ep240 東方辺境の税務調査
ep240 東方辺境の税務調査
マキトはロガルの町を拠点にして開拓事業に勤しんだ。町の周囲はおおまかに荒地と湿地と牧草地帯で目ぼしい木々も見られない。マキトは荷車に積んで来た土木作業用のゴーレムを降ろして荒地に水路を掘る。荒地は砂礫質の土壌で何処からか染み出した水の溜まる湿地がある。
湿地にも通じる水路を掘っていると、軟泥よりも砂礫の成分が多いことから推測するに、砂礫の土壌の下には粘土層がありそうだ。とにかく真直ぐに水路を掘り進むと湿地の水が荒地の砂礫層へ導かれて水量が減った。湿地にはマコモを植えて荒地には里芋モドキを植える予定だ。畑の区画も整備する。
町の廃墟は分解して焚き付けの薪にするしか利用方法も無い。ここまで乗って来た馬車に戸板を立てて仮設の天幕に寝起きしている。それでも労働の後に風呂は欠かせない。一人用の五右衛門風呂で湯を沸かす。
そんな夕暮れのロガルの町に騎乗した美女が現われた。
-BUFUHA!-
「ティレルさん!」
「クロホメロス卿。お久しぶりでございます」
帝国の徴税官エルスべリア・ティレルは知的な眼鏡のお姉さんで、眼鏡に指を当て決め顔で言った。ティレル女史には以前に領地の騒動と税務の事で世話になった事がある。
「こんな辺境まで、税務調査ですか?」
「勿論!で、ございます」
仮設の天幕には応接用具も壁材も調度品も無く張られたばかりだ。マキトは自ら入れた茶を勧めながら尋ねる。
「ロガルの町の惨状は見ての通りです。住民も畑もありませんッ」
「くっ、ご苦労されているご様子に……租税は金貨一枚で宜しいでしょう」
こんな廃墟の町からも租税を徴収するのか。いや、破格の温情査定とも言えるか。
「えっ!?」
「見た所では遊牧民のテントの他に住民も産業も無いご様子。それと、帝国の徴税官に饗応するのも領主の務めですわよ」
マキトは帝国の徴税官エルスべリア・ティレルの意外な要求に驚いた。出来る限りの接待はしたいと思う。
………
ぱちぱちと薪が爆ぜる。ティレル女史も風呂には満足なご様子で長湯をしている様子だ。目隠しに戸板を立てた粗末な風呂をマキトは焚き付ける。
「ティレルさん。湯加減は如何ですか?」
「ええ。結構なお湯でございます」
マキトの風呂焚きも免許皆伝の腕前だ。洗い場で裸身を洗う水音に萌える。
-HIHYNN!BUU!-
ティレル女史の愛馬カイエン号が何かと騒がしい。風呂場の周囲は河トロルの護衛が警戒しており魔物の侵入も許さないハズだ。トコトコと湯殿へカイエン号が突入した。
「こらッ、カイエン! 止めなさいッ」
「…」
「んんっ、もう仕方ないわねぇ~◇」
-BUFUN-
「あぁん、カイエンったらッ、そこは……」
「っ!」
強烈に妄想を掻き立てられるティレル女史の嬌声が響く。この戸板の向こうでは何が起きているのかッ。マキトは居ても居た堪れないので、寝室の準備へ向かった。その後のカイエン号の醜態は知らない。
………
マキトはひと仕事を終えて一人用の五右衛門風呂に浸かる。風呂に入れた香草とティレル女史の出汁が効いて良い湯加減だ。久しぶりに河トロルのリドナスの水治療で疲れを癒したいと思う。
思えば氷の魔女メルティナは身重の体でタルタドフの屋敷に残し、サリアニア侯爵姫とお付きの者も急な帰国命令で本家に帰した。森の人の親善大使ステシマネフは王都イルムドフとの親善に励むらしい。こんな事なら屋敷のメイド隊か密偵方でも側近に取り立てて置くべきか。こうも日照りが続いては女の色香が恋しいのだ。
そんな風に悶々として湯に浸かるマキトは異変に気付いた。いや、異臭と言うべきかッ。…カイエン号めっ!粗相をしたなッ。洗い場の隅には馬糞の小山が出来ていた。
「くっそ、そんな落ちかよ!」
マキトは独りごちて湯に沈んだ。
ぶくぶく.。o○.。o○
………
寝室は仮設の天幕に毛皮を敷いたのみで飾り気も無い。マキトはティレル女史と並んで寝ている。始めからマキトには同衾する積りは無くて、馬車に寝泊りする積りであったが、ティレル女史の要請で同じ天幕の下に横になっている。
マキトは寝物語に王都イルムドフの戦乱の様子をティレル女史へ語って聞かせる。それに対し、ティレル女史の話はアアルルノルド帝国の税制や近隣領主の動向の話が参考になる。またその中には順調に行けば義父となるオストワルド辺境伯爵の領地の情報もあった。サリアニア侯爵姫はオストワルド辺境伯爵の養女となりて降家し、マキト・クロホメロス男爵の妻となるのだ。それでも家格の差は歴然にして宮廷の批判の声も大きい。
そんな無理な頼みを聞いて仲人をするオストワルド辺境伯爵の人柄にもマキトは興味を覚えた。夢見心地に女の色香に惑う。邪魔者のカイエン号はティレル女史から謹慎を言い渡されて戸外に繋がれている。今ならば邪魔は入らぬッ…存分に楽しんでくれようぞ!
「あ、はぁ、はぁ、ティレルさん……そんなぁ、はっ!」
マキトが悲鳴にも似た吐息を漏らすと、既に朝の時間であった。ガバッと跳ね起きて尋ねる。
「ティレルさんは!?」
「今朝、早くからお発ちに ナリマシタ♪」
寝室には、がっくりと肩を落として残念がるマキトの姿があった。
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