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無色魔法使いの異世界放浪ちゅ ~ 神鳥ライフ ◆◇◇◆◇  作者: 綾瀬創太
第二章 魔物と戦って見たこと
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023 渡河作戦

023 渡河作戦






 僕は徒歩で川の東岸をさかのぼり上流を目指していた。泥の混じった湿地帯は非常に歩き辛い。柔らかな泥沼に腰まで嵌ると脱出は困難だから。少しでも足掛かりになる岩や草木を踏みしめて進む。


霧風の傭兵団は北方の国イルムドフ軍の斥候部隊として雇われていた。今回の任務は軍が渡河できる浅瀬を探して川を遡上するという。


とはいえ、未開地のためか魔物の襲撃もあり探索は遅々としていた。近日には本隊が到着するそうだ。僕は少しでも地理の案内になればと、筏から見た川の様子を思い出しながら進む。


「全隊、止まれ! 野営の準備をしろ」

「はい!」


傭兵団の隊長の命令で野営の準備をする。


「どうだ。川を渡れそうか?」

「もう少し上流に、浅瀬があったと思います」


僕は隊長に答えて、食事の準備を始めた。


………


今日は料理の担当から外れたが、荷駄に紫芋があったので蒸しパンを作る。紫芋は先に切って下茹しておく。蒸しパンの生地はナンよりは柔らか目にする。カップに生地、紫芋、生地の順番で重ねる。


カップの中で膨らむ事を予想して少なめに注ぐ。蒸気鍋にカップを並べて蒸と……僕は300ほど数えて火から降ろした。すこし冷めるまで待とう。


完成した蒸しパンを傭兵団の兵士に配ると好評判だった。紫芋の甘味が良く出ている。その時、食事中の兵士の一部が騒がしくなった。同僚が川魚を食べて倒れたという。


僕は駆け付けて倒れた兵士の皿を見た。


「この魚は?」

「お…俺が川で取った…」


すぐさま解毒薬を苦しむ兵士に飲ませる。青い顔で兵士は食べた物を吐き出した。再度、薬を飲ませる。今度は真水もたっぷりと……


他の兵士たちに異常はない……この魚が原因だろう。倒れた兵士の容態が安定したので川辺を見に行くとハゼに似た魚がいた。兵士の同僚の話では、このハゼ魚?が原因と思えた。川に生息するハゼ魚は動きが遅く手づかみでも取れる。


その時、僕の頭にカワセミに似た鳥が止まった……ピヨ子だ。

◇ (あたしにも蒸しパンを寄こしなさいよ。…【神鳥(ゴッド)餌場(ベェイ)】!)


僕は捕まえたハゼ魚を空中に投げるが、ピヨ子は見向きもしなかった。試しに蒸しパンを投げると空中で捕えて飛び去った。


傭兵団の隊長がやって来て言う。


「すまない。助かった」

「いえ。あの魚は、鳥も食べない様ですねぇ」


隊長は憎らし気にハゼ魚を睨み付けた。

◇ (密かに(マキト)ちゃんは監視されているのだけど…今すぐにどうこうされる様子はなさそうね。…あたしは用件を思い出して飛び去った)


「その様だな」

「…」


それだけ言い残して隊長は戻っていった。



◆◇◇◆◇



 翌日、遂に川の流れが変わる場所を見つけた!浅瀬だ。川辺には大岩が転がり、川の流れは大岩を押し流そうと水飛沫を上げている。


流れは速いが水深はさほど無い。特に泥水が薄く川底が見通せる事は安心だろう。大岩を伝いあるいは橋をかけて渡河するには良い場所に思える。


僕は僅かな謝礼金を貰い霧風の傭兵団に別れを告げた。同時に本隊への伝令が出立した。川下に本隊がいるハズだ。


「僕はブラアルに帰ります」

「…」

「達者でな!」

「蒸しパン旨かったぜッ」

「また会おう…」


なぜか隊長は沈痛な面持ちで僕を見送った。ここで傭兵団と分かれるのは心苦しいが早めに出よう。


足早に上流を目指す。しばらく行くと川の流れは淀みに変わり濁った泥沼と湿地が目立ち始めた。辺りを警戒しつつ歩をすすめるが、突然に風切り音とともに矢が飛来して、おおっと!僕が転ぶと、背負った荷物に矢が刺さった。


