ep260 西方の国イグスノルド再び
ep260 西方の国イグスノルド再び
マキトたちは茨森の主ソアラフレイユの助力を得て、魔狼の森と恐れられる魔物の領域を抜け西方の国イグスノルドの領地へ入った。無許可の国境侵犯にも皇帝の特使マキト・クロホメロス男爵は怯まないのだ。
例の魔物の蟻の侵入箇所は茨森の西側に特定されている。魔蟻に土の精霊石の痕跡が無くても、この地の西側にあるコボンの大迷宮から魔蟻が這い出て来たのは間違い無いと思う。
「リドナス。交代しよう」
「いえ。まだ、イケマス♪」
移動小屋は豪雪地域と見えるイグスノルドの山岳地帯を避けて雪原を進む。それでも山地に遮られた雪雲が北部の平原へ降雪をもたらす様子に視界も悪い。河トロルの護衛の多くはキサシの宿場町で別れてタリタドフの領地へ帰した。水棲の河トロルには冬期の行軍は厳しいと思う。
河トロルの戦士リドナスは防寒装備をしてマキトの護衛も辛そうな様子であったが、タルタドフの領地への帰還を頑なに拒み役目を全うしている。こうして移動小屋を西向かいに走らせるのは単調な仕事であるが、時折に視界も悪い中で出現する障害物を回避するには緊張感もある。移動小屋の操舵には大量の魔力が必要であり、今までは女中姿のオーロラとマキトが交代に担当していたが、リドナスの魔力量も中々の者だ。いざとなれば風の魔法使いシシリアも操舵は可能と思う。
「マキト君。偵察班からの報告よッ」
「ふむっ…」
風の魔法使いシシリアが風魔法を応用して音声を拾い偵察班からの伝言を伝える。この先の前方に不審な雪山があるとの報告だ。
「リドナス。進路を右へ五度。微調整してッ」
「はい♪」
操舵の手順も慣れたものだ。方位を示す羅針盤も舵輪の角度表記もマキトの手作りにして、前回の遠征の教訓が生かされている。
「そろそろか…」
「ん?」
西方の国イグスノルドの山岳地帯を越えてコボンの地へ近づくと地磁気を利用した羅針盤が異常を示すのだ。これより先は晴天を待ち太陽観測をして現在位置の特定が必須となる。女中姿のオーロラが警告する。
「マキト様。前方に雪山が見えます!」
「両舷停止ッ」
ぐぐんとゴーレム機関のキャタピラーが停止して雪上へ痕跡を刻んだ。マキトが移動小屋を出て雪山へ近づくと先行した偵察班が待ち受けていた。
「GFU 厄介な物かも 知れぬ」
「Wawow!」
「英雄さま~」
-FUN!HAFHAF-
犬顔の獣人バオウが懸念を示すが、その息子ロックは毛皮を雪まみれにして燥いでいた。鬼人の少女ギンナよりも魔獣ガルムのコロがドヤ顔なのは何故か。
雪山は開拓民の家屋の程度の大きさで、西から東へと転がった雪玉の様にも見える。巨大な雪玉の中身は火山の噴石だろうかとマキトは興味を覚えるのだが、…
「何か感じないか?」
「?…」
「…これは、土のヤツの気配じゃろうか…」
西風の精霊が護符を通して念話でマキトへ語りかけた。早速に巨大な雪玉を掘り進みパックリ割ると、中には見慣れた幼女型のゴーレムが入っていた。
「ガイアっ娘!」
「…」
ただの土塊の様だ。魔力が枯渇して停止したらしい。マキトが移動小屋の風呂場へガイアっ娘を運び込み、湯に浸けて氷を溶かし汚れも落とすと次第に機能を回復した。
「こやつよ。済まぬッ…ワレは迷宮を失陥した…」
「はぁっ?!」
ガイアっ娘の言は何を意味するのか、事情を尋ねると大凡は次の通りの供述だ。まず、アッコは補給物資に土の精霊石を魔蟻の荷駄としてマキトへ贈った。これはタルタドフの領地へも無事に到着している。次にコボンの地の大迷宮では探掘者が大量に押し寄せて迷宮も防戦に多忙となった。窮状を訴える魔蟻の伝令はアアルルノルド帝国の帝都に架かる大橋を越えられずに討伐されたらしい。マキトが開拓事業に単身赴任したロガルの町は帝都の東方にあり、アッコもマキトの事情を知らぬままに魔蟻の伝令を派遣したのが帝都の騒ぎとなった。
マキトの元から奇跡的に帰還した魔蟻からは有力な返答も情報も得られなかったが、魔蟻が帰還したその事実だけでもマキトが何らかの行動に出る事が予感された。アッコは奮戦して迷宮を防衛したが奮闘も虚しく敗れて、独り迷宮から脱出したと言う。その逃避行のうちに迷宮を離れたアッコの魔力は底を突いて機能を停止したらしい。どうやったら、巨大な雪玉になるのか謎ではある。
「それでも、アッコが無事で良かった」
「ほっ、ほううぅ…」
岩塊の幼女ガイアっ娘は山羊の角とゴーレムの体に竜鱗と爪と牙に尻尾があり、マキトは風呂場でゴシゴシと肢体を洗った。それは数か月ぶりにアッコの癒しとなる。
マキトたちの移動小屋は雪原で停泊した。
◆◇◇◆◇
その頃、イグスノルドの王宮では謀略が練られていた。貴族と見える二人の男が密談を交わす。
「近頃の迷宮モグラどもッの羽振りは目に余る!」
「さように…その権勢は迷宮から産出するお宝によるもの」
悪党顔の大臣が嘆くので、小役人の男が応じる。
「その権勢も長くはあるまいッ」
「はっ。軍勢を密かに配備しておりますので、手筈の通りに……」
国内の懸念はイグスノルドの内紛として処理したいものだ。この件がアアルルノルド帝国へ知られるのは避けたい。
「ふむ。帝国の特使はどうした?」
「はい。ツルギ門の関所にて、足止めしております」
突然に皇帝からの特使を受け入れるにも、準備が必要だと言い訳も出来ようか。悪党顔の大臣は珍しく笑みをこぼした。
「ふははは、予定通りかッ」
「…」
二人の密談を咎める者は無かった。
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