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無色魔法使いの異世界放浪ちゅ ~ 神鳥ライフ ◆◇◇◆◇  作者: 綾瀬創太
第十七章 霧の国イルムドフの落日
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ep216 伯爵令嬢と爆発の実

ep216 伯爵令嬢と爆発の実





 僕らは失われた山の民の城門を通過して帝国領内へ入った。正確には国境の町キサシが存在するのだが夏季は閑散にして移動小屋の住民も少ない。キサシの流浪民も夏季は移動小屋に乗りゲフルノルド国内の物資を流通する役目を担うらしい。僕らは城門で調達した荷馬車に乗り帝国領内を進む。


そんな季節にも白い少女オーロラの事を思い出す。彼女はゲフルノルド国内に残った筈だが、今はキサシの町にもオーロラの実家は無い。ゲフルノルドとアアルルノルド帝国の間には飛竜山地があり疾く特徴的な三連山が見える。遠目に山の上を飛ぶ影は飛竜だろうか。神鳥(かんとり)のピヨ子は白鳥の姿で飛び去った。普段は空を行く鳥に駝鳥の姿で地上を走るのは窮屈だったらしい。


「失われた山の民の男衆にも色々とあって、好戦的な男には負けて遣るのも心遣いよッ」

「はっ、それで男の矜持が守られたと?」


サリアニア侯爵姫の独白にも驚くが、さらに続ける。


「町の顔役には領地経営の苦境も、見て見ぬフリが温情と言えよう」

「ふむ。侯爵姫殿下の温情ですか……」


僕は釈然としないが、サリアニア侯爵姫の外交センスに恐れ入る。男衆の稚戯などお見通しと言う事か。ガラガラと街道の悪路を進むと次第に路面は砂利引きの整地がされて、宿場町ベイマルクへ到着した。


ベイマルクはアアルルノルド帝国の西の玄関口で、街道筋に北は大都市アルノルド、西は帝国の属領ゲルフノルド、東は帝国の穀倉地帯へ通じる要衝の町だ。昔は関所も兼ねたと見える町の入口は壁を築いて帝国の西へ睨みを利かす様だ。僕らは入市税を払い町へ入った。


通りには荷物を乗せた荷馬車が行き交い倉庫や役馬を扱う店が目立つ。


「馬車を調達しよう」

「っ!」


荷馬車の乗り心地に辟易としていたので、僕の提案は受け入れられると思えたが、それを遮る声があった。


「侯爵姫殿下とお見受けします。どうか屋敷へお越し下さいませッ」

「ご招待に快く応じましょう」


貴族家の従者と見える男へサリアニア侯爵姫が応えた。既に帝国領の内では冒険者の旅姿でもサリアニア侯爵姫の姿を見咎める者も多い。


領主の屋敷へ招かれるのは想定の内だろうが、サリアニア侯爵姫は不機嫌な様子と見える。


伯爵家の応接室は美形の護衛を取り揃えて居心地が悪い。…伯爵のご趣味か。


「サリアニア様。よくぞ、当家にお越し下さいまして、光栄に御座います」

「うむ。エメイリア、久方ぶりである。伯爵殿もご壮健であられるか?」


ラドルコフ伯爵家の領主代行エメイリアはサリアニア侯爵姫とも顔馴染みの様子で気軽に答えた。しかし、お付きの女中(メイド)スーンシアが僕に耳打ちするのは、どういう意図か。


…(スーンシアの同時通訳:サリア様。伯爵家に挨拶するのは当然の事でしょう)

…(エメイリア如きではなく、伯爵殿ご本人であれば接見を許すが?)


「はい。父上は病後の療養も順調にて全快の兆しにございます」

「ふむふむ。お会いできるのを期待しておる」


…(はい。明日にでも、くたばっちまいーな状態ですよぅ)

…(冥土の土産は持たせた様子かのぉ)


伯爵本人はご病状も不明で危ういと見做されていた。エメイリア伯爵令嬢が意外な頼みをする。


「それでは、当家にご滞在の上に姫様の冒険譚をお話頂きたいものだわ」

「おほほ、多忙なる伯爵家の領主代行様に、無駄話なぞ聞かせられようかッ」


…(放蕩娘に心配される筋合いでは無くってよッ)

…(領主代行の役職も過分にして、無能に暇を持て余すか)


サリアニア侯爵姫の反応は無碍と言うもの。するりと躱す。…って全然避けて無いから!真向勝負の殴り合いだからッ!


「いいえ。勿体無きお言葉にして、流転の身の上を案じております」

「ふん。伯爵家には後日に、侯爵家からお礼の品を届ける」


…(侯爵家から辺境のタルタドフへ放逐された姫が、何を偉そうなッ)

…(未だ、侯爵姫の地位は健在なり。あとで伯爵家から脅迫状が届くであろう)


礼儀正しく恩義に報いる姿勢と見える。


「有難き幸せに御座います」


…(くっ、小娘がッ…今に見ておれよ…)


恐縮して姿勢を正す、エメイリア伯爵令嬢の姿があった。


…げに貴族社会は恐ろしい。




◆◇◇◆◇




そこは飛竜山地にも程近い山中にある水溜まりをナーム湖と言う。水面に白鳥が舞い降りる。ずざざざー。と水面が盛り上がり水龍トールサウルが小島の様な姿を現した。


「水龍があらわれたぞッ!」

「退避ぃ~」


湖畔で人族が騒いでいる。


…小娘かッ、よく来た。鱒でも喰っておれよ…


◇ (水龍トールサウルが話しかけて来るけど、何の事も無いわ。お爺ちゃんも食事の時間だもの)


