025 トルメリアの味覚
025 トルメリアの味覚
僕は港町トルメリアの市場に来ている。
港町トルメリアはユートリネ川が大河となってトルメリア湾に注ぐ、湾奥に位置している。そのため、川魚と海の魚介類が豊富な様子だ。
「わぁ~主様、色々な魚が いっぱい デス」
「海が近いからね」
河トロルのリドナスは市場に並ぶ色とりどりの鮮魚に魅了されていた。リドナスの恰好は道中の村で購入した革製の全身スーツに手袋と中古の面貌を覆う兜だ。極端に露出は少ない。
兜姿のリドナスが近付くと鮮魚店の店主はぎょっと驚いたが、中身の嬌声を聞いてにやけた。
「兄ちゃん。悪趣味だぜ」
「主様、魚 デス 魚 デス」
「ハハッ」
店主が言うのを笑って誤魔化す。リドナスが気に入った魚を買う。
「まいどあり~」
「今晩は 魚づくし デスね♪」
「うん……」
河トロルのリドナスは生魚が大好物だ。僕にも生魚を勧めるのだが…寄生虫が怖いかも。リドナスに尋ねてみると水の魔法で寄生虫を追い出すのだとか、生活魔法のようだ。
以前に購入した魚醤は河トロルには好評だったが、独特の匂いで僕はあまり好きに慣れない。
少し小腹が空いたので屋台で買い食いした。リドナスは面覆いを開けてイカ焼きを食べている。初めての味にご満悦の様子だ。
「主様、この匂いが 堪らない デス」
「よかったね」
しばらく屋台の味を堪能していると、僕を呼び止める者がいた。
「マキトさん!」
「あっ、アマリエさん」
「…?」
◇ (あたしは女を睨み付けた。この女は水の神官だがご主人様にちょっかいを出す要注意!人物だわ)
見ると水の神官アマリエが怖い顔で、僕を睨み付けていた。
「一か月以上も!どこに行ってたのですか?」
「えーと、北の開拓地の先の…魔境で修行を……」
「…」
◇ (あんたと違って、あたしたちは苦労して来たのよ…)
しどろもどろの言い訳をする僕にアマリエは宣言した。
「修行ならば、仕方ありません……許します」
「はいぃ?」
女神の宣託ならば仕方ない。リドナスは無関心なのか屋台の料理を追加注文していた。これはお金の使い方の訓練だ。
「これを ひとつ 所望いたし マス」
「まいどあり!お嬢さん」
アマリエもリドナスを放置して話を進める様子だ。
「ところで、ひとつお願いがあるのですが……」
「何ですか?聞きましょう」
「ハグはぐ…」
◇ (それにしても、美味しそうな磯焼きだわね。あたしにも寄こしなさい!神鳥魔法…【神鳥の餌場】)
注文したのは貝の磯焼きだろうと目で追いながら話を聞く。
「以前に頂いた卵料理なのですが、司祭様にいたく好評で、またご用意を頂ければと……」
「ええ、お安い御用ですよ」
「…」
◇ (うふふ、磯焼きを堪能したわ)
僕はアマリエの依頼を引き受けた。貝の磯焼きはもう無い。
「厚かましいお願いかと……えっ!よろしいのですか?」
「引き受けますが、材料費は貰いますよ」
「主様、この女は?」
依頼の報酬は実費のみで良いだろうて…リドナスの様子がおかしい。
「もちろん!ありがとうございます」
「ハハッ」
「…」
リドナスに腕を取られて市場に向かう、目標は卵の入手だ。
「あの……マキトさん。そちらの方は?」
「あ、ごめん。これは僕の護衛です」
「…」
珍しくリドナスの機嫌が悪い。何か気に障ったか。
「…」
「リドナス! アマリエさんに挨拶しておくれ」
「こんにちは ゴキゲンヨウ」
僕は以前の記憶を頼りに卵の販売店を探すと…あった。
「いらっしゃいませ。お客様」
「うむ……」
卵の陳列を見る…1コで5カル。相変わらず高価なのだが、
「うちの卵は新鮮ですよ~」
「これは何の卵かね?」
僕が尋ねると店主は自慢げに話した。
「西の農園で育てた、最高級のココック鳥の卵です」
「10コ買うから、ひとつオマケしてくれよ」
◇ (ココック鳥とは鶏かしら……気になる)
