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無色魔法使いの異世界放浪ちゅ ~ 神鳥ライフ ◆◇◇◆◇  作者: 綾瀬創太
第十七章 霧の国イルムドフの落日
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ep224 氷の魔女の霍乱

ep224 氷の魔女の霍乱





 氷の魔女メルティナは町の治療院を訪れた。普段は病気に縁遠いメルティナも最近は顔色が悪くてマキト様に心配をかける始末だ。治療院には魔女っ娘の薬師ビビが待っていた。最近は帝国軍の兵士の姿も多くて若い女の独り歩きは危険だ。事件性が疑われる町人の失踪も報告されており、町の自警団は名誉をかけて警備に励む様子だ。


治療院の表にはメルティナお嬢様の従者に復帰したロベルトが待機している。彼女の体調を慮ることだろう。


「近頃は気だるくて、頭もズキズキと痛みますのよ」

「風邪では無いですよねぇ」


魔女っ娘ビビは年少でも氷の魔女メルティナとは魔女仲間だ。メルティナの体温を測り相談にも親身に応じた。ガラス管を利用した温度計もマキト様の考案らしく使いやすい性能だ。


「お肌の荒れも気になるし、日中は寒気と眠気もつらいわ」

「日射病も疑われますねッ」


氷の魔女メルティナは得意の氷魔法で頭を冷やしつつ愚痴を言う。冷気に完全な耐性を持つ氷の魔女メルティナが寒気を感じると言うのも奇妙な話だ。雪の中に裸で飛び込んでも平気だと言うのは本人の弁である。


「その、…胸も張っている気がするのよ」

「それは、その……」


メルティナの乳房は膨らんだ気もするが、妊娠初期には未だ早いと思う。経験も無い魔女っ娘ビビには判断できない。


「最近は燻製の匂いが気になって、食欲もありません」

「食事には気を付けましょう。厨房係には、あたいが注意しておくよッ」


その時、治療院を訪れる者があった。


「薬師の先生(ビビ)はいるかい?」

「リンダ姉さん!」


娼館で働くリンダリンが姿を見せた。同僚にもリンダ姉さんと呼ばれて頼りにされている。薬師のビビは経験豊富なリンダ姉さんにも相談した。


「ははぁん。そりゃ当たり前の事さぁ…」

「…」


リンダ姉さんの話では、娼婦にとっては避妊薬と身下し薬は商売の必需品であり、今日も薬の調達に治療院を訪れた所だ。娼婦の中にも変わり者がいて間違いからか妊娠したがる者がいる。そんな妊娠した娼婦の話では体調不良など当たり前の日常だと言う。


「ふむ。妊娠初期の症状で、間違いありませんねッ」

「そうかしら……」


医学書だけでは分からない妊婦の悩みだろう。いまいち納得のいかない様子のメルティナをリンダ姉さんが励げます。


「大丈夫ッ。あたしが信頼できる産婆を紹介するよ!」

「ありがとう御座います。しかし、マキト様のお役に立てないのは…」


メルティナ奥様のご心配をリンダ姉さんが、ぶつ切る。


「お貴族様の奥方も大変だねぇ。領主様に愛されてるのは幸せな事さッ」

「おほほほほ、マキト様には私が付いていないと駄目なんですのよ」


どうやら、メルティナ奥様のご機嫌も復調したらしい。体調不良は気長に付き合うしかあるまいと思う。今後の対応次第だろう。


その後は女子会となって、従者ロベルトの存在は忘れられた。




◆◇◇◆◇




帝国軍の城塞には乗り手の居ない空馬が到着した。馬に似ていても魔物であり知能も高い。


「こっ、これは……」

「?」


馬の鞍に結ばれた組紐は無様に絡まった様子でも何かの文様に見える。それは古い仕来(しきた)りで危険を知らせる符丁である。年配の帝国軍人でも知らぬ者は多い。城塞の司令官トゥーリマン中佐は目聡く組紐を検分する。


「至急に周辺警戒と、…迷宮(ダンジョン)の警護だッ」

「はっ!」


城塞の司令官トゥーリマン中佐は伝令だろう空馬に不安を感じた様子で、指示を出した。


「詳細は不明だが、用心するに如くはない」

「…」


普段から慎重な男との評判だが、そこまで心配する事だろうか。イルムドフの軍勢は壊滅したと言うのに何を警戒するのか。それでも司令官の命令は訓練通りに遂行される。優秀な副官の手管があってこそだ。


城塞の駐屯兵団は不安を拭えない。




◆◇◇◆◇




王都イルムドフを占領したアアルルノルド帝国の軍勢はこれを拠点にして地方都市の侵攻を開始した。先遣隊に抵抗を見せる地方領主には軍勢を差し向けて滅ぼし、降伏する役人は雇用契約して占領地域の官吏に充てられる。


元々が破落戸(ごろつき)を集めた様な兵士の群れと杜撰な補給計画の上に開始された侵略戦争でも、イルムドフ国内の不和を煽り対立が先鋭化した時期を見計らって実行されたのだ。帝国軍の情報工作員も上々の者と言える。それでも秋の収穫が間に合ったのは帝国軍にとっても幸運である。


王都の抵抗活動で焼失した食糧は市井の市場から調達された。安価でも代金を支払う者は良いお客様であり、強盗と略奪にあうよりはマシな対応だろう。地方都市への軍勢の派遣により王都の兵力は分散しつつあり、帝国軍の占領地政策も市民感情を考慮したものに変わる。


「おぅ、ご主人。既定の保存食は出来たか?」

「はい。少々お待ちを、荷駄を準備しております」


下町のパン工房では帝国軍の注文を受け、行軍の保存食として焼しめた固いパンを製造していた。


「うむ。待たせて貰おう」

「どうぞ、試食して下さい。当店の新作にございます」


店主の男トニオが愛想笑いと共に、柔らかな黒パンを差し出した。…これは店の商品の自慢か。


「はむはむ、これは旨い!」

「ありがとうございますッ」


噛めば噛むほど穀物の味わいを引き出す黒パンにして、柔らかな食感が珍しい。秘伝の製法か職人の腕を感じられる逸品だ。店の奥から頭巾に顔を隠した女中が飲み水を持って差し出す。…これも店の従業員だろうか。


「うっくぅ…水とは思えぬ美味さだぜッ」

「…」


女中は無言で奥へ走り去る。愛想も無いが気にも留めない。


パン職人の夫婦は無事な様子だ。


………



帝国軍の補給部隊が保存食の固パンを運び出して姿を消すと店主の男トニオはパン職人となり仕込みを始めた。


「ハンナ。こいつは帝国軍への補給品に使う特別製だ」

「…」


秘伝の菌種が入った壺は二つあり、一般客用と帝国軍用に分けて管理されていた。パン生地の醗酵にかかる時間も異なる。


「ぐへへへっ、おいしくなぁ~れッ」

「…」


トニオは魔力を込めて小麦粉と井戸水を注ぐ。いつもの菌種の手入れにも怨念を込めた。


「許さぬぞ…許さぬぞ…許さぬぞッ」

「…あなたっ」


愛妻ハンナの声はか細い。以前の堅実さと明るさは影も無かった。


事件は二人の心に傷を残したらしい。





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