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無色魔法使いの異世界放浪ちゅ ~ 神鳥ライフ ◆◇◇◆◇  作者: 綾瀬創太
第十七章 霧の国イルムドフの落日
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ep212 焼き窯の秘密

ep212 焼き窯の秘密





 朝食の席へ女騎士のジュリアが駆け込んだ。緊急の知らせらしい。サリアニア侯爵姫が報告を促す。


「何用か、申して見よッ」

「はっ、今朝方に捕えた潜入者が口を割りましてございます…」


女騎士のジュリアの話では、開拓憲章に違反の容疑で捕えたご老体を締め上げた所にあっさり自白をしたと言う。まさかご老体を拷問したのか。ジュリアのビキニ鎧を眺めて熟考する。


「それで?…潜入者は何を調べておったのか」

「本人は菓子職人と申しておりますが、本当の所は何とも…」


自称菓子職人のご老体の事だ。ジュリアの細腕に捕まれては抵抗も出来ないだろう。


「実際に菓子でも作らせて見るのが面白かろうて」

「マキト様。宜しいのですか?」


サリアニア侯爵姫は菓子職人に興味を惹かれたか面白がる様子に、ジュリアが怪訝に尋ねた。


「まぁ、良いだろう」

「…」


話が変な方向へ進んでいるが、僕は曖昧に頷く。


………



早速にご老体を屋敷の厨房へ案内して得意の菓子を作らせた。監視と助手に女中(メイド)姿ののスーンシアが付き様子を見る。菓子の製作が順調であれば午後のお茶の時間に間に合うかも知れない。


厨房では僕がメルティナお嬢様の為に用意した特製の焼き窯も埃を被り御用命を待つばかりだ。温泉旅行から帰還しても新作のケーキは披露されていない。そんな焼き窯も久しぶりに火を入れられて性能を発揮した。


「爺さん。火力はこの程度で宜しいか?」

「うむ。もう少し弱火に絞るのじゃ」


ご老体は熟練の菓子職人らしく竈の火加減を見て温度を判断した。主に皮膚感覚による温度検知だろう。僕は焼き窯の助手として火加減を制御している。特に火魔法と氷魔法の使い手には好評でも一般人に焼き窯の制御は難しい技術だ。


「ぐぬぬ…」

「お若いの、中々の腕前であるよッ」


こんな所でご老体に褒められても嬉しくは無い。半時程も火加減を続けて何度か焼き加減に失敗しつつも、満足のいく焼き菓子が完成した。


「ふひぃ~熱さに負けたぁ」

「ほっほっほ、修行が足りぬのぉ」


結局、自称菓子職人のご老体が焼き上げたのは王都イルムドフの名店フジェツドが作る菓子と遜色のない出来映えだった。


それは非常に薄い焼き菓子で歯触りも軽く焼きたての小麦のパンにも似た香ばしい風味だ。僕は焼き加減に失敗した…その薄く可憐な焼き菓子を取りひとくち齧る。表面は固いものの口の中で柔らかく溶ける。この薄さと軽さが全ての焼き菓子を凌駕して儚い。


「うーむ。炭酸が足りないか…」

「何じゃとッ!」


炭酸煎餅に似た焼き菓子と評価した。僕の呟きを聞き咎めて血相を変えたご老体が喰い付いた。


「…ただの失敗作ですよ」

「ここの料理長に合わせてくれッ!」


僕は失敗作の摘み食いを注意されたと思ったが、ご老体の要望は異なるらしい。既に完成品の焼き菓子は女中(メイド)のスーンシアがサリアニア侯爵姫のサロンへ運んだ後である。片付けに残った女中の数も少ない。


「料理長は体調不良で療養中なのです…」

「うむ。それは残念至極であるッ」


適当に誤魔化して煙に巻くも、ご老体の様子がおかしい。そのまま興奮が行き過ぎた様子で(くずお)れる。


「わっ、爺さん!」

「…」


厨房に倒れたご老体は町の治療院へ運ばれた。




◆◇◇◆◇




午後のお茶会は屋敷の上階にあるサロンで開催される。本日は開拓憲章に違反の容疑で捕縛された自称菓子職人のご老体が製作した焼き菓子が披露された。


「サクサクのふわっふわであるッ」

「その様で…」


あまりの美味しさに、サリアニア侯爵姫の語彙も衰えたか率直な感想である。薄焼きの菓子は出来たての軽い食感が特徴で最高の状態はひと時しか維持できない。


「これはフジェツドの菓子であるか?」

「左様に御座います」


以前に船旅でイルムドフの王都へ寄港した際に買い求めた焼き菓子と相違ない出来映えだ。ご老体の自白の上に身元調査をすれば、数日前に開拓村(マキト・タルタドフ)へ移住申請をした事も判明している。


罪状は開拓憲章に違反の容疑であるが、新規の移住者であれば情状酌量の余地もあろう。この集落の特殊性を鑑みれば獣人への差別を禁じた開拓憲章にも制定の意図は見える。あとの事は領主殿の賢明なるご判断に任せるとしようぞ。今はこの焼き菓子を堪能したいものだ。


サリアニア侯爵姫は新たな焼き菓子を手にした。サロンの人員を排除して尋ねる。


「ジルよ。首尾はどうか?」

「マキト様の関心は…胸にある模様ですッ」


確かにマキトの視線は女騎士ジュリアの胸部に集中している様子だった。


「ほほう、そなたの無駄肉も役に立てようぞ」

「いえ、お嬢様。クロホメロス卿の視線は…この辺りに集中していますわ」


女中(メイド)のスーンシアは、短いスカートの裾から覗く絶対領域を指し示す。


「ふむ。領主殿も好き者よのぉ…」

「…」


サリアニア侯爵姫のご判断はいかに。結論の前に懸案を尋ねる。


「白砂糖の精製所の方は?」

「職人の話では、マキト村長がお一人で最終工程を担当されていると…」


女騎士ジュリアの報告に頷くサリアニアは何を思うのか、


「やはり、そうか…領主殿が全ての秘密を握るか」

「夜襲を仕掛けますか?」


過激な提案をするのは意外とスーンシアの方だ。


「それも一案であるッ」

「…」


当然の様にサリアニア侯爵姫の回答を待つまでも無く策謀する二人であった。




◆◇◇◆◇




夜半に町の治療院で目覚めたご老体は傷病人とは思えぬ身の軽さで跳ね起きた。


「はっ、こうしてはおれぬッ」


マキト・クロホメロス男爵の屋敷の厨房では、上質の小麦粉と米粉に新鮮な鳥の卵や牛と山羊の乳からバターにチーズもあり、さらに最高品質の砂糖と塩が揃っていた。


「それにしても、厨房の小僧があの焼き窯を扱うとはッ」


辺境の開拓村で、しかも男爵家の別邸でしかない屋敷の厨房に最新式の焼き窯が設置されているとは夢にも思わない。


「しかも、魔力による火力の調整は見事な物じゃ…」


駆け出しとしか見えぬ若者が最終工程の焼き窯を扱うという事実だけでも衝撃である。老舗の菓子工房ではありえぬ人事だろう。


「ここの料理長は余程の豪胆な者らしいッ」


病棟の巡回に来た人の気配に気付いたか、ご老体は躍動して窓を飛び越えた。木戸は軋みもせずに開閉する。


「フジェツドさん。お加減は……っ!!」


ご老人は姿を消した。





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