「まいったね。お客さん」
店主は何かに気付いた様子だが、結局は11コで50カルになった。
「卵から孵りそうなモノは、ありましたか?」
「いや、問題は無かったよ」
◇ (ふむ、意訳…旦那も好き者ですねぇー。種付けは成功しましたか?…ですってぇ)
この店の次に、キビ砂糖と牛の乳だろう材料は簡単に入手できた。ついでに檸檬に似た果物を購入する。
そのままアマリエも連れて倉庫街へ向かう。アルトレイ商会の裏手の工房から入り食堂を通ると見習い職人だった男がいた。
「ま、マキトさん!」
「厨房を借りるよ」
勝手知ったる建物だ…ふたりを連れて厨房に入る。アマリエにも協力してもらおう。
「まず、卵を洗います。アマリエさん!」
アマリエが初歩の生活魔法を唱える。
「はい。汚れを落として…【洗浄】」
洗浄した卵に魔力を当て中身を確認する。
「卵の中身を確認する…【走査】」
「えっ!」
ひとつ違和感があるのを別にして、ボウルに卵を空ける。
卵を掻き混ぜ砂糖を入れて、乳を注ぎ足しながらよく混ぜる。魔力を使って白身もよく混ぜる。
「掻き混ぜよ…【攪拌】」
「…」
◇ (あたしは料理の役には立てない…食べるの専門だ。ご主人様の見事な手際を眺める)
陶器のコップに溶液を注ぎ、木切れで蓋を作る。
「カップの大きさに合わせて…【切断】」
「!…」
適当な端材で蓋を作り。檸檬を切って入れる。
蒸気鍋に水を張り、蒸し台を鍋に入れ陶器のコップを並べて蒸す。
「火にかけて、あとは待つだけです」
「マキトさん……随分、腕を上げましたね」
アマリエは僕の手際を見て関心した様子で言う。
「修行の成果ですか……」
「それが何か?」
「マキトさんは何も言わずに姿を消したので……」
「僕が魔境へ行ったのは自分の意志ですよ」
「ええ、噂ですが……マキトさんを北の開拓地で見たと……」
しばらくの間、お互いの事情を推し量るように沈黙があった。
「いいでしょう」
僕は500ほど数えて火を鍋を火から降ろした。
「私は、マキトさんが心配で……」
「大丈夫ですよ。アマリエさん。この鍋に水を」
「流れを集めて…【集水】」
「ありがとう」
蒸気鍋が冷める間にフライパンの様な浅い鍋に砂糖と水をいれて焦げない様に煮詰める。飴状になったら火を止めてお湯で薄めて、ジュウゥゥ。
「…」
「さあ、出来ました。檸檬風味のプリンです」
「プリン?」
◇ (やはり、プリンなのね…)
そこへ食堂の扉を開け、乱暴に侵入する人影があった。
「マキト君!」
「か、会長!」
アルトレイ商会のキアヌ商会長がいた。職人に聞いたのだろうか。
「無事で良かったじゃないかね」
「はい…」
僕は魔境での修行の報告として、未知の食材との戦いを熱く語って聞かせた。白菜の魔物とか、南瓜の化け物とか……
「…という訳で、怪我をした僕はリドナスの村で療養してから帰還したのです」
「なるほど、大変だったんじゃないかね」
水の神官アマリエは誇らしげに言う。
「キアヌ商会長さま。マキトさんの修行の成果をご覧くださいませ」
「!…」
僕が蒸気鍋の蓋を開けると、鍋から湯気が立ち昇り檸檬の甘い酸っぱい香りが広がる。
「おお、これは…」
「プリンで御座います」
◇ (これは異世界の知識に照らしても良い出来だわ…随分と腕を上げたじゃないの!)
アマリエが誇らしげにプリンを紹介した。
「商会長さまも、どうぞおひとつ! 皆もご一緒に頂きましょう」
なぜか、途中からアマリエが仕切っているが、材料費はあちら持ちの依頼品だから良いだろ。皆で新作の檸檬風味プリンを試食する。
「良い、味わいじゃないかね」
「美味しいですわ!」
「主様、美味しくて 泣きそう デス」
「ッ…」
みんなが喜んでくれて何より嬉しい。
◇ (あたしも久しぶりに異世界の味…プリンを堪能した)
--
※プリンは異世界の味か?