ep241 海岸線に希望の光を見ゆ
ep241 海岸線に希望の光を見ゆ
その騎兵は鎧を付けた軍馬に乗り南の港町ハイハルブへ向かう様子だ。軍馬の頭兜には鋭い角が槍の如くあり、突撃する際には凶器となるだろう。それに比べて馬上の主は軽装の旅装束のためか騎士には見えない。
「いい馬に乗ってやがる。金持ちだろうぜッ」
「ほほう…」
盗賊の男は遠見の魔道具を騎兵に向ける。やはり、帝国貴族でも金持ちの子弟と思える。
「女かッ!」
「やりぃ、こいつは付いてるぅ」
手下の盗賊どもがやる気を見せた。こいつらが、騒ぎ出す前に獲物を襲撃しようか。
「しッ…」
「…んもう、クロホメロス卿があんな!意気地なしッの根性なしッの甲斐性なしッとは、思わなかったわ!」
「げばっわははは、俺様なら、意地も根性もあるぜッ」
ばらばらと盗賊どもが現われた。既に街道の前後を塞がれているが、女のひとり旅では珍しくも無い事だ。
「カイエン!」
-HIHYNN!-
帝国の徴税官エルスべリア・ティレルは盗賊に容赦も無かった。号令一下で駆け出したカイエン号が急加速からのひと突きで先頭の盗賊を跳ね飛ばすと、突進を回避した盗賊をティレル女史が手にした細剣でなで斬りにした。血の華が三つ咲く。
「ぎゃッ!」
「…うっ、腕がぁ~」
「…ぐわっ、ずべら…」
戦闘不能の手下を残して盗賊どもが逃げ出した。不利を悟るのも生き残るには重要な事だ。ティレル女史は盗賊を追わない。
「ふん。ハイハルブの町は近い様ねッ」
-FSHU!FHA-
細剣をひと振りして血糊を拭う。名剣は人を斬った脂にも曇らないものだ。カイエン号がドヤ顔で鼻息を吐く。アアルルノルド帝国の東の玄関口である港町ハイハルブは近い。
◆◇◇◆◇
マキトはロガルの町を出発して東の海岸を目指した。当初はティレル女史の知己を得て港町ハイハルブの領主へ挨拶に向かう予定であったが、手土産も無くては良い会談とは成らないだろう。マキトがティレル女史の伝手を失ったのは、…何か失礼でもあったろうか。
東へ東へ湿地を抜けると夕刻の前には海岸線に付いた。
海岸線は岩場が多く入り江も暗礁に囲まれて砂浜も少ない。これでは大型船は海岸にも近づけないだろう。しかし、岩礁が多い海岸の風景も海中へ潜れば恰好の漁場となる。マキトは海の素潜りにも経験のある河トロルのリドナスを指導員に付けて護衛たちを動員し猟を行う。海の獲物は何でも良いから、まずはこの海で何が採れるか確かめたいのだ。
天然の漁場は手付かずの獲物の宝庫で大量の漁獲を得た。とりあえずは大成功として遅い昼食を摂る。マキトは調味料には詳しい男で砂糖・塩・酢・醤油から酒・味醂までも用意している。それに各地を旅して集めた香辛料も多彩だ。何なら土鍋に味噌を投入するのも良いだろう。
河トロルの護衛たちが採取した魚介類を浜焼きにして楽しむ。その中に異様に巨大な昆布と似た海藻があった。海藻には海底の宮城の事件を含めても、良い思い出は無い。
「昆布の出汁が出るかなぁ」
「ん♪」
昼食の傍らで昆布と似た海藻を煮て試みたが失敗である。一度は天日に干して熟成と乾燥させる必要がありそうだ。この巨大な昆布が商品になるなら儲け物なのだが、先行きは長そうに思う。
「主様。焼けました♪」
「うむ。いま行く…」
マキトは海岸線に希望の光を見た。
………
海岸線を北上すると大陸の東の突端へ出た。東の岬は海図にも記載された目印でごつごつとした岩壁は登る事も困難と見える。その東の岬から北の沖合を眺めると奇岩島が眺望できた。マキトは遊牧民の男に「命が惜しければ、北の海岸へは近づくなッ」と警告されていたが、奇岩島に棲む魔獣グリフォンの影響だろうと思う。
奇岩島へ渡るには小舟も筏も無い。その前に島に棲む魔獣グリフォンを何とか排除せねば成らないが無理な相談だろう。マキトは魔獣グリフォンの襲撃を警戒して内陸部を通り、僅かな森林地帯を突破してロガルの町へ帰還した。
今回の遠征の収穫は魚介類に海藻の類だ。魚介類は魚好きの河トロルたちの恰好の獲物で食卓が豊かになる。海藻は広げて天日干しに乾燥させてみよう。遊牧民の家族は小屋も含めて消えていた。家畜の放牧へと牧草地を移動した様子だ。
農地の整備も始まったばかりだから、マキトは開拓事業に精を出す。
◆◇◇◆◇
帝国の徴税官エルスべリア・ティレルは盗賊の難を逃れて、アアルルノルド帝国の東の玄関口である港町ハイハルブに到着した。一応に冒険者ギルドへ立ち寄り盗賊の被害を報告する。町の近隣に出没する盗賊への対策も地方領主の務めだ。集められた情報は冒険者ギルドで纏められて賞金首となる仕組みだ。
「ふう。面倒事もこれまでよッ」
「今回は災難でしたねぇ」
盗賊の被害報告を受ける職員は中年の男で経験豊富なベテランと見える。一応に帝国貴族の末席に連なるエルスべリア家の威光も衰えたが、ギルド職員は帝国貴族に失礼があってはならぬと配慮したのだろう。
「後は頼むわ」
「はっ、お任せをッ」
中年の職員は張り切って請け負った。
………
港町ハイハルブは貿易港として栄え南方からの交易船と北方からの積荷が交わる、アアルルノルド帝国の国内では最大の港と言える賑わいだ。さぞや商業税の課税で領地も潤うに違いない。ティレル女史は港の商業規模を視察して領主の館へ向かった。
領主の館はハイハルブの町の外れにあり、城の様に立派な城壁を巡らせた屋敷だ。普通の貴族の公館とは異なり冬の間のみ主人が滞在する別邸の扱いだと言うが中々に厳重な警備だろう。帝国の徴税官エルスべリア・ティレルは領主オストワルド伯爵に面会を求めた。
「これは、徴税官殿。よくぞお越し頂いた」
「エルスべリア・ティレルと申します。税務調査にご協力を頂きたく候」
帝国の徴税官エルスべリア・ティレルの要請にも快く領主オストワルド伯爵は応じた。
「勿論。全面的に協力しようぞ。ついては、貴殿が騎乗される軍馬を拝見したいものだッ。遠乗りに領地を案内しよう」
「あなたッ!」
オストワルド伯爵の要望は奥様に却下された。奥様はドレスの下に重装鎧を身に付けた女傑と見える。
「ぐっ…」
「いい加減になさいましッ。ティレル殿はお疲れでしょうに、是非、当家にご滞在下さいませ」
奥様の前では軍神オストワルド伯爵も形無しのご様子だ。ティレル女史は屋敷への滞在を決めた。
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