ep228 背徳と饗宴の時間
ep228 背徳と饗宴の時間
タルタドフ付近の森は秋の気配に枯れ始めて紅葉していた。帝国軍の問題行動が片付けば紅葉狩りにでも洒落込みたい所だ。こっそりと落ち葉を踏みしめて森を進むと人の争う気配があった。
がさり。帝国兵と見える軍装の男が農民と見える少年を組み伏せていた。何だッ物盗りか。帝国兵の狼藉に河トロルの戦士たちを派遣すると皆殺しに処置して問題がより大きくなる。そのため、こうしてマキトが陣頭指揮をするのは手間がかかる。…早く面倒事の指揮を任せたいものだ。
「ぐふふ、大人しくしなッ痛い様にはしねぇ」
「止めろオラに何をッ…」
帝国兵の男は農民の少年の口を己の唇で塞ぎ味見をした。色白な美少年の顔に驚きと苦悶が見える。
「うっぷ。旨めぇ」
「ぷッ、は、はぁ、はぁ…」
締め技に息が切れたか朦朧と吐息を吐く少年は抵抗も虚しく下履きを剥ぎ取られた。そんな背徳も見ていられない。
「そこまでだッ!」
「!…」
マキトは狐面を被り躍り出る。狐面に魔力を通すと刻まれた誤解の呪印が発動して人相も風体も曖昧な記憶となるのだ。
「ぐふふふふ、我々の邪魔をするかッ」
「既に、お仲間は逃げ去ったぞ…【威圧】」
男は犯行を制止されても強気の姿勢で粋がる。既に河トロルの護衛が帝国兵を追い散らしているが、ここで犯人を殺して埋めるのも手間だ。
「な何にぃ…」
やっと異変に気付いたか、周囲の様子を伺うも同好の帝国兵の姿は無くて、下半身を丸出しに凄まれても緊張感は無い。マキトは古木を背にして男の様子を眺めた。
「ぐぬぬっ、コイツが目に入らねーかッ!」
「ッ…」
帝国兵の男は刃物を取り出して農民の少年を人質とした。じりじりと男は後ずさる。
「ちっ、近付くなッ!」
「愚かな真似はよせッ…【切断】からの【真双】!」
マキトは古木に手を当てて魔法を発動した。ばりばりと倒壊音を森に響かせて古木が真っ二つに裂ける。森の小動物も驚き逃げ去る騒ぎだ。
「ぎゃ!…ぅぇぉっ」
声に成らない悲鳴を残して帝国兵の男は逃げ去った。初めから逃走すれば、手間を省けたと言うのに面倒な事だ。
「少年よ。無事か?」
「あっ、魔物ッ!!……きゅぅ…」
ばたん。マキトの背後から支援に現われた河トロルの戦士たちを見てか、農民と見える少年は目を廻して昏倒した。そんな気弱な事では長生きも出来ないだろう。
荷物運びの魔蟻の背に気絶した少年と下履きを乗せる。帝国兵の残した具足は証拠隠滅に埋めてしまうか。
結局は余計な手間をかけさせやがる。
◆◇◇◆◇
アアルルノルド帝国軍のイルムドフ侵攻にともない、最後方に位置付けられたオグル塚の国境城塞には亡者の群れが押し寄せて包囲されている。早朝から包囲を突破しようと城門を開き帝国軍の歩兵隊が突出した。
「門前を守れッ、騎兵隊が出るぞ!」
「「 はっ 」」
門前に集まる動く死人と腐肉喰を歩兵隊が押し退ける。その精気を感じてか妙に素早い腐肉喰が歩兵隊を襲う。
「くっ、こいつら手強いぞッ」
「…この腐肉喰は異常だッ」
「…手がッ、足がッ…」
手傷を負った兵は足元に転がして騎兵隊の突撃を待つ。
「押し出せッ!」
「「「 うおぉぉぉおお! 」」」
門前の中庭に集結した騎兵隊が短い助走ながらも亡者の群れに突撃した。彼らは決死の突破で帝都まで走り、城塞の窮状を訴える伝令となるのだ。…早急に援軍と補給物資を満載にした輜重隊を引き連れて来てくれ。
