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無色魔法使いの異世界放浪ちゅ ~ 神鳥ライフ ◆◇◇◆◇  作者: 綾瀬創太
第二十章 帝国南部紀行
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ep248 魔蟻の生態と年末行事

ep248 魔蟻の生態と年末行事





 ロガルの町に使役された魔物の蟻は働き者だ。明け方から開拓事業に従事し土砂の運搬から始めて、農地でも土起こしの農具を引く活躍を見せる。


土の精霊石を頭部に埋め込まれて制御された魔蟻も野生の本能か生餌が必要だ。討伐された腐肉喰(グール)を与えるとボリボリと骨を砕き貪る様に喰らう。そうして食欲を満たした魔蟻は残った餌を肉団子にして咥えソワソワし始める。どうやら肉団子を巣に持ち帰りたい様子と見える。このまま解き放つと帰巣本能に目覚めてコボンの地の巣穴まで帰還しそうだ。


「ようし、行っけえぇ~」


マキトが魔蟻の一体を解き放つと、途端に西の方角へ駆け出して魔蟻は肉団子を咥えたまま姿を消した。魔蟻の走破力は脅威的で山谷も垂直の崖も乗り越えて一直線に進む事が可能だ。それでも水場や河川の流れは渡れずに氷雪も苦手な様子がある。開拓地が雪に覆われて灌漑用水も凍ると魔蟻の活躍は輸送任務のみとなった。


そんな魔蟻を放置しても大丈夫だろうか。まぁ、魔蟻の討伐任務を引き受けた自警団への牽制に囮としても有効だろうと思う。


………


年末にマキトはアアルルノルド帝国の皇帝陛下から招集された。下級貴族でもある地方領主としては断れない命令だろう。


年の瀬の年末年始が重なる五日間は「新の月」と呼ばれて、おおよそ四年の毎に六日間とされるのは帝国歴を布告する天文官の仕事だそうな。一の月から十二の月は各々が色彩で呼ばれて三十日間と制定される。そんな帝国歴も三百年の長きに渡り布告されると帝都の庶民の生活にも浸透している。各月の一日から五日は労働日とされて六日目は休息日とされる。それを五週に繰り返しひと月となる。地方の町や農村では各月の最後の休息日には祭りが催される事がある。


そんな十二の月の終わりにマキトは帝都へ入った。


帝都の商店も露店も年末最後の休息日には聖樹の枝を門前へ掲げて、静かに世の平安を祈る様子だ。帝都は「旧聖都カルノ」と呼ばれる巨大な宗教組織の総本山であったがアルノルド帝国に接収されてアアルルノルド帝国の帝都となった。ここに二大都市を従えた巨大な帝国が誕生するのは三百年も昔の歴史的な出来事だ。


聖都カルノに栄えた宗教組織も国家も弾圧の末に滅びて、帝都の観光名所としてのみ痕跡は残るが、庶民の信仰には根強く影響があるらしい。そんな歴史書の知識もサリアニア侯爵姫の受け売りにしか過ぎない。


………


謁見の場所は皇帝アレクサンドル三世の居室に近い温室のサロンであった。真冬の寒さも嘘のように暖かい南向きの温室は南国の花に囲まれて別世界の様子だ。どうやら皇帝陛下の招集には内密な話があると思える。


温室のサロンで寛ぐ皇帝陛下がマキトに話しかける。


「遠路はるばる大義であった。帝都の風情はいかがかな?」

「年の瀬の風物も良きものに思います」


皇帝陛下との直答はマキトが騎士爵に叙任されて以来か。マキトは無難な答えを選択する。


「最近は、王都の大橋に魔物の蟻が掛かると言う。市中は物騒な事ではあるまいか?」

「そ、それは真に由々しき事態かと…」


マキトが解き放った魔蟻は自警団の警戒網を抜けて、討伐されずに帝都まで駆け抜けたという事か。内心の動揺は隠せない。皇帝陛下を補佐する内務官の話では王都の西に流れるナダル河に架かる大橋で、警備隊の騎士たちが魔蟻の群れを殲滅したそうだ。


「群れと言うと、何体ほどの魔物ですか?」

「合計で二十四体になります」


「ふむっ…」


どうやらマキトが放った魔蟻では無いが、魔物の数の多さが気掛かりだろう。よく尋ねてみると大橋の西側を守る警備隊の手柄であった。それは帝都の西から魔蟻の群れが襲来した事を意味している。こんな冬に何か事件の匂いがする。


「そこで、グリフォンの英雄として名高いそなたに命じる。西方に赴き、事の真相を調査せよッ」

「はっ、承りました」


帝国貴族にとっては、皇帝陛下の勅命は名誉な事とされる。マキト・クロホメロス男爵は特使となって西方へ向かうのだ。




◆◇◇◆◇




 サリアニア侯爵姫は辺境の冬の厳しさを避けてオストワルド伯爵の別邸に逗留していた。冬の間はロガルの町も領地の開拓事業も手休めとなる。それに、マキト・クロホメロス男爵との婚礼を迎える準備もある。そんな多忙な年末に不穏な知らせがあった。


「なにっ、その話は真かッ」

「はっ、宮廷でも問題視する動きが…」


帝都に潜伏した配下から宮廷工作の成果と報告を聞くと、マキト・クロホメロス男爵との婚約は破談になりそうとの情報だ。サリアニア侯爵姫は婚礼に反対する叔父モーリス・シュペルタンとの謀略戦に不利を感じていた。未だに、帝都と宮廷へ張り巡らせた諜報網は叔父上の後塵を拝するらしい。それにしても、何時(いつ)からこれほど熱心に宮廷工作をする様になったのか。


「魔物の件は、こちらで何とかせねばッ」

「姫様っ!」


今にも伯爵の別邸を飛び出しそうな様子のサリアニア侯爵姫をお付きの女騎士ジュリアが止める。マキトの与る領地ロガルの町に魔物の蟻が出没するという情報は港町ハイハルブにあるオストワルド伯爵の別邸にも届いていた。勿論のことサリアニア侯爵姫は魔蟻がロガルの町で使役されている事を知っていたが、その調教方法については関知していない。傍目に見ると魔蟻がマキトに懐いていると見える。


「魔物の蟻が、婿殿の命令に従うなどと誰が信じようぞ」

「…」


魔物の蟻がロガルの町を襲うというデマ情報を否定する根拠は薄い。寧ろこちらの主張が捻じ曲げられて領主マキト・クロホメロス男爵の立場が不利となる可能性が高い。領主の不在時に事を荒立てては面目も立たないだろう。この問題はサリアニアが領主のご内儀としての力量を問われる事になりそうだ。





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