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無色魔法使いの異世界放浪ちゅ ~ 神鳥ライフ ◆◇◇◆◇  作者: 綾瀬創太
第十七章 霧の国イルムドフの落日
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ep211 潜入する者

ep211 潜入する者





 僕はタルタドフの領地に帰還して生産職と領地の治水事業に専念した。町の新市街に建設した水道は石工たちの働きで完成しており泉を飾る彫刻も建立されている。


その水道とは別に工房へ引き込む為の水路を建設した。最早に水路の建設に使う土木魔法にも手慣れたもので、岩オーガたちの手を借りるまでも無い。工房では白い砂糖を精製するために大量の洗い水が必要だ。


「マキト村長。最終工程に入ります」

「おう。今行く…」


製糖の最終工程は精製された糖蜜を乾燥させて上白糖に結晶化させる行程だ。


「それでは、始めるぞッ…【容器】【減圧】」


-PhUuu-


容器の魔法は空間に仮想の容器を設置する。その仮想した容器で糖蜜の鍋を包み込み内部の気圧を減圧するのだ。減圧された糖蜜から湯気が上がり水分が抜けてゆく。この容器の魔法は有用で限定された範囲でのみ魔法の効力を発揮する。


「順調ですねぇ」

「うむむっ…【排気】【速乾】」


僕はさらに魔力を注ぎ減圧を続ける。最終工程の糖蜜を煮炊きして水分を飛ばす方法もあるが、それでは白い砂糖は得られない。しかし、褐色のザラメの風味の砂糖も良い物だろうと思う。


十分に低温で減圧した後に乾燥した糖蜜を外気に晒すと結晶化した。…何度やっても結晶化するタイミングが難しい。


「マキト村長。成功です!」

「うむ。後は頼むよ」


僕は製糖工房を後にした。




◆◇◇◆◇




そこは古都アルノルドの郊外に建設された侯爵家直属の工房である。シュペルタン侯爵家の肝煎りに建設された工房では甘い糖蜜の匂いが漂い、むせ返る様な熱気に包まれていた。


「どうして、こんな色になるのじゃ!」

「設備の問題としか、思えません…」


工房長と見える老体が檄を飛ばすが、職人の反応は思わしくない。既に何度目か白い砂糖の精製を試みていても結果は不出来だ。


「早急に侯爵閣下へご報告せねばならぬッ。原因を調査するのじゃ!」

「はっ」


侯爵閣下の威光を借りて命じると、職人たちの動きが慌ただしくなった。ここでの頑張りが今後の出世にも転落人生にも影響するだろう。そんな打算と恐怖が入り交り侯爵閣下の特命が実行される。


「白い砂糖の秘密があるのなら、探らねばならぬッ…」


工房長の独白は作業の喧騒に掻き消された。




◆◇◇◆◇


開拓村(マキト・タルタドフ)は人口増加と産業の発展もあり町と言っても過言ではない。新市街は住宅が建ち並び森林伐採も進んで木材が不足し始めた。そのため町の郊外には質の悪い灌木と泥を日干し煉瓦にした小屋や草庵も多い。


そんな郊外のさらに南には荒野を開拓した畑と農家がぽつぽつと見える。彼らは優良な農家にして町の近郊で新鮮な野菜を提供する許可を得た成功者だろう。タルタドフの土地は寸土と言えども領主の割り当てと許可を必要とする専権事項である。


領主に許可された農場は町への作物の提供と同時に納税の義務を負っている。その新鮮な野菜を買い取る為に農作物を扱う市場を開業した。市場では町の商店へ卸す為に目利きの仲買人が大口の買い付けを行う。農家としても直販して小口に稼いだ方が単価も高いのだが、販売には手間も暇もかかる。それならば大口に買い付ける仲買人へ利を渡しても引き取って貰う方が農作業へ専念できて楽だろう。


農業市場は早朝の開催で日の当らぬうちに新鮮な野菜が取引される。そんな市場の集客を目当てにしてか、卸し売り市場の周辺には露店が立ち並び行商人も活況を呈している。


「商売繁盛のご様子ですねッ」

「いらっしゃいませ、マキト村長……本日は市場の視察ですか?」


町の有力者となった商人のベンリンは市場の仲買人も務める大商人だ。


「市場調査に、個人的な買い付けさ」

「ほぅほう、私どもの取り扱いをご覧下さいませッ」


その町の活気と庶民の台所事情を見るには市場へ出かけるのが良い。平均的な食糧価格と庶民の嗜好が良くわかる。さらには国内情勢までも知り得るだろう。


「気になる噂があるのだが…」

「それは?」


僕は町の情報通でもある大商人のベンリンへ相談してみた。ならば、現場を直接に視察するのが良かろうと新市街の東の外れに向かう。そこは開拓当初に掘った用水路の畔で、河トロルの草庵と人族の民家が並び立つ珍しい場所だった。


