ep227 亡者の群れ
ep227 亡者の群れ
霧の国イルムドフの北方にある城塞は、過去にアアルルルド帝国との国境をなしていた。オグル塚の大迷宮にも程近いその城塞は迷宮から湧き出す魔物への牽制としても役立っていたが、今やその役目も果たせない。
オグル塚の大迷宮から湧き出した亡者の群れは、早期発見の警報も虚しく瞬く間に城塞を包囲して帝国軍の駐屯兵団を城塞に孤立させた。城塞の司令官トゥーリマン中佐は城塞の周辺を我が物顔に跋扈する亡者の群れを見て顔を顰めた。
「やつら、共食いしてやがるッ」
「腐肉を喰らうのは腐肉喰どもの習性でしよう」
副官の冷静な指摘にも怒りを覚える。亡者の群れは歩く死人を主体として腐肉喰を引き連れており。死人どもの首に嵌められた奴隷の首輪には見覚えがある。どうやら奴隷商人たちは失敗したと思える。
「この様子では輜重隊の到着は無理だな」
「我々が打って出ますか?」
遠見の魔道具で原野を観察して見ると亡者の群れは万を超える軍勢だ。錆びて朽ちた剣や槍を持ち、中には漁師の使う銛や農民の鍬などを得物とする者も見える。最悪の予想では近隣の開拓村や漁村までも亡者の群れに埋め尽くされたか。
「止めておけ、戦力の無駄であろう」
「…」
当面は城塞に立て籠もり亡者の群れが諦めて引き上げるのを待つとしよう。
城塞の司令官トゥーリマン中佐は堅実で臆病な男であった。
◆◇◇◆◇
亡者の群れは生前の執着の所為か生者の精気を求めてか近隣の集落へ向かった。尤も精強な帝国軍が集まる城塞は精気も感じられて亡者たちにとっては餌場に見えた。それにも増して生前の執着を持つ者は王都トルメリアの都市部への帰還を望む様に街道筋を南進して王都の城門へ迫った。
「急げ。門を閉じよッ、魔物の群れだ!」
「…ま、待てッ。助けてくれ!」
「…きゃあ! 魔物よッ」
避難する農民や行商人の群衆が王都の北門に殺到する。それでも王都の防衛に残された帝国軍は強硬手段を取る。
「城門の前面に、牽制砲撃をせよッ」
「はっ!」
-BOMF BOMF-
「…きゃぁぁああ!」
「…何故だ。俺たちが何をしたッ!」
「…ぐわっ!」
城門に設置された最新型の砲身が立て続けに火を噴き、城門の前面の群衆を掃討した。魔物の襲来を前にして強引に城門を閉じる。程なくして生き残った人々も怪我人も亡者の群れに飲み込まれた。彼らは新たに亡者の群れに加わる事だろう。
それでも王都トルメリアの街に亡者の群れが雪崩れ込む最悪の事態を免れた。この事が帝国軍に対する市民感情を悪化させるとしても、現場の指揮官には目先の対処しかできない。
◆◇◇◆◇
王都から西へ離れたユミルフの町は近隣の開拓村には珍しく城壁に囲まれて、城門では通行する行商人に対する入市税が値上げされた。それでも行商人にとってはユミルフの町の市場で小売するにしろ大口の商談を纏めるにしろ商売の都合が良いので、増税にも渋々と従うより他にはない。城門で積み荷を臨検する帝国軍の検査にも手抜きは無かったが、役人へ支払う賄賂の額も跳ね上がった事は当然の帰結だろうか。商人たちは商売の総合的な損得を勘定している。
「げばはははっ、通行税の旨味は格別だぜッ」
「今週の収益金でございます…」
特徴的な豪快笑いをするのは帝国軍の軍令様だ。ユミルフの町は地方都市へ派遣された帝国軍に占領されている。
「この金額が毎週に手に入るとはッ、町の支配者こそッ俺様の地位に相応しい」
「帝国の租税として定率に国庫へ納める必要があれますれば…」
街の役人と見える小男が忠告するが、軍令様は気に留める様子も無い。既に金銭の使い道の方へ気を取られている様子に空々しく答えた。
「分かっておる。本国へ送金する分は計算しておけよッ」
「はい。勿論でございます」
役人の小男は事務と帳簿に記録をするだけの仕事だ。
「…これは、美女に美食に美酒を追加せねばッ…」
「…やれやれ…」
軍令様の贅沢三昧には付け入る隙も無い。
◆◇◇◆◇
マキトは失われた山の民の城郭へ注文した品物を受け取りに出向いた。山長のオジルス・ギング・ランパルトから商品の説明を聞いた。それは鍛冶場で使う新型の高炉で、火熱を発生する火の魔石はそのままに大容量の魔晶石を利用して魔力を燃やす心臓部を特徴としている。
「これで、鍛冶仕事が捗ります」
「がははは。チルダも良い仕事をするぜッ」
筋骨の逞しい体を揺すり髯面を歪めて笑うのも不快ではない。奥さんのチルダを褒めるのは何時もの事だ。
「チルダさんは、お戻りですか?」
「いんや。魔晶石の仕入れに…大森林まで出向いておるわッ」
大容量の魔晶石は失われた山の民が用意した物で、大森林に住まう森の人は有り余る魔力を空の魔晶石に注ぎ交易品としているそうだ。…旨い商売を考えた物だ。
「それは、残念です」
「なにが残念なものかッ。商売繁盛は良い事さぁ」
マキトは新型の高炉を手に入れて帰還した。
--




