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無色魔法使いの異世界放浪ちゅ ~ 神鳥ライフ ◆◇◇◆◇  作者: 綾瀬創太
第十七章 霧の国イルムドフの落日
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ep218 製糖工房の甘味も苦い

ep218 製糖工房の甘味も苦い





 僕は侯爵閣下の肝入りに建設された製糖工房を訪れた。会談と交渉の結果として白砂糖の製法を伝えるため僕は技術指導を行う。


南海貿易で取り寄せた砂糖キビは細かく粉砕されて絞られ樹液の様な糖蜜を抽出する。糖蜜を煮炊きして水分を飛ばせば黒糖の塊となる。その黒糖の塊を粉砕して黒蜜と糖蜜の混合物とする。


白い砂糖を精製するには各工程で成分を分離して不純物を取り除けば良いのだから、成分に応じた精製手順となるのだ。僕は侯爵領で試作した遠心分離機を起動した。


ぎゅいーん。回転音も軽快にドラムが回転する。製作を依頼した侯爵領内の魔道具職人も優秀と見える。


「こいつで、黒蜜を比重別に分離します」

「ほおぉ~」


珍しい遠心分離機に工房の職人が集まる。おおまかに黒糖と糖蜜と搾りかす等の不純物をより分ける事が出来た。


「次に沈殿と濾過の行程になります」

「ふむふむ…」


活性炭を詰めフィルターを重ねた樽へ黒糖を注ぐ。完全に不純物から色素まで取り除くには時間も手間もかかる。


「そして、最後は結晶化の行程になります」

「なるほどッ」


糖蜜を煮炊きして水分を飛ばすと高温に糖質が変色して褐色を帯びた結晶が出来る。侯爵領の既存の方法では、ここまでが限界だった。僕は独自の魔法を振るう。


「糖蜜の容器を閉ざして…【容器】【減圧】」

「っ!」


無色の糖蜜で満たされた樽を魔力で形成した仮想の容器で包み内部の気圧を下げると、沸騰する様に蒸気が上がる。


「水蒸気が立ちますから…【排気】【速乾】」

「…」


そこから水分を排出すれば、常温でも乾燥が出来る。製糖工房の職人たちは絶句して見つめるばかりだ。


………



製糖工房での技術指導は済んだ。精製の各工程には大きな問題も無くて細部に注意を与える程度だった。職人の負担を軽減するために試作の遠心分離器を導入したが、今後の性能向上は魔道具職人の手に委ねる。


最後の結晶化の行程には四つもの独自魔法が必要だが、工房の職人の努力により工業化が行われる事を期待しよう。僕はひと仕事を終えて現実を直視した。…技術指導など逃避の一環に過ぎないのだ。


「はぁ…」

「婿殿よ。そう気を落とす物でもあるまいッ」


ため息を付く僕の隣には、婚約者となったサリアニア侯爵姫がいる。グリフォンの英雄という虚名もここまで来たか。新任の男爵に過ぎないマキト・クロホメロス卿に侯爵姫殿下が嫁ぐには家格の差に問題がある。そこでクロホメロス卿を昇爵させるか、侯爵姫殿下を降家させるかという手段となるが、おそらく後者の方法となるだろう。


「サリア様はそれで、宜しいのですか?」

「当主の決める事に依存は無い」


そう、サリアニアは何時も侯爵姫殿下だ。我侭な放蕩娘に見えても侯爵家の意向を尊重する。それにしても姫殿下のお歳はいくつだ。お噂では帝国の幼年学校を中退されてから…ひいふうみいと数えてみると…十二か十三ぐらいだろうと思う。


それでもサリアニア侯爵姫殿下が示す帝国貴族としての知識も武勇も外交手腕も遜色は無いのだが、地方の開拓村の領主に過ぎない僕の所へ嫁ぐと言うのは急な話ではないか。…いや、数年も前から仕組まれていたと見るべきか。


そんな僕の逡巡にも関わらず事態は急変を告げる。


「ご報告。帝国軍がイルムドフへ攻め入りましたッ」

「なにっ!」


凶報は突然にやって来る。




◆◇◇◆◇




霧の国イルムドフの貴族議会は紛糾していた。アアルルノルド帝国からの宣戦布告と領土への侵攻の事態にも有効な結論を得ない様子だ。


「徹底抗戦の上に領土の防衛を図るべきだッ!」

「…帝国軍とて町を焼き尽くす訳ではあるまい。ここは静観して外交と交渉を…」

「…何を呑気なッ。我々は退避するぞ…」


国論は二分三分されて無為に時間を浪費する。


「ええい。防衛軍は北部平原に陣を敷けッ!」

「…王都は防備を固めて、町の住民の避難と誘導は任せる…」

「…こんな事なら帝国へ…」


それでも緊急事態に各自が動き始めた様子だ。


アアルルノルド帝国は飾って表現しても覇権国家であり、侵略を旨とする軍勢を毎年に終結し周辺地域を圧迫している。周辺国は外交だ同盟だと約束を交わし、朝貢か友好使節かと帝国へ媚を売る。


大陸の北西に位置する北の三国は同盟を結んで帝国に対抗していたが、今や帝国の内部工作で結束も崩壊し内部抗争をして国家は滅亡への道を進む。帝国の覇権は大陸の東端まで達し、僅かに残った独立国であるイルムドフは帝国の軍事的な圧力を直接に受ける立場となった。


帝国の歴史に鑑みれば、旧アルノルド帝国の周辺にも列強国が覇を競っていたが、興亡の勝利者としてアアルルノルド帝国が残ったのだ。




◆◇◇◆◇




 僕はタルタドフの領地へ帰還する方法を探していた。最速の飛行ルートで単身に帰還するには金赤毛の獣人ファガンヌの協力が必要だ。彼女がグリフォン姿に変化すれば氷雪山地もひとっ飛びにタルタドフへ帰還できるだろう。


しかし、僕は金赤毛の獣人ファガンヌを飛竜山地の牽制に向かわせた。結局に、僕は宿場町ベイマルクの惨状を放置できなかったのだ。それは依頼するまでもなくグリフォン姿のファガンヌは単騎で飛竜を狩ると言う。体躯の大きさで見ても飛竜はグリフォンの何倍も大きい。


大胆にも飛竜山地へ赴き獲物として手頃な若い飛竜を狩ったファガンヌは、その肉と素材を冒険者ギルドへ売却し帝国金貨を得て飲み放題と食い放題の資金としていたらしい。冒険者ギルドではグリフォンの英雄が姿も見せずに飛竜を狩っているとの噂が絶えないとの報告もある。…英雄の虚名伝説がまたひとつ増えた。


普段の狩りの気軽さで金赤毛の獣人ファガンヌは出掛けたが、数日は戻らないと思う。


「それにしても、婿殿も豪胆な者よのぉ」

「座して待つぐらいなら、先へ進みますよッ」


僕らは船上の人となった。南海貿易の積荷を降ろし空舟となった武装商船リンデンバーグ号に便乗して海路からイルムドフの港へ入る計画だ。帝国の名産品を積荷とするのは偽装である。


「戦場でも海上封鎖はされておらぬが、間に合うのか?」

「間に合わせますッ」


初戦の戦果は帝国軍が優勢と聞いている。早くにイルムドフの防衛軍が敗退する事もありうる。僕らが到着する頃には紛争も終わっているか。陸路を行くより海路の方が早くて障害も少ないと思う。


この時点では、航海の先も後悔する事も僕は知らない。





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