「死んでもらう!」

「なぜ、こんな事をッ」


遠方から弓矢を射かけられ、僕は逃走に窮して川に飛び込んだ。.。o○


兵士は川面に向けて矢を構えるが、いつまでもマキトは川面に浮いて来なかった。



◆◇◇◆◇



 夕闇が迫る頃、イルムドフ軍の本隊は斥候部隊の報告を得て上流を目指していた。隊は川沿いに行軍している。


何の前触れもなく、川面に十余りの人影が顔を出して一斉に魔法を行使した。


「包み隠せ…【濃霧】【濃霧】【濃霧】【濃霧】【濃霧】!【濃霧】【濃霧】【濃霧】【濃霧】【濃霧】!」


突然に川面から大量の霧が発生しイルムドフ軍を包み込む。しかし、これに対しイルムドフ軍は霧の中での戦闘に慣れていた。


「敵襲! 密集隊形から! 全周囲に矢を構えよ!」


矢継ぎ早に命令が飛ぶ。統率された動きだ。

イルムドフ軍は同士討ちを避けるため、密集隊形の防御陣を敷き、弓矢と槍を外側の味方がいない方角に向けた。


しかも全周囲だ。兵士たちは襲い来る敵軍を想定し号令を待つ。

霧の中では敵の位置を探るため、探知魔法と風魔法の使い手が全神経を耳に集中しているだろう。


河トロルたちは川面からイルムドフ軍の後方に停止した荷駄車に向けて大量の水を浴びせた。


「弾け飛べ…【水球】【水球】【水球】【水球】【水球】!【水球】【水球】【水球】【水球】【水球】!」


大量の水球が放物線を描いて荷駄車と地面に直撃する。その音を聞いたイルムドフ軍は即座に応戦した。


「後方! 弓隊放て!」


明確な命令により、弓矢あるいは投げ槍を一斉に放った。


霧が晴れた時、すでに河トロルたちは音もなく消えていた。後には弓矢が突き立つ荷駄車が残されていた。


特に人的な被害はなく敵襲を撃退した様子だ。



◆◇◇◆◇



 イルムドフ軍は敵襲を警戒し、川から離れて陣を張り野営した。その晩は魔物の夜襲を警戒したが、何事も無かった。


次の日もイルムドフ軍は上流を目指して行軍していた。軍勢は人数が多ければ移動に時間がかかる。本隊は斥候部隊ほどに小回りが利かないが、それを上手く動かすのは指揮官の力量だろう。


彼らの故国イルムドフの町は大きく入り込んだ湾の最奥にあって、日常の軍はイルムドフの町を防衛していたが、この季節にに町の南東から吹き込む暖かい湿った風は、北西の山地にある冷気とぶつかり霧と雨をもたらす。


イルムドフの町から南下すること数日、途中に辺境の村を通り過ぎてこの荒野に足を踏み入れた。荒野で遭遇した猛獣や魔物と戦い、巣を焼き払いここまで進軍している。この遠征では南方への足掛かりを掴みたい。


そのためには川を渡り沼地を踏破しなければなるまい。ようやく、先行する斥候部隊に追いつき川の流れを望んだ。


「ここが渡河地点か、すぐに作戦会議を行う」

「はっ!」


………


夕刻から始まった会議はまだ終わらない。偵察担当の士官から報告がある。


「三日前から敵兵および魔物の動きはありません」

「すでに掃討しましたかな!」

「本隊に奇襲があったが、それ以来か……」


他の士官にも敵勢力の状況を確認するが、敵の姿は無いという。


「渡河地点に伏兵を置いている可能性はあるか?」

「はい、これをご覧ください」

「!…」


渡河地点とその周辺の地形図がテーブルに置かれた。羊皮紙に手書きの様だ。


「川の対岸には岩場、沼地、草場とありますが、この岩場に伏兵を置くことは可能です」

「うむ」

「…」


作戦士官が地形図を説明し軍隊を示す駒を配置した。警戒は怠らないようだ。


「補給部から先日の奇襲で食糧の一部が傷んでいるとの報告があり…」

「医療部から体調不良を訴える者が増えていると…」

「伝令部は本国との連絡が遅れているらしく…」

「…」


次々と各部からの報告がはいる。指揮官は意を決した様子で言う。


「とにかく、万難を排して明朝から渡河作戦を行う!」

「では、作戦の手順をご説明します…」

「…」


会議は深夜まで続いたが、朝から渡河作戦が開始される手筈だ。



◆◇◇◆◇



早朝の薄明りの中、先陣が軽装で渡河を行う。川辺から大岩を伝い、浅瀬は水飛沫を上げて強行に渡る。川底が見通せる浅瀬を選んで向こう岸を目指すと…流れは速いが水深はさほど無い。とくに泥水が薄くなり安心だろう。


