ep250 各国の内部事情
ep250 各国の内部事情
北のバクタノルドは例年より猛威を増した大寒波に見舞われて厳しい寒さだ。バクタノルドの王都は平年ならば積雪も稀であったが今年は異様に積雪も多い。ここより北部の開拓地では非常な積雪が予想される。
そんな北辺の開拓地は大寒波に耐え切れず、いくつの村が雪に埋もれたのか数える労も放棄した。多くの避難民がバクタノルドの王都に押し寄せたが、王都にも仮の玉座を置く馬上王トルキスタは難民政策にも頓着せず支援もしない。これ幸いと王都に押し寄せた難民は市内も王宮にも遠慮なく天幕を張って野営をしている。その光景は馬上王トルキスタの懐の深さを物語るものだろうか。
何の支援も受けられずに喰うに困った難民はバクタノルドの王都を溢れて東の工房都市ミナンの町へも到達した。ミナンの町の領主は馬上王トルキスタとも僚友であったが難民には困り顔らしい。また、無謀にも南の敵地へ南下した難民はゲフルノルドの国境を前にして足止めされた。国境に立ち並ぶ天幕は押し寄せた軍勢と見えて内実は喰うに困った避難民である。
帝国から派遣された駐留武官ハウベルトはゲフルノルドの総督府からの使者に相対していた。
「何度、来られても、帝国軍を動かす事は出来ませんッ」
「こそを何とか…」
使者は菓子折りに見せかけた箱を交渉のテーブルに乗せる。中身は賄賂の金貨だろうが、表装はフジェツドの銘菓である。
「冬の小競り合いはゲフルノルドの国内問題として処理して下さい。我々は手出しをしません」
「うーむ。総督閣下の頼みでも?」
現在の帝国軍は東部方面に大遠征の部隊を送り出しており、ゲフルノルドの駐留軍からも何割かの兵士を選抜していた。ハウベルトも遠征部隊への選抜に漏れた事が悔やまれる。
「無理です。お引き取りをッ」
「…」
本当の所でも帝国軍にゲフルノルドの国内へ干渉する余裕は無い。優先する任務としては総督府の防衛が第一で国境線の警備は地元の防衛軍の管轄なのだ。既にゲフルノルドの王権は弱体化して、アアルルノルド帝国が選定した総督府を設置するに至ったのだ。このまま帝国の支配が続けば良い。
◆◇◇◆◇
アアルルノルド帝国の国内で目撃された魔物の蟻は古都アルノルドの侯爵領よりも南部から帝都へ侵入したらしい。帝国軍の情報部も秘密裏に調査をしており、帝国の特使マキト・クロホメロス男爵にもその目撃情報は伝えられた。情報部の分析ではその方面に新たな魔物の蟻の巣か迷宮が発生したのだろうと言うが、王都で討伐された魔蟻の遺骸を検分してマキトにはその違いが分かった。この魔蟻はコボンの大迷宮から這い出した魔蟻だ。
魔蟻の死骸の頭部からは既に埋め込まれた土の精霊が抜け出しており痕跡も見えない。それでもマキトにはコボンの大迷宮の特徴が散見された。その事実を秘匿してマキトは帝国の特使として西方の三国を視察するのだった。
帝国の西の関所ベイマルクの門前は大渋滞をしていた。こちらは移動小屋の先頭に特使の紋章旗を押し立てているのに街道の馬車の行列は一向に進む気配も無い。いっその事、荒野に車列を押し出して進むべきか。こちらは関所にもベイマルクの町にも特別の用件は無いのだ。何なら無補給でも荒野を渡って見せようか。
そんな帝国貴族の暴虐と短慮な思考にマキトの焦慮が傾きかけた頃に、特使様を呼び止める声があった。
「特使殿とお見受けしますッ。当家の早馬を用意しました。是非にも屋敷へお越しくださいませ!」
「…」
最後は悲鳴の如く必死に呼び止める声は、宿場町ベイマルクの領主に仕える護衛の一人だ。その見覚えのある顔はケーニッヒだったか。懲りずに、あの領主代行という伯爵令嬢に傅いているのか。マキトは無意識に荒野へ移動小屋の舵を切ろうとして踏み留まる。
「このまま歓待もせず、特使殿に立ち去られては領主の面目が立ちませぬッ」
「して、ケーニッヒ殿。この渋滞は何とした事か?」
屋敷の護衛も町の警備も務めるケーニッヒならば事情を知っているだろう。
「西門は避難民が押し寄せて大混乱に御座いますれば、暫しの猶予を…当家の宴席にてお待ちください」
「分かった。屋敷には立ち寄ろうとも」
「はっ、有難き幸せに御座います」
マキトも皇帝の特使は二度目の拝命で地方領主とのやり取りも慣れたものだ。宿場町ベイマルクでの足止めに妥協した。
………
実際に宿場町ベイマルクの西門は避難民が押し寄せて大混乱であった。アアルルノルド帝国の西側と国境を接するゲフルノルドでは冬期を前にして国境の町キサシを越えて帝国領へ侵入する者が後を絶たない様子だった。それが最近は越冬の準備も捨てて流浪する避難民が増えている。
ベイマルクの関所では不法に帝国領へ侵入した者を取り締まると同時に街の警備を強化した。毎年の事であれば、冬季は国境の町キサシに留まる流浪民も移動小屋を押して東の帝国領へ逃げ込む。大型の移動小屋は街道を塞いでも宿場町ベイマルクから追い返された避難民と衝突して、行き場を無くした人々が街道に溢れたのだ。わざわざ混乱の交通整理をする者は居ない。
皇帝の特使マキト・クロホメロス男爵は事態の推移にため息を付き、妥協案を提示した。
「ふう。西側の国境付近へ避難場所を開設しては如何か?」
「不法移民は認められません!」
ベイマルクの領主代行である伯爵令嬢エメイリア・ラドルコフは強硬に反対する。
「春までの一時避難という条件でご寛恕を頂きたい」
「ぐぬぬっ…」
特使は領地の内外を査察して皇帝陛下へ直接に報告を出来る立場だ。地方領主の執政も査察の対象となるので、その意見は無視できないだろう。
マキトは皇帝の威を借りて領主代行を押し切った。貴族的な腹芸は未だに苦手なので今後に禍根を残さねば良いが、…国境付近は飛竜山地にも近く危険地帯だから、避難場所は南へ離れた土地を確保したいものだ。
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