024 骨折の療養
024 骨折の療養
僕は河トロルの村にいる。
イルムドフ軍の渡河作戦の斥候部隊であった霧風の庸兵団と別れた後に命を狙われた僕は川に落ちた。運良く矢傷は浅く、川の上流で石積みの堰を築いていた河トロルに助けられた。
河トロルの長老は東の部族と連絡を取るため不在で、狐族のニビは森の魔物の援軍を取り付ける為に走っていた。また、運良く最初に出会った河トロルの三人が僕の事を覚えていた。
その後は岩オーガと共に岩場の守備に参加していたのだが、僕は戦闘に巻き込まれて全身骨折の重体になった。そもそも河トロルの協力により、魔物に襲われた様子の筏で流されていたのは敵に潜入するための狂言だった。
あらかじめ相談しておいた渡河地点に誘導し、ピヨ子に持たせた手紙で渡河の時期を知らせた。河トロルの戦士たちにイルムドフ軍の本隊の荷駄を襲わせたのは僕の発案だったが、どれ程の効果があったかは不明だ。
やはり、魔物の森からの援軍の時期が最大の功績だろう。…ニビのおかげだな。
河トロルの村では治療師の看護と治療を受けた。
草で編んだ小屋の中で、ひがないちにち薬湯に浸かり。よがなよっぴいて治療を受ける。薬湯は傷を癒し発熱と痛みを緩和する物のようだ。治療は水の魔法のようで、治療師が付き添い魔力で体内の水の循環を促し治癒力を高める。
食事にニンゲンの肉は嫌だと言ったら、それ以外の物をせっせと用意してくれる。いちど我ままに果物を食べたいと言ったら、次の日には見たことも無い果実が用意された。
それ以来は出所が怖いので、食べ物の我ままは言わない。ただ、毎食後に飲む灰色のドロドロした薬は苦くもないが好きには慣れない。
治療の他にも何くれとなく河トロルのお姉さんが世話を焼いてくれるので不自由は無い。河トロルの性別は判然としないのだが、僕が泥だらけの様子を好まないと知ってか、身綺麗にしている。
あの流線形のボディは女性に違いないと思うのが幸せだ。なにしろ治療のため毎晩に添い寝をしてくれる。
「御加減 いかが デスカ?」
「ああ、大分 調子が良いよ」
河トロルの治療師は笑顔で応えた。
「それは 良う ゴザイマス」
「熱も下がって痛みも少ない」
なぜか治療師は目を伏せた。
「…」
「君のおかげだね。感謝するよ」
いつもの治療を行う。治療師は僕の背に手をあて体中を循環するように魔力を流し込む。僕は暖かな魔力の波動に包まれた。この安らかな波動の中ではすぐに眠くなる。
「もうすぐ お別れ デスネ」
「…」
「それまではずっとこのママ…」
「…Zzz」
僕は安らかな眠りに着いた。
◇ (あたしピヨ子は非常に憤慨していた。ご主人様はあたしが河トロルの村へ手紙を運ぶ為に離れた隙に怪我を負っていた。本当は神鳥魔法の【神鳥の加速】でひとっ飛びの予定だったのだけど、予想に反して手紙の筒が飛行の邪魔だったのよ!…これも小鳥の体型の影響だわ…早く大きく成長できるかしら)
◆◇◇◆◇
僕は朝から薬湯に入る。この朝風呂、中風呂、夕風呂の習慣は気に入っている。
風呂は治療師のお姉さんが用意してくれる。薬湯の薬草は何種類もあるのだか、僕はこの若葉の香りがお気に入りだ。お姉さんが僕の背中を流してくれる。もちろん手も足も表も裏も。
毎日のお湯の準備が大変だろうと聞いたら、お湯は「湯屋」から持って来るらしい。河トロルの草で編んだ小屋の外見からは区別は出来ないが「湯屋」は河トロルでは珍しい火の魔法の使い手が経営しているそうだ。
