ep236 祭りの風景
ep236 祭りの風景
マキト以下のタルタドフ勢は王都イルムドフの復興に尽力して、瓦礫の撤去から建設資材の手配や食糧の配給も精力的に行った。街を占領していた帝国軍が撤退した為に王都の政策を指示する命令系統も崩壊したのだ。その帝国軍が残した物資の中に奇妙な物があった。
「ビビ。どう思う?」
「これは、毒薬…ある種の麻薬ですねぇ」
開拓村から治療師として呼び寄せた魔女っ娘のビビが毒薬を見抜いた。食材に微量に混入された粉末は食事の度に帝国兵の口に入るが、微量でもあり気付かないだろう。
「帝国軍が残した罠ではなさそうだが…」
「食糧の調達先が怪しいと思います」
マキトは帝国軍の屯所に残された購入記録を発見して街の製粉所を捜索した。
「自警団の者だッ、中を見せて貰う!」
「ひっ…」
粉屋の主人は腰を抜かしてへたり込むが、街の自警団は製粉所の品物を検める。
「ありました!」
「これは…」
製粉所を経営する粉屋の主人の自供では、帝国軍にご用達の香辛料であり軍部の指示で小麦粉へ混入していたと言う。どうやら帝国軍の幹部を偽装した黒幕がいたらしい。今となっては偽者の足取りを追うのも困難だ。
………
徒労に終わった捜索の帰り道に祭の気配を感じた。露店の店主と見えるご婦人に尋ねる。
「おゃ、英雄様っ!」
「これは、どうした事だ?」
「祭の準備さぁね」
「収穫祭の時期は過ぎたハズだが…」
ほくほく顔で答えるのは商人の性か、祭の人出を見越して商売の準備にも気合が乗る。
「今年は復興祭だとか言うので、あたいらも張り切るのさぁ」
「ほほう」
女主人の話では収穫祭の出し物が復興祭でも披露されるらしい。これは森の人ステシマネフにも見せて遣らねばならぬ。
………
瓦礫が撤去されて広場と化した北門の跡地から王宮の森までの被災地域には仮設された露店と屋台が立ち、被害の少ない東区と西区と南区からも出店がされて多くの人々が集まった。王都の人口は流出した避難民もあり大幅に減少したが、おかげで被災した北区の住民は他の区画へ移住する者も多い。そんな入り混じった住民がここ北区の広場へ集まって大勢に賑わう様子だ。
森の人ステシマネフが浮かれた様子に尋ねる。
「マキト様。あれは!?」
「山海の珍味対決らしいねぇ」
西区の代表は山の幸と珍味を持ち寄り披露した。東区の代表は海の幸と魚介を持ち寄り披露した。それぞれが山の幸の鍋と、海鮮丼を披露して味の覇権を競う料理対決だ。舞台は大いに盛り上がる。
「旨うまですぅ~」
-BAU!HAFHAF-
鬼人の少女ギンナが駆け出した。魔獣ガルムのコロが後を追うが、市民の安全は大丈夫か。祭の見物客も良く調教された様子の魔獣に警戒を解いている。むしろ可愛い物を見る様な暖かい視線だ。ギンナの獲物は巨大な鉄板焼きらしい。
じゅうぅ。巨大な鉄板では魔猪の各部位の肉が切り分けられて、ロースだのカルビだの、ハツかキモか、何だか良く分からない部位まで並べられて味比べされる。以前の食糧不足の時期には魔猪の各部位の肉が意欲的に研究されて食べ尽くされた成果だ。ここまでバラすのも大変な手間だろう。
「獲物を隅々まで食するのも供養の現われなのですねッ」
「そうだね…」
森の人ステシマネフは異なる見解を示した。マキトは森の人の生活様式を知っていたが、その心情までは理解していない。
「私たちも供養に参加しましょう」
「っ!」
マキトもステシマネフに手を引かれて巨大な鉄板焼きに向かう。この時期外れの祭りは、復興の英雄マキトが発した何気ないひと事から始まったとは露とも知らない。
「お嬢様。宜しいのですか?」
「なんじゃ。子供の様ではないかッ」