精鋭の騎兵隊は落伍者を出しながらも亡者の群れを掻き分けて姿を消した。彼らの犠牲も無駄ではない。
「総員、撤収ッ、門を閉じよ!」
「…わらわら…」
歩兵隊の収容が済んで城門を閉じると隙を狙って動く死人と腐肉喰が押し寄せた。
「ふう、なんとか送り出せましたなッ」
「安心は出来ぬ…」
副官の軽口にも城塞の司令官トゥーリマン中佐の気分は晴れない。物見櫓から戦況を見ても奴隷の首輪を嵌めた動く死人に目がいくが、腐肉喰の方が問題である。やつら意外と素早くて鋭い爪にも牙にも猛毒がある。
「怪我人の治療を優先させよ」
「はっ」
遠見の魔道具で腐肉喰の様子を観察すると奴らめッ共食いを始めた。よく見ると少女の恰好をした動く死人が腐肉喰に喰い付かれている。奴らにも食通がいるのか、老いた死人には見向きもしない。
そんな亡者の饗宴は見ていられない。しかし、城塞の駐屯兵団の食糧不足は何とかしたい。
我らが腐肉喰に成る前に…
◆◇◇◆◇
マキトらは開拓村へ帰還した。保護した農民の少年は外傷も無いので、途中の開拓村に預けた。無事に元の集落へ戻れるだろう。
「リドナス。そちらは解決したか?」
「問題ありません。きちんと取り逃がしマシタ♪」
帝国軍の起こした問題行動と狼藉の後始末へ派遣出来る人材は少ない。人族の習慣にも慣れた河トロルの戦士リドナスならば、武力による問題解決も容易だ。他にも紛争の調停が出来る人材が欲しい所だが、冒険者ギルドには人材斡旋の職能もあるだろうか。
「マキトさん確認ですが……最近は、飛竜山地で活動していますか?」
「あぁ、ファガンヌが少し」
開拓村の冒険者ギルド支部に立ち寄ると、ギルド支部長(仮)のミラ女史に呼び止められた。別室に入るとミラ女史は姿勢を正して取り調べの雰囲気だ。
「飛竜の素材を持ち込んで、多額の預り金が発生しております。…ご確認をッ」
「ふむ。かなり稼いでいますねぇ」
ミラ女史が示したのは冒険者ギルドが取り扱う預金証明書の帳簿だ。預入の金額と累計額にマキトは目を剥く。
「そんな、他人事ではなくて…お屋敷が買えるような金額ですよッ」
「彼女の好きにさせて置いて下さい」
マキトが諦め顔で言うと、ミラ女史は気になる情報をいくつか明かした。
「ファガンヌさんが稼いだ金貨を狙った盗賊が、返り討ちに合ったとか…」
飲み屋の店主が余りの飲みっぷりに逃げ出したとか、屋台の主人がもう焼き鳥は焼きたくないと高熱にうなされるとか。…そんな、迷惑と悪行も可愛い物だろう。
いつの間にか大金を稼ぎ、大酒を飲み屋台を占拠する金赤毛の獣人ファガンヌの様子が思い浮かぶ。
「ええ。まぁ、事情は大方お察ししますケド…」
「…」
ギルド支部長(仮)のミラ女史の話では、金赤毛の獣人ファガンヌが飛竜山地の周辺で害悪をなす若い飛竜を狩り、冒険者ギルドへ飛竜の素材を持ち込んでいるそうだ。高値で取引される飛竜の素材につき金赤毛の獣人ファガンヌは金貨を一掴みすると街の飲み屋へ消えると言う。残りの金額はファガンヌに付けられた従魔の証明輪から判明したマキトの口座へ入金記録し冒険者ギルドの預り金とされた。その入金確認がマキトの所へ廻って来たのだ。
はてさて、自由獣人の行動は予想できない。
--