ep223 暴走する村長もいとをかし
ep223 暴走する村長もいとをかし
タルタドフの西の森を抜けると避難民が身を寄せる山小屋があった。山小屋では盗賊団や山賊の襲撃を恐れ息を潜める女子供の姿も多い。山小屋を警備する男衆は頭数も不足と見える。
「分捕り自由だッ。勝手に、やっちまえッ」
「「 おぅ! 」」
山賊の頭の命令を得て歓喜するのは帝国軍の軍装を身に付けた手下たちだ。捕えた獲物は存分に味わえる。最早に帝国軍と山賊の区別も無い。本職かと思える手際の良さで、見張りの男を倒し山小屋へ接近する軍勢は中々の者と見える。
「曹長。扉をけ破れッ」
「おらよっ!」
ドカン。閂を打ち壊して帝国軍の兵士が突入した。我先にと獲物に群がるのは野生の狼と似ている。
「きゃ、話してッ!」
「ぐへへへぇ、上物だぜぇ~」
山小屋の中では抵抗も虚しく乱闘にも成らない。
「お前たち、何をしておるかッ!」
「!…」
狐面を被り正体を隠した男が叫ぶのは、場違いに思えた。驚く山賊の手下を狙い河トロルの戦士が襲い掛かる。既に数人は喉を切られて悲鳴も無く倒れた。
「むっ、我々を帝国軍と知っての襲撃か!?」
「まだ言うかッ、山賊め!…【威圧】」
僕は誤解の呪印が刻まれた狐面に魔力を通し、威圧を込めて宣告した。捕えられた山賊の末路は言う迄もない。
「くっ、女子供の命はねーぞッ!」
「その言葉は、犯罪の証拠と見たッ…【威圧】【混乱】」
精神的な負荷を増す魔力の放出に加えて、戦意を喪失するように魔力へ濃淡を混ぜる。
「応戦しろッ!!」
「ひぃ~」
山賊の頭が凄んで見せても、手下らは奇襲に混乱して逃げ惑うばかりだ。河トロルの戦士たちが敷く包囲網に絡め取られて数を減らす。
こうして帝国軍の一部隊は壊滅した。
◆◇◇◆◇
王都イルムドフの市街では、反逆者の抵抗活動が激しさを増していた。市内の帝国軍の補給物資の集積所では不審火が続出し食糧の焼失は手痛い被害と言える。反逆の首謀者は怪盗モレーメと呼ばれる男装の麗人だろう。本人が名乗る事は無くとも、町の住人の証言では全員が怪盗モレーメだと言う。…芝居小屋の役者は全員を指名手配にして行方を追っている。
「怪盗とやらは、未だ捕えぬかッ?」
「…はっ、鋭意。捜索中でありますッ」
敬礼だけは立派な者だ。
「まぁ、時期に首を抑えようぞ…」
「…」
その後の言葉は聞き取れなかったが、補給物資の焼失も市場から挑発すれば問題にはならず。幾ばくかの金銭を支払うのも業腹ではないと思う。捜索隊の懸念は別にあった。
「オグル塚の駐屯兵団へ連絡。迷宮を警戒せよッ」
「はっ!」
伝令が駆け出して行く。逃亡したイルムドフの防衛隊と反逆者どもが迷宮を巣にして潜伏するやも知れぬ。
捜索隊の指摘はある意味でも的を得ていた。
◆◇◇◆◇
霧の国イルムドフの防衛軍はアアルルノルド帝国からの討伐軍と戦い初戦で敗走した。防衛軍のうちオグル塚の大迷宮の方面へ逃走した者の前には、帝国軍の城塞と駐屯兵団が立ち塞がる。
城塞の周辺を警戒していた帝国軍は、敗走してもなお武装したイルムドフの軍勢と戦い。逃亡する者を狩り。投降する者を捕虜として捕えた。大勢の捕虜は城塞の牢部屋にも収容しきれず、中庭に仮設した収容所に押し込めている。
食糧の配給は滞りなく実行して暴動の監視も怠らず警戒しているが、捕虜とは面倒な者である。城塞の指揮官トゥーリマン中佐は慎重な男であったが、十分な補給計画も無しにイルムドフへの侵略戦争を始めた軍の司令部へ文句を言いたい。
「馬鹿なッ、補給が滞るだと!」
「はっ、数日は輜重隊が到着しません」
早駆けに到着した伝令の言葉に嘘は無いだろう。現実な問題として捕えた捕虜は奴隷の首輪を嵌めてオグル塚の大迷宮へ送り込む計画があった。
「捕虜の状況は?」
「未だ、移送の準備には時間が掛かります」
移送の手筈は副官に任せきりで進捗の報告を聞くのみだ。奴隷の首輪は数を用意するとしても、呪いを掛けて反抗の意志を挫くのは手間である。
「奴隷商人どもには、急がせよッ」
「はっ」
城塞は慌ただしく動き始めた。
………
王都イルムドフからオグル塚の大迷宮へ向かう街道には深い霧が立ち込める時期があった。流石に霧の国イルムドフと言われる気象だ。肌にも纏わり付く様な濃い霧の日には、地元の住民も出歩く者はいない。
「はぃやっ、は、はぁ…」
帝国軍の伝令と見える軽装の騎兵は、深い霧の中でも北部街道を走り城塞を目指す。その霧の中でも獲物の足音を聞き分けた長い耳が動く。
「狩るよッ」
「はい…」
並の者では未だに獲物の方角も分からない。馬の蹄の足音は遠くて気付きもしない。待つことは長い死を思わせる。深い霧の中では方向感覚も時間の感覚も麻痺しようか。…霧の風情もいとをかし。
パカラッバカラッ。じゅばっ。びちゅっ。馬の駈歩に…何かを切り裂く音。
-HIHYNN!-
ばたっ。ドゴッ。重い荷物を取り落として…落馬したか。馬上の乗り手を失い驚いた馬は逃げ去った。
「馬は?」
「あまり、馬肉は好きじゃないの」
食事の好みの話では無くて…追う必要も無いか。兎族の狩りはそんな物だ。霧の中を先回りに待ち伏せして殺す。
「この男。書状を持っているけど?」
「ふむ。巫女姫様なら、読めるもかなぁ~」
首なしの死体を検分して持ち物を漁る。肉は晩御飯のおかずにしよう。
--