お付きの女騎士ジュリアも魔猪肉の争奪戦線に投入された。とったどーとか歓声も鳴り止まない様子にサリアニア侯爵姫は嘆いた。
「そちらではありません。マキト様のご様子に…」
「妾も祭りに参加せよと?」
お付きの女中スーンシアは主人の注意を喚起した。
「いえ。大使殿に寝取られますわよ」
「なっ、そんな事はッ!」
有り得る。十分に有り得る。状況は切迫している。サリアニア侯爵姫も動揺を隠せない。
「この状況は、婚約者として恥ずべき事に思いますがッ?」
「ぐぬぬっ…」
教育方針を転換したのか、お付きの女中スーンシアの指摘は手厳しい。サリアニアも無邪気な子供の様に祭に参加するべきか、それともマキトの手を取って燥ぐべきか、森の人の親善大使ステシマネフに対抗する方策は?…恋の駆け引きに貴族学院の教科書は無かった。
「…貴族の男子たる者に、愛人の一人や二人は当然の甲斐性であるぞッ」
「っ!」
サリアニア侯爵姫は貴族的な回答を得た。それで良いのか?姫様よぅ。…悪魔の囁きは届かない。
◆◇◇◆◇
王都イルムドフの復興は道半ばであるが、マキト以下のタルタドフ勢は王都を離れた。占領軍の司令部が崩壊しても地方に残った帝国軍の部隊は健在で、地方都市の行政も反逆者の情勢も危うい状況だ。王都イルムドフのには暫定ながらも住民自治の組織と自警団を設立した。あとは住民たちの自治能力に任せるしかない。
マキトは本来の領地タルタドフへの帰還を急いだ。道中は盗賊狩りの成果もあり平穏無事な様子で特筆するべき事も無い。街道の北側は魔獣グリフォンの群れが勢力を取り戻して立ち入りの危険な地域と認定された。南側の山岳地域に設置した盗賊ホイホイの成果も順調で、鬼人の少女ギンナは確実に経験値を上げているらしい。砦の周辺警戒に動員した鼠族にも褒賞が必要だろうか。
途中の宿場町としてユミルフの町には帝国軍の軍令様が駐屯しているハズだ。何と名乗ったか思い出せないが、盗賊風情の顔に長い付き合いとなる事は無いだろう。マキトたちはユミルフの町の入市税の支払いを嫌って城壁の町を回避した。どうせ挨拶する用件も無いのだ失礼には当らない。
そうして開拓村に到着すると、荒れた町の様子にマキトは驚いた。
「何かあった!?」
「そ、村長っ…盗賊団の襲撃に遭いまして…」
マキトが自警団の男に詰問すると事件のあらましが判明した。早速に自警団の事務所へ乗り込んで被害の詳細を尋ねる。
「…という訳で、我々は町の警備を強化していますッ」
「リドナスはッ!?」
留守の警備に残した河トロルの戦士リドナスは盗賊団の後を追ったと言う。ならば、知らせを待つより他にない。マキトは方策も無くて屋敷へ帰還した。
「マキト様っ!」
「メルティナ。無事かッ」
マキトが熱く抱擁を交わすのは氷の魔女メルティナで、今は奥様の洋装に裾の長いドレスを着ている。そろそろ、お腹の膨らみと体型が気になる時期らしい。婚約者のサリアニア侯爵姫と森の人の親善大使ステシマネフは自室へ引き揚げた。この屋敷の主人メルティナは事実婚でマキト・タルタドフ男爵の奥様だ。
「留守中は大変だったと報告を聞いたよッ」
「おほほ、問題はありません事よ」
何時もの調子で氷の魔女メルティナが笑う。その冷たい笑い声も効き慣れると心地よい響きだ。マキトは寛げる自分の屋敷に帰還した事を実感する。
「直ちに、討伐隊を差し向けようぞ」
「あらあら、ご心配かしら」
「領主としては当然の処置だッ」
「おほほ、ご領主らしく成りましてよ。んっ…」
メルティナと熱い接吻を交わす。そこへ知らせが入った。
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