しかも、お湯は再利用するらしく「湯屋」の中に戻される。エコなのか、倹約家なのだろう。そうして、朝風呂から上がり僕ひとりの小屋で朝食を食べているとニビが見舞いに来た。
「クロメよ。元気にしておるかのぉ」
「おかげさまで」
なぜか狐顔の幼女ニビは上機嫌だった。
「お前に渡す物がある。お婆様からじゃ」
「何ですか?これは…」
見ると黒い魔石が付いた武骨な装飾の指輪だった。
「命名の指輪ぞ」
「はぁ?」
笑顔でニビは言う。
「何にでも名前を付けられる!」
「へぇ」
ニビはしたり顔で説明を始めた。
「指輪をはめて【命名】と唱える。そして名前を言う。それだけじゃ」
「なるほど」
急に真剣な顔付きでニビは言った。
「この土地に名前を付けるとしよう。早速、やってみよ」
「【命名】…魔境」
僕は心に思いついた地名を付けた。指輪の黒い魔石が僕の魔力の大半を吸い込み強い光を放つ。魔物が住む土地にふさわしいと思いを込める。
「ほほう、魔境とな。良き名じゃ」
「…」
ニビはそう宣言すると土産にアルトレイ商会の干物を置いて去った。
◇ (あたしは猟に励んだ。ご主人様は怪我の治療のため小屋から出て来ない…すでに河トロルのお風呂と接待に骨抜きの様だ…仕方ない男の子だもの。あたしが猟に励むのは早く大きくなる為と飛行技術の修練のためだ。神鳥の野生の本能は自然と飛行が出来るが、戦闘では意図して特異な飛行技術が求められる。あたしは水中に見える獲物に向かって突撃した)
◆◇◇◆◇
骨折の容態が悪く起き上がれない間は観念していたが、風呂、食事、治療しかやる事がなく暇だ。体が動くようになると、治療の妨げとならぬ程度に魔力の訓練をする事にした。
この世界では魔術の才能がある者は体内の魔力を使い魔術の現象を起こす事が出来る。魔術の現象には火・水・風・土などの属性があり、魔術の才能があればひとつかふたつの得意属性があるという。
しかし、魔術の才能が無い者も体内に魔力があり。魔力で魔道具を利用したり。身体を強化したり出来る。また、職人や薬師は素材にも魔力を通して加工する事で通常より高品質の品物を作成できた。
僕は小さな火種に魔力を注ぎ火を大きくする。火力を集めて干物を焼く。火加減を魔力で調整して均等に焼くのがコツだ。干物を焼いていると匂いに釣られて村の子供たちが集まってきた。
食事とは別のオヤツなのだが、焼きあがった干物に魔力を通して三つに裂く。薪割りで鍛えた技だ。子供たちが尻尾を振って喝采するのを聞きながら、干物を順番に配る。どうせニビの土産だから振る舞ってしまおう。
河トロルの子供たちには尻尾がある。大人には無いと思う…あの流線型のボディだし。集まった子供たちが干物を手にして散ってゆく。この季節は子供の数が少ないというが、繁殖期は子沢山になるそうだ。
竈の傍らで土に魔力を注ぎ捏ねて形成し壺を作る。獣人の狩猟者バオウから教わった技だ。まともな粘土でないと土器には成らないのだが、魔力を維持し形体と堅さを保つ。
そのまま、竈の火にかけて壺を焼いてみる。
「ぐぬぬ…きつい」
壺の表面から水分が蒸発し、壺の形体を維持できない。熱くなった土塊がパンと破裂して崩れた。やり直しだ…再度に土に魔力を注ぎ捏ねて形成し壺を作る。
思い付きでこの作業に名前を付けてみた。
「【命名】…形成」
「壺を形作れ!【形成】」
僕が呪文を唱えると、同じ形で土の壺が出来た。調子に乗り連続して呪文を唱える。
