ep253 空中機動として
ep253 空中機動として
ゲフルノルド市街の中心部で爆発の煙が上がると、総督府の警備隊は蜂の巣を掻き回す様な大騒ぎとなった。
「火事かッ、敵襲か!」
「第一隊は正門の警護へ、第二隊は消化活動に当れ。我らはカーン様をお守りする!」
「「 応う!! 」」
それでも、総督府の警備隊長サンダースは有能な士官である。隊士が事態の鎮静化に動きはじめた。
………
市街地の郊外から爆発音を聞いたマキトたちは先行する偵察隊を送り出した。異常な積雪に埋まった街路に犬橇を走らせるのは、鬼人の少女ギンナと獣人の戦士バオウだ。
-BAW!-
犬橇を引く魔獣ガルムのコロが警告を発する。爆発の煙に混じって嫌な匂いがする。
「GUU 何か飛び出したぞッ」
「…鳥ですか?」
野生の視力か獣人の戦士バオウが爆煙の中に飛翔する機影を見付けた。鬼人の少女ギンナも犬橇を止めて空を仰ぐ。それは、伝承の飛行型のゴーレムだと二人は見知らぬ。
どうやら、この先の総督府で騒動があったらしい。
………
郊外に移動小屋を停止させてマキトは空中偵察を行う。小型の気球を付けた籠に乗り大空に舞い上がるのだ。
「オーロラ頼むよ」
「はい。お任せ下さいませ……水鳥の羽 虚空の色 そよ風の軽さ【軽薄】」
オーロラの呪文は物体の重量を極限まで軽量化する。それに希ガスを詰めた風船を取り付けて軽々と飛翔すると言う方法だ。
「おおぉ!」
「マキト様。お気を付けてッ」
籠とマキトの重量を極限まで軽くして小型の気球はゆっくりと浮き上がった。空中機動は風を噴出する魔道具で行い軽々と方向転換も可能となる。マキトは北からの突風に注意しつつ舵を切る。
上空からゲフルノルド市街を眺めて見れば、総督府の被害状況も判別できる。遠見の魔道具も万全な様子に心が浮き立つ。
「やっほーぉ、人が蟻の様だ!」
総督府の騒ぎに戸外へ飛び出した住民が騒いでいるのも見える。その手前の犬橇はバオウとギンナか。
「…主よ、強力な魔力が接近中じゃよ…」
「なにぃ!?」
護符に封じた西風の精霊が念話で話しかけるのは、緊急事態だ!
-DOGOM!-
直撃を喰らった。いや、掠り傷か……気球の籠が大きく揺れる。間違いない! あれは、飛行型のゴーレムで金属質の機体と飛行能力は正しく本物だ。
「なぜ、こんな所にッ」
「…大方、新たに精霊核を取り付けたのじゃろ…」
「ぐっ…」
飛行型のゴーレムは相変わらずに暴れ飛行をしているが、高速のまま大きく旋回すると再びにマキトが乗る気球の籠へ殺到した。
-DOGOM!-
籠は粉々に砕け散る。
墜落するマキトは衝突の寸前に緊急退避を行った。護符から解放された西風の精霊、貿易風がマキトを強力な西風で吹き飛ばす。
突風に流されるとキサシに集まる移動小屋が見えた。
「あわわわ、落ちるぅ!!」
「…主よ。もう一度じゃ…」
追って来る飛行型のゴーレムが見えて、マキトは西風の貿易風に大量の魔力を持っていかれた。
「西風のッ、あそこえぇ!」
「…ふんぬっ…」
マキトは大河の水面に不時着したが、西風の貿易風も精一杯の働きだったらしい。
水面に叩き付けられた衝撃と打撲でマキトは意識を無くした。
◆◇◇◆◇
帝国の特使マキト・クロホメロス男爵はアアルルノルド帝国の南部の都市ザクレフの診療所で目覚めた。診療所は高級士官の宿舎の様な個室で看護に付き従う婦人も医療技術に熟達した者である。マキトは看護の婦人に救助の経緯を尋ねた。
「それで、川から救助されたとッ?」
「はい。男爵様は川辺へ打ち上げられており、奇跡的に氷結騒動から難を逃れておりました」
看護の婦人の話では、ザクレフの西側を流れるナダル河の支流が全面凍結したと言う。冬季にも過去にも無い異常事態との事で河川の運搬事業者は大騒ぎらしい。
「何か、川へ落ちたと言う話は?」
「やはり、男爵様も星降りに遭われましたか…」
マキトは河川の釣り船から落ちたと虚偽の言い訳をしていたが、西の空から飛来した流れ星がナダル河へ落ちたという目撃証言は多いそうだ。河川が全面凍結した原因もその影響と思われる。
帝国の南部の都市ザクレフは付近の森林で伐採される材木と鉱物資源を帝都へ運ぶ重要拠点だ。ザクレフの西側を流れるナダル河は帝都の付近まで通じており、河川を利用した運搬事業者も多くて、このご婦人の旦那も運搬事業者だと言う。
マキトは帝国の国内ではグリフォンの英雄としても有名であり、川岸に倒れていた所を救助されてこの診療所へ運ばれた。帝国の貴族らしい服装と人相によりマキト・クロホメロス男爵であると判明したのだ。この待遇も皇帝の特使としての役得か。
「星降りの話は気懸りだが…」
「それで、グリフォンの英雄様のご慈悲に縋りたい件が御座います」
ご慈悲と言う割には切迫した依頼に聞こえる。マキトは思考を中断してご婦人の方を見た。
「ん、何だ?」
「この町の存亡に関わる重大な話ですッ」
決意を見せたご婦人は、とんでもない話を始めた。
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