ep233 王都へ入城の事
ep233 王都へ入城の事
マキト・タルタドフの軍勢は農村地帯を平定して王都イルムドフへ入った。とは言えども、軍勢の大半は各村の守備に残して側近と護衛だけの身軽さだ。農村部では盗賊団を退治した、タルタドフの領主マキト・クロホメルス卿は救国の英雄として迎えられた。
王都に入ると馬車の中で森の人ステシマネフが歓声を上げた。
「わぉう~、大きな町ですねぇ!」
「王都の人口は万を超えると言われています」
マキトは王都の事情を話す。森の人の親善大使ステシマネフ殿も大都市は初めてらしい。
「あれは、祭ですか?…収穫祭は終わったハズだけど…」
「市場は毎日に開かれて、王都の市民の食卓を支える…って聞いていますか?」
既に秋の収穫も終えて朝晩は寒い季節だ。しかし、馬車の窓から差し込む外気は涼しいくらいに思う。
「な何っ、いい匂いがッ!」
「屋台の串焼きが、何の肉か…美味しそうですねぇ」
イルムドフに特有の香辛料の効いた匂いがするので、森の人ステシマネフも空腹を感じるらしい。
「やめてッ、私を誘惑して攫わないで…」
「馬車を停めて下さいッ」
マキトは王城への道すがらに屋台へ寄り道を決めた。城の歓迎の宴よりは腹に貯まる食事も良いだろう。
「本当に?…ありがとう、マキト様っ」
「はっ、子供の様ではあるまいか…」
同行したサリアニア侯爵姫が嘆くも、森の人ステシマネフは気にもせず屋台へ駆け出した。護衛の河トロルたちも慌てて動く。森の人ステシマネフは魔力を満たした魔晶石を売り驚く程の金持ちだ。余剰の資金を投入して屋台の味見に走ると見えた。
「ステフ殿、待って下さい~」
「早くいらしてッ、料理が冷めてしまうわ!」
森の人ステシマネフは意外と急く性質らしい。人族の大都市に興味は尽きない様子と見える。親善大使と肩書きしても田舎の観光客と同じだろう。
それに、ステシマネフは民族衣装を着て明らかに里の者とは違う雰囲気に王都の住民も対応に戸惑う。マキトは自ら通訳と観光案内をして付き従うばかりだ。
「お嬢様。ご不満ですか?」
「ふん。小娘なぞ、眼中にも無いわッ」
お付きの女中スーンシアとサリアニア侯爵姫が密かに会話する。
「そう言いますけれど…あれでも齢百を数えます」
「くっ、化け物めッ」
帝国貴族は獣人や亜人を見下す者が多くて、妖精や神秘の者の姿も信仰しない。サリアニア侯爵姫も多分に漏れず帝国貴族の宿痾から逃れられない様子だ。
………
王城の晩餐会にサリアニア侯爵姫は大歓迎で、タルタドフの領主マキト・クロホメロス卿は小歓迎と言った様相だった。侯爵姫ともなれば、晩餐会でも貴族の挨拶攻勢は避けられず満足に食事も出来ない。
宿舎に割り当てられた部屋も納得の待遇格差には慣れた者だ。マキトはサリアニア侯爵姫の部屋で会談した。そこへ王都に潜伏した密偵からの報告が上がる。
「…やはり、そうであろう」
「えっ、王都の防衛が上手くない?」
密偵の情報では帝国軍の精鋭部隊が北部平原で苦戦しているらしい。たかが魔猪の討伐だろうに予想外の状況だ。
「帝国軍の英雄シグルバルト家の者が姿を見せていない……それに軍部の頭数も足りぬッ」
「何か作戦が進行中とか?」
「王都の防衛作戦より他にあるまいて…」
分散した腐肉喰の討伐は周辺の農村部で行われた。序に発生した野盗の討伐も順調である。山岳地帯に残した砦は盗賊ホイホイとして有効らしく、魔獣ガルムのコロと山オーガの少女ギンナが狩場の罠として利用している。
残る問題は王都の北門へ押し寄せた魔物の討伐だろう。新たな脅威が出現しない事を祈る。そのサリアニア侯爵姫の部屋へ乗り込む狼藉者が、…
「今、戻ったぞ~ヒック…」
「ステフ殿っ、部屋をお間違えですよ!」
森の人ステシマネフを親善大使として紹介すると酒宴攻勢に遭ったらしく、出来上がったのは酔っ払いの大使殿だ。
「なにをっ、マキト様のいる所が、私の寝所でございますれば、…そもそも親善大使のお役目はマキト様と親交を…」
「お部屋にご案内しろッ」
酔っ払いの戯れ事に封印をして送り出す。
「るん♪」
河トロルの護衛たちは嬉々として、酔っ払いステシマネフを別室へ運んだ。何がそんなに面白いのか。
マキトはサリアニア侯爵姫と今後の行動を相談した。
………
翌朝は北部平原の視察に向かう予定であったが、火急の知らせが入るのは必然らしい。
「…来たかッ」
「食後のお茶を楽しむ、時間はありませんよ!」
マキトは朝食の席を立って駆け出そうとするが、サリアニア侯爵姫が目顔で押し留める。
「なぁに、帝国軍も妾が一息付く、時間ぐらいは稼ぐであろう」
「呑気なっ!」
苛立つ様子のマキトを制して、サリアニア侯爵姫が進言する。
「婿殿、落ち着いて策を練るのじゃ…」
情報をまとめると、帝国軍の精鋭である騎兵隊が魔猪の討伐をする北部平原に苔の巨人が出現した。苔の巨人はオグル塚の大迷宮から移動して来たらしい。密偵の観測によると以前にマキト達が遭遇した苔の巨人よりも強大と見える。
あの時は、街道筋で帝国領の手前に大穴の罠を張って侵攻を阻止したが、今回は罠の準備も無い。苔の巨人は人口密集地域へ向かう性質があるので、騎兵隊を囮にして進路を妨害あるいは陽動して時間稼ぎをしているらしい。今から王都の北門に大穴の罠を掘る時間が残されているだろうか。迅速な決断が必要と思える。
「ふむ、婿殿よ。付いて参れッ」
「っ!」
決意したサリアニア侯爵姫の行動は果断だ。最速で王都の占領軍の総司令官オストワルド伯爵との面会を取り付けて司令部へ乗り込んだ。
「作戦の概要を説明するッ」
「!…」
火急の知らせに一切の礼儀を省いてサリアニア侯爵姫が説明するのは、王都の北門に大穴の罠を張り苔の巨人を嵌めて仕留めるという単純な作戦だ。傍若無人な振る舞いも侯爵姫ならば許されるのか。
あとは、総司令官オストワルド伯爵の決断と実行部隊の問題であろう。
「うむ、姫の作戦案を採用する。実行へ移れッ」
「「 はっ 」」
帝国軍の司令部が動き出した。オストワルド伯爵の軍事的な才能か決断は意外と早かった。それに、以前の苔の巨人の討伐作戦は帝国軍の情報部に共有されていたらしく、罠にする大穴の図面が即座に上がった。
「クロホメロス卿の意見を聞きたい」
「あと二割は、深く掘りたいですねぇ」
マキトが見解を伝えると、図面の責任者が懸念を示した。以前の様な浅すぎる墓穴にはしたくない。
「時間的に無理かと…」
「我々も協力を致しますよッ」
「忝い」
マキトは帝国軍の工兵部隊と協力して大穴の罠の建設に向かった。
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