「壺を形作れ!【形成】【形成】【形成】【形成】【形成】!【形成】ぶっ…」
その場で、僕は意識を失った。
………
……
…
僕は治療師のお姉さんの膝の上で目覚めた。
「あぁ、ここは…」
「気付きましたか 治療の途中 デス」
逆様の顔でお姉さんが僕を覗き込むので、僕は照れ草そうに呟いた。
「そうか、魔力不足で倒れたのか……」
「無茶は イケマセン!」
河トロルは魔物の性か長文を好まないのだが、語尾が音階的だ。
「…」
「もう、心配 シマシタ♪」
治療の暖かさと心地よい音楽のような会話を聞きながら僕は眠りに着いた。
◇ (あたしの飛行技術は体の成長に伴い上達した。川魚の狩猟は体力の向上と飛行技術の習得にちょうど良いわね。水中の獲物を襲うには真上からの突撃がおすすめよ!なにしろ魚も真上には警戒心が薄れるらしい。また獲物を捕えるなら背後から追い付いて鋭い爪で掴む方法もあるわ。そして、あたしは新たな技を習得した…【神鳥の羽斬】は高速飛行からの体術で敵を切り裂く!【神鳥の爪撃】は鉤爪のある猛禽スタイルで獲物を捕える!)
◆◇◇◆◇
さて「同じ失敗はしないぞ」と朝食を済ませてから、竈の傍らで土に魔力を注ぎ捏ねて形成し壺を作る。
「壺を形作れ!【形成】」
まだ、獣人のバオウが見せたように壺の表面に模様を描く事は出来ないが、これでも十分だ。魔力を維持して壺の形体と堅さを保ちつつ、両手に纏った魔力で壺の表面を押して固める。
いくつかの粘土を壺の形に作り並べる。自分の魔力だとこれで半分ぐらいの消費か。先日から練習に作っていた粘土壺は乾燥して良い感じだ。乾燥した粘土の壺を竈の火に乗せ様子を見ると、割れずに焼きあがった!
土器もどきが完成したのだが、試しに水を注ぐと壺の表面から染み出てきた。…素焼きでは、植木鉢には成るかなぁ。
その後は土器の表面を魔力で押し固める技法を練習してから命名した!【硬化】という。硬化した粘土の壺は表面が押し固められて高質化している。何か釉薬があればツルツルの表面に出来そうだ。
焼きあがったの土器の壺を治療師のお姉さんにプレゼントしたところ、壺の意外な活用方法が判明した。
素焼きの壺に泥水を注ぎ、染み出す水を受けると透明な水が得られる…簡易な浄水器だな。この水を火にかけ料理に使うと美味しくなるそうだ。
役立ててくれて嬉しい。
◆◇◇◆◇
そうして、治療と魔力の訓練をするうちに体調も良くなり出立の日になった。河トロル族の村人が総出で見送りに来ている。僕は旅の身支度を整えて言った。
「お世話になりました。ありがとうございます」
「なに、せめてもの恩返し デスじゃ」
「…」
河トロル族の長老がにこやかに言うが、僕は治療師のお姉さんにもお礼を言う。
「君のおかげだ。ありがとう」
「私は……私を 連れて行って クダサイ!」
突然に治療師のお姉さんが僕に頼み込む。
「えっ?」
僕は驚いて、河トロル族の長老を見ると目を細めて頷いた。
「うむ、良いじゃろう。連れて行くが良い」
あらかじめ長老には話をしていたらしい……僕は意を決した。
「分かった連れて行こう。君の名は?」
「はい、ロロリドナス と申し マス」
決然として僕は呪文を唱える。
「【命名】! リドナス」
「はい!」
こうして、僕は河トロルのリドナスを連れて人間の町に帰還した。
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※マキトは治療師を伴にした。ピヨ子は狩猟の技を得た。