ep232 援軍と襲撃の季節
ep232 援軍と襲撃の季節
マキトが率いたタルタドフの軍勢は町の警備隊を主力として傭兵団を雇い河トロルの戦士たちを遊撃隊として配置していた。王都イルムドフを占領した帝国軍の司令部は地方へ分散した兵力を呼び戻し王都の防備を固める方針らしい。そのため、アアルルノルド帝国に友好的な地方領主と余力のある占領地から援軍が集められたのだ。
王都に集まった援軍は街への入場を拒まれる様に周辺の農村地帯へ配置されて、農地に被害を与えている腐肉喰討伐の任務が与えられた。農村の被害はそれだけに留まらない。
地方の占領に向かう帝国軍の部隊はその旨味として占領地の収益業務に関与したが、王都の守りに引き返す部隊には占領地の旨味も得られない。そんな半ば野盗と化した帝国軍のならず者たちが農村地帯を襲ったのだ。これには王都イルムドフの司令部も激怒し誤算を挽回するためにも討伐命令が発せられた。
「盗賊どもを追えッ」
「はい♪」
河トロルの戦士たちが駆け出して行く。農村の平定には人族を主力とした町の警備隊を向かわせた。強面でも人族の方が村人の受けは良いと思う。
「一人も逃すなッ、装備を剥いで始末しろ!」
「婿殿も指揮官らしくなった者よのぉ」
サリアニア侯爵姫が関心してかマキトの横顔を眺める。マキトの指示内容を聞くと、どちらが盗賊か分からぬ。王都の司令部は帝国軍の醜聞を懸念して、秘密裏に一部のならず者たちを討伐するように要請した。マキト・クロホメロス卿はアアルルノルド帝国に所属する地方領主としてタルタドフの領軍を率い討伐作戦に従事しているのだ。
河トロルの伝令が盗賊を捕えた旨を伝えた。
「捕えたかッ」
「はい。如何、致しマスカ♪」
鹵獲した装備は河トロルの戦士に配分している。遊撃隊に装備の不足は徐々に解決されるだろう。
「蟻にでも喰わせておけッ」
「るん♪」
あの後も北から追加で派遣された魔蟻は遊撃隊の荷物運びに使役されている。それでも魔物の気性を隠せず時折に生肉のご褒美が必要だ。丁度良い餌にしよう。
魔蟻の世話係の河トロルは喜んで盗賊の始末に向かった。
◆◇◇◆◇
王都の北門では帝国軍の騎兵隊が無双して魔猪の狩りが行われている。帝国軍の精鋭に英雄シグルバルト指令の作戦指揮にも隙は無い。この分であれば王都の食糧事情も改善しそうに見える。今夜は焼肉の配給も割り増しだろう。
「見るからに順調でありますッ」
「油断するなよ」
騎兵隊の各部隊は北部平原を縦横無尽に走り廻り魔猪を狩り尽くす勢いだ。
「今夜はロースですか、カルビですか?」
「肉の種類は分からぬ」
副官の軽口にも英雄シグルバルト指令は気の無い返事をするばかりだ。
「王都の一流店を予約致しましょう~」
「そうか…」
その時、緊急の伝令が野戦司令部へ駆け込んだ。
「緊急ッ、北西街道を進撃する影あり。先行した騎兵隊が壊滅しました!」
「なにぃ! 壊滅だとッ、ガルフめ…仕損じたかッ」
先行した騎兵隊の指揮官ガルフ隊長の不手際を嘆く副長に命令する。
「副長ッ、隊を率いて救援に向かえ!」
「はっ、喜んで任務を承りまするッ」
仰々しく拝命して副長が野戦司令部の本陣を出撃した。彼に任せておけば、離散した騎士隊も拾い集めて無事に帰還するだろう。
帝国軍の英雄シグルバルト指令の作戦指揮には油断も無いと見える。
◆◇◇◆◇
オグル塚の大迷宮に程近い帝国軍の城塞は瓦礫と化して、生き残りの兵士の救助作業が続けられていた。迷宮から立ち上がった巨大な苔の巨人は城塞の防壁をいとも簡単に粉砕して王都へ向かった。城塞の駐屯兵団はなす術もなく苔の巨人に飲み込まれて半数も生き残ったか定かでは無い。今も必死に瓦礫の撤去と救助作業が続けられている。
過負荷となった工兵部隊と作業を手伝う兵士たちの様子を労う。城塞の司令官トゥーリマン中佐は迷宮の脅威を目の当たりにして茫然としていたが、事後の復旧作業に目覚めて働き始めた。
「皆の者、ご苦労。救助は一刻を争う。…作業を続けろッ」
「「「 はっ 」」」
生き残った兵士たちの士気は高い。被害の全貌は次第に明らかとなるだろう。トゥーリマン中佐は若い副官に命じる。
「歩兵を中心に討伐隊を編成しろッ」
「はっ、何名程ですか?」
優秀な副官は混乱の中で行方不明だった。新任の副官は若くて、未だに意志の疎通はイマイチだ。
「個人技の優れた者を、百人は選抜したい」
「はっ、直ちに取り掛かりますッ」
元気よく請け合って新任の副官は駆け出した。未だに指揮系統も十分に回復していないのだ。自らが動く必要があるだろう。
城塞の司令官トゥーリマン中佐は討伐隊の編成に頭を悩ませる事になる。
◆◇◇◆◇
その盗賊団は正体不明の襲撃者に追われていた。帝国軍に偽装した盗賊団の頭目が森林地帯を駆け抜けて息を切らした。
「は、はぁ、はぁ、なんで、俺たちが…追われにゃならんッ!」
「隊長ッ、この先に古い砦がありますぜッ」
部下と見える帝国軍の兵士が応えた。
「お応ぅ、俺にもツキが廻って来たかッ?」
「どうやら、無人の様子ですが…」
古い砦は山中にあって、明りも無く無人の様子だ。開け放たれた城門は魔物の口を思わせる暗がりと見える。
「ようし、今晩の塒は決まった……砦の中を確認しろッ」
「へぃ」
手下を送り込み砦の中を探るが、それ程に広い砦とは見えない。しかし、手下は何時まで待っても報告に戻って来なかった。
「ハンスめッ。中でお宝でも見つけたか?」
「…」
「中へ突入する。野郎ども準備しやがれッ!」
「「「 おう 」」」
その盗賊団は魔物の口へ突入した。
「コロちーぃ」
-BAU!-
魔獣の一声で手下の半数が朱に染まった。大型の犬と見える魔獣の腹は血に染まってか赤く圧倒的な暴力性が感じられる。まずい!…殺られる。
「待ってくれ!!」
「…ぎゃッ」
「…ぐばっ…」
「…いひぃ~…」
惨殺も瞬間の事に血の華が咲く。その魔獣の背に乗った少女は銀髪に暗闇でも輝く美しい角を晒して重石のハンマーを振るい手下の頭を粉砕した。
その光景は盗賊団の頭目の心も粉砕した。
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