こちらの川岸に弓兵を並べているが、距離があるので威嚇の効果はさほども無い。どうにか、先陣が対岸に辿り着いた。先行して数少ない盾や槍を並べ防衛陣を敷いた。


次に荷駄をバラして木材を得た工兵が仮設の橋をかける。これが完成すれば、本隊の渡河が捗るだろう。工兵たちが腰まで水に浸かり急造の橋をかけてゆく…敵襲は無い。春の日差しに川の水も温んだ様子だった。


次に、装備を持った重装の防御兵を渡し対岸の防衛陣を厚くする。渡河は順調だ。同時に先陣から偵察隊を出し伏兵のありかを確認する。これは足の速い者を選んで帰還率を上げている。


ようやく本隊が渡河を開始した。このままいけば日が傾く前に渡河作戦は成功するだろう。


その時、先陣で騒ぎが起こった。


「敵襲! 伏兵だ」

「先陣は、迎え撃てッ!」


岩場で敵を発見した偵察隊が駆け戻ってきた。沼地と草場の偵察隊はまだ戻らない…こちらは外れか。先陣の兵士と重装兵を岩場の方へ出す。すぐに対岸は本隊で埋まるだろう。


「オーガだ。重装兵は岩場の援護!」


前線の士官は良い判断だ。オーガは怪力のうえ頑強なので、軽装の兵士には辛いだろう。本隊の渡河はまだ続く…前線を押し返せ。その時、仮設の橋のひとつが崩れた…工兵め!仕事が雑だ。


また、ひとつの橋が壊れた。よく見ると川の水が濁り増水している!泥水の中から複数の人影が飛び出した。渡河中の兵士に切り付けあるいは足をすくうて、増水した川に兵士を付き落とす。


仮設の橋は次々と崩落し本隊は大混乱に陥った。



◆◇◇◆◇



 その少し前、川の上流では石を積んだ急造の堰が切られた。堰に満たされた泥水が一斉に川を下る。


泥水が流れとなり次々と大小の堰を破壊して行くと、ひとつの大きな濁流となった。河トロルたちは増水した濁流を見ると、嬉々として川に飛び込んだ。水中は彼らの領分だ。


ましてや泥水は彼らが普段から生活している環境だった。


◇ (あたしはご主人様に託された、イルムドフ軍の渡河地点と作戦動向を書いた手紙を河トロルの長老へ届けた。その後に、上空から河トロルたちの破壊工作を眺めつつ、たあたしは魔物の軍勢の本隊へ戻った。魔物の軍勢はニビが魔物の森から呼び集めた者たちよ。…どういう経緯かご主人様は河の濁流に流されていたのは…何か無茶をしたらしく心配だわ)


………


岩場には岩オーガの生き残り達が集結していた。その中に狐顔の幼女ニビがいる。


「次はお前たちの番じゃ。ニンゲンを蹴散らせ!」

「「「「「-HUGAAAAAW!-」」」」」


鬨の声を上げて岩オーガたちは岩場を越えて姿を現した。転がる岩を拾い先陣の兵士に投げつける。動きの遅い重装の兵士には良く岩が当たる。むしろ軽装の兵士の方が逃げ足が速くて被害も少ないようだ。



◆◇◇◆◇



 草場に向かった偵察隊は見通しの良い草地の地形に安堵していた。


「こんな場所に伏兵は無いだろうが……」


草場は所々に川から取り残された葦よしが生えているが、見通しの良い水の枯れた河川敷のようだ。


ところが、葦よしの陰から死角から走る。爪!-牙!-爪!