「川住まいの獣人なぞ、臭くて適わぬッ!」

「新参者めッ、口を拭うが ヨイ♪」


早朝から人族のご老人と河トロルの獣人が口論をしていた。


「ふん。黙るのは獣人風情よのぉ…」

「爺様とて 容赦はせぬゾ♪」


年甲斐も無く掴みかかる様子に河トロルの司祭が仲裁する様子だ。僕らは野次馬に紛れて見ているばかりだ。


「これッ! 両者とも、止めなさいッ♪」


「煩さし、ゲコ顔が増えたかッ!」

「堪忍の尾も切れた…ワロス♪」


-PYIIII!-


警笛の音。町の自警団が到着したらしい。


「開拓憲章に違反であるッ。神妙にお縄に付けぇ!」

「ぬっ…」

「!…」


騒動を起こした二人は自警団にひっ捕らえられた。


「マキト様。ご無事で何よりです」

「うむ…」


密かに僕を守る河トロルの護衛が知らせたのだろう迅速な働きだ。町の自警団に同行したと思われる女騎士のジュリアは極小の鎧を着て平然としていた。…いや羞恥を忘れたと言うべきか。


所謂ビキニ鎧にして胸部装甲は自前の肉厚に薄布と見える鎧だ。よく布地を観察すると耐寒と耐熱の呪印が刻まれて常時に発動しているらしい。…おおっと危ない。女性の胸部をガン見するなど危険な行為だ。


「マキト様。どうかされましたか?」

「い、いや……あの、ご老体の素性は分かるか」


僕は視線を誤魔化して女騎士のジュリアに尋ねた。夏の日差しも早朝には穏やかで、肌寒さを感じないのだろうか。


「はっ、早急に調査致しますッ」

「…」


そう言って自警団の詰所へ向かう臀部を追うと薄布に持久力と敏捷性を向上する呪印が見えた。いくつも常時発動型の呪印を使用しては魔力の消費が激しい物と思われる。


そんな心配を余所にして僕は早朝の視察を終えた。


………



朝食は毎日欠かさない主義だ。サリアニア侯爵姫もその習慣で、朝食の時間が重なる事も多い。そういえば、南海交易の成果を持ってサリアニア侯爵姫は実家の領地へ里帰りしていた筈だが、早々に再び開拓村(マキト・タルタドフ)を訪問した。そんなに、サリアニアの拘る物がこの領地にあるとは思えない。


「サリア様、ご実家は如何でしたか?」

「うむ。可も無く不可も無くよの」


サリアニア侯爵姫にしては珍しく婉曲な答えだ。


「夏も終わりに近くて、寒くはありませんか?」

「ふん。(ぬし)とは鍛え方が異なるッ」


朝方の涼しさに秋の気配を感じるが、サリアニア侯爵姫の夏用のドレスも露出が増えた気がする。帝国の最新の流行は極薄の生地だろうか。


「そうですか…余計な心配ですね」

「それよりも、奥方の方が心配であろう」


「うむ…」


メルティナお嬢様はブラル山の温泉地から帰っても体調が優れない様子に自室から姿を見せない。それでも政務の指示を欠かさないので心配は無かろうと思う。


女中(メイド)姿のスーンシアが食後のお茶を注ぐ。その所作は楚々として上品に洗練されているが、ふと女中(メイド)服の裾に目が止まる。スカートの裾は屋敷の女中(メイド)に比べても半分程度に切り詰められて、その分はソックスの丈が伸びて肌色を隠している。しかし、スカートの裾からちら見えするのは下着(ドロワーズ)の一部だろうか。ドロワーズは膨らんだ形状にしてスカートの内部を押し広げていると思われる。レースやフリルが入った見せ下着(ドロワーズ)は男心をくすぐる。…やはり、帝国の最新の流行は短小化の傾向だろう。


「サリア様に護衛の獣人の…」

「マキト様。ご報告を申し上げるッ」


僕がサリアニアへ話しかけた時、女騎士のジュリアが食堂へ乱入した。軍隊では急ぎの伝令に礼法の省略を許される。


「何用か? 申してみよッ」

「はっ、ご領地への潜入者が自白を致しました」


「!?」


僕は聞き慣れない潜入者という呼び名に困惑した。




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