ep210 ブラル山の噴石騒動
ep210 ブラル山の噴石騒動
僕らはウォルドルフ家の屋敷へ緊急避難した。家の奥様で老婦人のエリザベートと対面する。
「マキトさん。ご無事で何よりですわ。…今はクロホメロス卿とお呼びした方が宜しいかしら」
「いえ、マキトで結構です。本日はお招き有難う御座います」
一応に貴族らしい対応を見せる。ウォルドルフ家は火の一族でチルダの親戚筋でも有力らしい。
「堅苦しい挨拶は、此れまでに…チルダリアがお世話になった様ね」
「いいえ。こちらこそ…」
既にチルダとの大森林への旅の経緯は知っている様子だ。僕はお礼を述べると共にある要望を話した。
「それは、感慨深いお話ですわねぇ」
「ご検討をお願いできますか?」
「ええ、宜しくてよ。しばらく滞在して行きなさいッ」
「はっ、お言葉に甘えます」
良き返答を期待して僕らはウォルドルフ家の屋敷へ滞在した。
………
屋敷へ職場復帰した女中姿のサヤカは普段以上に精力的に働いた。大森林の森の人の宮殿で清掃の指導を行った成果か堂々とした働きぶりに同僚の女中たちも目を見張る。
毎回の事であれば、チルダリア様の護衛任務の後は家事仕事の勘を取り戻すにも時間がかかるのだけど今回は様子が異なる。家事の切れも仕事の段取りも体力持久力さえも充実している。思うに身体強化の魔法が上達したらしい。
「メイド長。担当区域の清掃を完了いたしました」
「はい。ご苦労様…」
どう見ても仕事に抜かりは無い。悔しいが指摘するミスも発見できないのだ。
「では、特別任務へ行って参りますッ」
「そうね。気を付けるのよ…」
精々に先輩らしく後輩を見送る事しか出来ない。
………
僕はウォルドルフ家の湯殿を楽しんだ。そこは高級宿にも遜色ない露店風呂で貸し切りの時間も場所も選ばない完全に私有地の中だ。…流石に上流階級の贅沢だろう。
「ういぃ、沁みるぅ~」
僕は親爺臭く熱い湯を味わう。大森林の生活では自然の降雨を待つより他に入浴の楽しみは無い。
「温泉って、飲んでも平気だよねぇ」
源泉に近付くと熱湯となる。
「それじゃ…【容器】【計測】ッと」
源泉の湯を仮想の容器へ掬い温度と成分を計測する。なにげに天然の魔力素が豊富に含まれる事も分かった。…いただきます。
「うっく、ごくっ…ぶはぁ!」
「英雄さまっ」
鬼人の少女ギンナが湯殿に突撃した。僕は飲みかけの湯に咽て吐き出した。最近のギンナは成長が著しくて危険な香りが漂う。唯一の誤算はウォルドルフ家の湯殿が混浴な事か。
「どうした?…ギンナ」
「英雄さまっ。お元気が無いですぅ~」
うーむ。そんな酷い顔をしているかなぁ。僕は自身の頬を撫でた。同時にギンナの髪を撫でる。この旅では魔力を使い過ぎて疲労も頂点の様子か。
「温泉で休めば平気さッ」
「あたいが癒してあげるですぅ~」
ぺろり。僕は鬼人の少女ギンナに背中を舐められて悶える。ひぃ、そこは弱いのよぉ。
結局に僕は鬼人の少女ギンナに全身を舐められて悶える嵌めに陥った。…誰だ、ギンナにそんな技術を教えたのはッ。
………
ブラル山の噴石騒動からメルティナお嬢様が体調を崩した。丁度ウォルドルフ家に長逗留の期間で助かる。屋敷の女中さんたちの世話に感謝する。
僕はブラアルの町へ出かけた。鉄製品の専門のスミノスの店を尋ねる。
「よぉ兄弟! ご注文の品物は完成しているぜッ」
「ほほう、良い出来ですねぇ」
鍛冶の男スミノスへ注文した給湯器が完成していた。タルタドフの領地へ設置する為に追い炊き機能付きの特別仕様だ。
「鉄管の接続に苦労してなぁ…」
「あれは?」
スミノスの苦労話もそこそこにして僕は懸念を尋ねた。
「ありゃぁ、新しい職人だッ。おぃ!クラーク。挨拶しなッ」
「へぃ。親方!…クラークでごぜーます」
卑屈な顔で挨拶するのは問題の蒸気鍋に偽物を製作していた若い男だ。
「店の物に手をだしたら、承知しねぇ~しッ」
「ひぃ…」
クラークは怯えて頷くと仕事場へ戻った。首に嵌められた首輪に奴隷の呪印が見える。
「奴隷の首輪がありぁ、下手な事は出来まいッ」
「なるほど…」
ブラアルの行政では軽犯罪者は労働教化と職業指導をして町の労働力に加える方針だ。その前科持ちを店で働かせると言うのも剛毅な話と思える。
「なぁに、腕は悪くねぇんだよッ」
「…」
親方職も身に付いたスミノスの話ではクラークの偽物造りの腕を買って鉄管の製作を担当させているそうだ。給湯器の給水と排水に使う鉄管は材料の鉄板を曲げ伸ばしに管にして、さらに鉄管も設置場所に応じて曲げ伸ばし切り詰めと調節する部位も多い。それで水漏れしない様に寸分違わぬ組み上げをするのだから職人の腕が必要だ。
そんな面倒な行程を任せて職人として鍛えているらしい。今後の精進を見たい。
僕は給湯器の設置を約束して店を後にした。
………
ウォルドルフ家の主人は僕の粘土細工の師匠にして町では有名な工房主だが、ブラル山の噴石騒動の収束のため屋敷にも帰宅せずに工房に詰める日々らしい。
僕は陣中見舞いにウォルドルフ工房を訪れた。その工房は高層区にある老舗で汎用に大量生産の陶器と高級品の焼き物を生産していた。汎用品は大量生産に特化して手間を抑え品質もそこそこだ。それに対して高級品は職人の手作りにして透かし彫りした上品な焼き物から、職人の技術をこれでもかッと投入した彫刻作品まで職人たちが技術を競う様にして芸術作品を生み出す。
そんな工房にもブラル山の噴石は損害を与えたらしく焼き窯の修復や工房の屋根の修理などが行われている。
「師匠はいらっしゃいますか?」
「!、マキト師ッぃ」
若い職人が直立不動の姿勢で畏まる。僕に変な尊称を付けないでくれ。僕が重ねて尋ねると…
「ウォルドルフ師匠は?…」
「お、奥にいらっしゃいますッ」
額に汗をして応えた。汗水垂らして働くことは良い事だ。僕は勝手知ったる様子で工房の中を進んだ。職人たちは噴石の被害にも負けず活き活きと働いている。
「師匠っ! 顔色が優れませんが?」
「ほぉ、マキト殿か…」
ウォルドルフ師匠は憔悴していた。事情を聴くと深刻な事態らしい。工房の被害は修理が完了すれば営業を再開できるだろう。職人は数人が怪我をしても作業に影響する程の問題にはならない。問題は焼き窯に利用する火の魔石の供給が滞る事だ。
ブラル山は火の魔石の産地にして鉱山では天然の火の魔石を産出する。それは火山活動の影響を受けて鉱山への立ち入りも難しくなる事が予想された。そうなれば、町の経済も激震によろめく事態である。
まさか、鉱山へ潜入して火山の活動を制限する事も出来ず。僕らはただ事態の推移を見守るばかりだ。後は鉱山を管理する王家の問題となるだろう。
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