「ぐっ…」「あぁ…」「へぅ…」「……」


瞬く間に兵士の喉がカッ切られた。


「GUHA ニンゲンの血は ウマイぜ~」


血に塗れた狼顔の男が爪を舐めた。



◆◇◇◆◇



 沼地に向かった偵察隊は意外な敵に遭遇していた。


「オークだと! まだいたのかッ」


見ると沼地を取り囲むように粗末な武器を持ったオークの集団がいた。逃げ場はいま来た道を引き返すしか無い!偵察隊の全員に手で合図をおくり一斉に踵を返す。


その時、泥の中から人影が立ち上がった。


「!…」


ありえない。人が潜れる深さの泥沼など無かったハズだ。偵察隊の全員はありえない角度からの攻撃で意識を無くした。



◆◇◇◆◇



 渡河の途中で仮設の橋が次々と崩落し、増水した川の泥水からの奇襲を受け、大混乱となったイルムドフ軍の本隊は分断された。

前方は渡河を終えて対岸のオーガと交戦している。中盤はいまだ混乱の渦中にある。後方は川を渡れずに右往左往し始めた。


そういえば弓隊はどうしたのか、牽制でも威嚇でも良いから川面を撃たせよう。しかし、後方の川岸では騒ぎが発生していた。どうやら向こうでも戦闘が始まった様子だ。


イルムドフ軍の司令官は本隊中盤を叱咤激励しつつ最も戦況が良い先陣に合流した。先陣は本隊の合流もあり、オーガの攻勢を跳ね返しつつある。岩場の丘を奪取したいと思う。


その時、対岸の左手からオークの一団が現れた……かなりの多数だ。さらに横手から狼男の集団が姿を見せる。こちらは少数だが……。

マズイ!この時に敵の増援では先陣の防衛線が崩壊してしまう。しかも魔物の動きは統制が取れている。


どこかに、魔物の指揮官がいるハズだ。岩場に近づくとオーガの群れの中にひとり目立つ狐顔の幼女がいた。


「あれか! 魔物めッ」


この世界の武人は恐ろしい。イルムドフ軍の司令官は体内の魔力を筋力や持久力に変換し己の武勇にまかせて突進した。


ひとり、武勇を見せるイルムドフ軍の司令官の剣閃が狐顔の幼女ニビに迫る!


僕は咄嗟に肉体強化を全開にして司令官に飛びつき……マントの裾を掴まえた。


「なっ離せ!」

「ぐっ…」


僕と司令官はニビの二本の尻尾に叩き伏せられた! 意識が飛んだ。


………

……



◆◇◇◆◇



その後のニビの話では、敵の司令官は岩オーガたちに捕えられたそうだ。


イルムドフ軍の先陣と本隊はオークの軍団と狼男の部隊の参戦で半数が死亡し、残りの多くは捕えられた。

また、逃げ出した者は泥沼に嵌り、川に流されて戦闘不能になった。いずれ捕まるだろう。


渡河中の兵士は河トロルたちが川に沈めた。対岸に残っていた弓隊と補給部隊は魔物の残党(子鬼族、蜥蜴族、鼠族など)の襲撃で敗走した。

最後まで残って抵抗したイルムドフ軍の本隊半数は、敗残の兵士と負傷者を抱えて撤退したそうだ。


これにて敵軍の渡河作戦は失敗に終わり。魔物側の勝利となった。


この戦いに参戦した魔物の族長が集まり約束を交わした。


・川で死んだニンゲンは河トロルの物とする。

・川の西で死んだニンゲンは岩オーガの物とする。

・川の東で死んだニンゲンは子鬼族、蜥蜴族、鼠族など止めを刺した者の物とする。

・川の西で捕えたニンゲンは森へ連れ帰り森の魔物で分ける物とする。

・川の東で捕えたニンゲンは捕えた者の物とする。

・この戦い以降で逃げたニンゲンは最後に捕えた者の物とする。


僕は全身の骨が折れて、動けなくなった。死んでいないのが奇跡だ。


ニビが顔を赤くして言う。


「こ、今回は、すまなかったのぉ」

「…うむぅ」

「ピヨピヨ…」

◇ (だいたい、あたしが目を話した隙に…)


よく見ると泣き腫らした様に目が赤い。涙目を擦ったのだろうか。


「だいたい、わらわは悪くないのじゃ」

「…うえぇ」

「ピヨピヨピヨ!」

◇ ((マキト)ちゃんが無茶をするのがイケナイのよ!)


ニビは目を吊り上げ怒った風に言う。


「お前が急に飛び込んで来るのが…バカなのじゃ!」

「…うぐぅ」

「ピヨッ!」

◇ (あたしも、激しく同意した)


僕は全身の痛みと骨折による発熱でひと言も話せなかった。


「ピーヨー」


ピヨ子が悲しげに泣いた。





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