秋の収穫期だと言うのに祭壇へ供えられた供物は少ない。しかも、好物の貝玉が無かった。


-GYABOOOSHUU-


珍しく水龍トールサウルが鼻息を吐いて不満を漏らした。


「ひいぃぃ~」

「退避ッ、退避ぃ!」


途端に人族の男たちは逃げ出す。昨今の輜重部隊は腰抜け揃いと見えて興味を失った。


…どうじゃ、湖鱒は旨かろう…


◇ (あたし神鳥(かんとり)のピヨ子は水龍の出現にも堂々と泳ぐ湖鱒を捕えてひと呑みにした。つるりと跳ねて瑞々しい美味しさだわ)


…最近は、湖鱒を狙い飛竜どもが降りて来よる。奴ら増長しておるのぉ…


◇ (あたしの知る所では無いわね。ご主人様(マキト)は気にするかも知れないけれど)


…小娘のご主人様(マキト)とやらは、我も気になる者ぞ…


◇ (貢物に貝玉が無いぐらいで激怒するような…お爺ちゃんには紹介できないわッ)


…くくくっ、小憎らしい事を言いおる…


今の水龍トールサウルは、すっかりお爺ちゃんと小娘の会話を楽しむ独居老人の姿だろう。




◆◇◇◆◇




ラドルコフ伯爵家のサロンではエメイリア伯爵令嬢が寛ぎ招待客の僕は居心地が悪い。エメイリア伯爵令嬢の叱責が飛ぶ。


「それで、逃げ帰って来たと言うのッ?」

「はっ、申し訳ありません…」


平身低頭する男は美形を隠して項垂れた。下手な良い訳よりも全面降伏を選んだらしい。


「もう、良いわッ!フランクに代わりなさいッ」

「はっ、仰せのままに…」


この嫌な役目も同僚(ライバル)へ押し付けられるのであれば僥倖と言える。ニヤリ。微笑を隠して美形の男は引き下がった。


「お嬢様。彼らには荷が重いのでは?」

「黙りなさいッ、あなたは馬の世話でもしていれば良いのよ」


ご心配を申し上げるのは護衛の男ケーニッヒだ。僕は以前に水龍トールサウルの棲むナーム湖まで同行して彼を見知っている。


「それよりもマキト様っ。爆発(ポメ)の実を狩に行きましょう」

「ほう…」


それは秋の収穫にぶどう狩りとか梨狩りとか言う優雅な貴族の遊びか。


………


伯爵家が用意した馬車に乗り宿場町ベイマルクの郊外へ向かうと街道の脇で荷駄を積み替える馬車があった。それも一台や二台ではなくて多数の荷車を横付けしている。


付近の農民が現金収入として荷駄を運び宿場町ベイマルクの関所を通過するという。住民特権を利用した関税逃れだ。


「取り締まらなくても、宜しいのですか?」

「そんな必要もありませんわ」


領主代行のエメイリア伯爵令嬢の馬車が通ると、お目こぼしに感謝してか荷駄を引く農民たちは平伏して見送る。住民たちには大目に見ても通行税を逃れるのは帝国に対する脱税罪が適用されそうだ。


「おぉ~」

「こちらが、狩場になります。ではご健闘をお祈り致します」


そこは見渡す限りに爆発(ポメ)の実が栽培された農園だった。伯爵令嬢は馬車を取って返し引き揚げた。あれれっ…爆発(ポメ)の実を狩りに来たのではないか。


用意されたのは特大の爆発(ポメ)の実。…危険物である。


「皆さまには、こちらの爆発(ポメ)の実をお嬢様の所まで運んで頂きます。…それでは、用意…始めッ!」


執事と見える家令の号令で、一斉に飛び出す男たち。伯爵令嬢がお気に入りの美形の姿もある。


「恩賞は俺様が貰うぜッ」

「…姫様のご寵愛を我が手に…」

「…うひぃ~あんな事やこんな事も…」


どうやら、エメイリア伯爵令嬢の手ずから恩賞が貰えるらしく欲望に塗れた男たちが競争を始めた。僕も特大の爆発(ポメ)の実を手に先を急ぐ。


農園は広大で体力勝負になりそうだ。


「おぉっと!」


農道に子鬼(ゴブリン)が飛び出して来た。子鬼(ゴブリン)は農園の害獣の扱いで駆除されている筈だが、競争の障害に混入したのか。


ここで子鬼(ゴブリン)を倒すのは容易だが、僕は特大の爆発(ポメ)の実に細心の注意を払う。


「相手にしてられんッ…【柔軟】【加速】」


僕は体術で子鬼(ゴブリン)の攻撃を躱し、魔力による身体強化に任せて追手を振り切った。


「ぬぅぅう。俺様が先着だッ」

「ぐっ…」


先頭を争う男たちに落伍者が現われた。農道に醜態を晒すのは、血まみれではなく爆発(ポメ)の実の果汁だ。


「おほほほ、先頭は誰かしら…」


じゅるり。遠見の魔道具で観戦するエメイリア伯爵令嬢は舌なめずりをする。…下品にも程がある。


-BOMF-


またひとつ爆発(ポメ)の実が炸裂した。血濡れの美男子は伯爵令嬢の好物だ。じゅるり。…ご趣味は解りかねる。


-BOMF-


「ぐあっ!」


犠牲者が爆発で負傷した。悶える男の姿も伯爵令嬢の快感となる。いいわぁ。…その嗜好は悪辣すぎる。


それでも、多大な犠牲者を出して競争に決着を見た。僕は目的地の手前で爆発(ポメ)の実を処分する。


「失礼するッ…【容器】【圧縮】」

「最後まで、走り抜けて下さいましぃ…」


上気した顔でエメイリア伯爵令嬢は言うが、悪趣味には付き合い切れない。





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