰って喰って、食ってやるんだ!」
「…ぐへへへ、料理の手間が省ける」
農家に蓄えられた食糧を略奪し、盛大な焚火をして肉を炙る。農夫も家畜も屠殺して肉になっている。盗賊団の一部は西地区へも侵入して、町に混乱を広げていた。
そんな饗宴にも終末の銅鑼が鳴らされた。
-DOGOM-
農家の倉庫と見える両開きの扉が火炎に吹き飛び魔法使いと見える男が現われた。
「何ヤツだッ!」
「!…」
誰何も虚しく火魔法のフレアズは火球を盗賊の頭へ叩き込んだ。爆炎に頭が爆ぜる。
「「「 うぉおおおー 」」」
「遅いッ」
反撃に襲い掛かるも、次々と放たれる火球は盗賊団を焼き払った。部下の一人が凄惨な現場へ駆け込む。
「隊長っ! 殲滅しましたぜッ」
「すまぬ、遅かったか…」
フレアズの言葉は助け遅れた農夫と娘への謝罪だろう。この一帯の盗賊団を包囲殲滅するのに手間取ったのである。手勢を分けても全ての盗賊団を追い払うには戦力が足りない。
「次だッ、ひとりも生かして返すな!」
「はっ!」
火魔法のフレアズが率いた自警団は次の盗賊団の拠点へ向かった。
焼き尽くす炎は止まらない。
◆◇◇◆◇
コボンの町の西地区は開拓民と探掘者の住居も多い。盗賊団の襲撃からは離れており比較的に安全と思われていた。それでも町の住民は門戸を固く閉ざして家人を守り事態の推移を見守る姿勢だ。
その人気も絶えた街路へ明らかに怪しい風体の武装した一団が侵入した。
「ぐへへへ、町の住民も怯えて隠れてやがるッ」
「…無理も無い。領主の加護も威光も無いのだから」
「…仕事に取り掛かるぞッ」
下卑た笑いの男が目聡く人影を発見した。
「待てッ。あれを見ろ!」
「…獣人の娘か、犬に乗るとは流石に迷宮村と言うべきか」
「…おぃ勝手は止せッ」
生臭坊主が論評するが、一団の頭は統率も間々成らない様子だ。
「ぐへへへ、お嬢さん。お独りかい?」
-BAW!-
俺もいるぞッと魔獣ガルムのコロが吠える。下卑た笑いは別として鬼人の少女ギンナは「お嬢さん」などと呼ばれる事は無い。つい嬉しくて答えると、
「はい。ですぅ~」
「拙僧と女院について語り合おうぞッ!」
生臭い坊主が何やら訳の分からぬ事を言う。鬼人の少女ギンナは誘いに乗らず重石のハンマーを叩き付けた。
「なっ!」
「ごぶっ…」
華奢な少女が持つハンマーは見た目の武骨さに反して軽々と振るわれ、盗賊団の二人を薙ぎ倒した。どこかの骨が粉砕されたのは間違いない。
「ぎゃ!!」
「何をするッ、かかれ!」
一団の頭が命じる間に、手下が数人も叩き伏せられた。とても少女の所業とは思えない。騎乗した大型犬もその爪と牙を血に染めている。戦闘力を見誤ったか次々と倒れる盗賊の手下たち。
鬼人の少女ギンナの剛腕は頭の眼前へ迫り、
「まっ…待てッ、話を聞いてくれぇー」
「んっ!」
-DOGWASH-
無常にも一撃で頭を粉砕した。
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