ep209 帰還の途に墓参り
ep209 帰還の途に墓参り
僕らはスティカルラ殿下の計らいにより人族の親善大使の待遇で歓待された。それでも滞在期限となり帰国の途に付く。当初の救援活動で魔力過多症の重病者と慢性患者には薬物により対処が出来た。潜在的な症状に悩む者には粘土教室を通じて対策が出来るだろう。その他に宮殿に仕える兵士や女官にも魔力を消費した活動を推奨した。今後は人族の生活様式に学ぶのも良かろうと文化交流を献策として挙げたが、今後の国策となるかは不明だ。
「マキト・クロホメロス卿。ご助力に感謝いたします」
「いえ。お世話になりました。ユートさん」
案内人のユーリピトは呪印の仮面の下で微笑んだ。森の端に人族の気配がする。
「おぃ。そこにいるのは小僧かッ!」
「…ひゃっほぅ~」
「…森の人は、何処だべぇ?」
狩りの序か大森林で行方不明となったマキトたちの捜索も続けられていた。村の男衆が見える。
「ギスタフ親方。ただいま戻りました」
「無事で何よりだぜッ」
「ふふん、英雄さまっ!」
-FUN!HAFHAF-
匂いを嗅ぎ付けて鬼人の少女ギンナと魔獣ガルムの仔コロが現われた。既に十日以上も行方不明の僕らを探してい様子だ。
火炎の女チルダは轟々と火炎を吹いて炎の傭兵団の男たちの熱い抱擁を受けているが、あちらの流儀もあるのだろう。火炎の熱気で森の木々が焼けそうに思える。
僕らは下界と言われる人族の集落マヒルダ村へ帰還した。
◆◇◇◆◇
そこは大樹の根の洞を利用した無限牢獄のひと部屋だ。青の騎士ジェリドナは珍しく軍装を解いて無限牢獄の囚人と面会していた。牢獄の囚人は大樹の根に魔力を吸われて弱体化するそうだが、魔女っ娘サルバリムは元気に見える。
「今日は友人として面会に来た。サーム元気そうだな」
「ふん。この私が人族の男如きに負けるものかッ」
無限牢獄に魔力を吸われてもサルバリムの怒りは抜けない様子だ。今回の騒動は魔女っ娘サルバリムが継承順位の下剋上を狙っての策謀だったが、それを反省する様子は見られない。…刑期は伸びそうだ。
「クロホメロス卿の実験は成功したのか?」
「あの男ったら、この私を酷使するばかりで、ニヤニヤしておるのじゃ!」
ジェリドナは幼馴染に私見を申した。
「それは、変態と言う者ではないか?」
「へっ?…変態ぃ」
意外な言葉にサルバリムの怒りも霧散すると見えたが、
「特殊な嗜好の持ち主よッ」
「ぐぬぬ、あの男めぇ…それで私の弱点を責め立てたのか!」
再び怒りをぶち撒けるサルバリムへジェリドナが小声で囁く。
「そ、それで…子種は受けたのか?…」
「はっ、魔力梨めっ!」
それは、マキト・クロホメロス卿への罵倒だろう。卿がサルバリムの身柄を要求した際には彼女の凌辱も覚悟したのだが杞憂に終わったらしい。もし、クロホメロス卿がサルバリムに子種を与えていれば、繁殖保護法に違反する重罪人となる所だった。
無限牢獄も部屋には限りがある。そのため、サルバリムが収監されるに代わり釈放された者があった。継承順位を失った森の人ステシマネフである。
ステシマネフはかつてマキトへ神鳥の卵を託した人物だが、マキト・クロホメロス卿と再会する事は無かった。
◆◇◇◆◇
僕らはマヒルダ村で休息した翌日にカムナ山の中腹を目指した。山道をえっちらおっちら登るのだが、幼少の足で歩いた頃とは異なり昼前には目的地に着いた。カムナ山の中腹にはかつてマキトが過ごしたオル婆さんの山小屋があったが、小屋は跡形も無くて寄り添う様にして生えていた大木も半ばからへし折れて上部が吹き飛び小枝の残骸も無い。大木の根と新たに芽吹いた新緑が見えるのみだ。
「何も無い所ですわね」
「うむ…」
マキトの生家を見たいと言って同行したメルティナお嬢様が率直な感想を述べるが、僕は裏手の山へ向かった。やはり、数年来も放置していた為かオル婆さんを埋葬した場所には大穴が空き石積みの跡形も無い。
「小僧、すまねぇ…落雷があったらしくてなぁ…」
「いえっ」
僕は墓参りに同行したギスタフ親方が申し訳なく言うのを制した。
「…」
「こうなれば、恩義も返せずッ…【過剰】【掘削】【形成】【彫刻】!」
マキトは怒りに任せて地面を掘り起こし、巨大な粘土細工の要領で霊廟を建設した。
「せめてもの、魂の平安にッ…【圧縮】【高熱】【焼成】【塗装】!」
それは、マキトが今ある技術で建築できる最高の出来映えだったろう。
「!…」
「っ……」
「はぅ……」
僕は霊廟へ供物を供え手を合わせる。
夏の日差しは残り少なかった。
◆◇◇◆◇
火炎の女チルダと炎の傭兵団は一足先にブラル山へ帰還した。大森林の森の人の状況を踏まえて実家で対策を相談する為らしい。
「小僧、達者でなッ」
「ギスタフ親方も、商売繁盛をお祈りします」
村人に見送られる僕も出世した者だと思う。
「ギンナちゃん嫁に来いよッ!」
「…つるぺた万歳ッ…」
「…俺には、ハンナが…」
それにしても、鬼人の少女ギンナの方が村の人気者で見送りも多い様子だ。…ギンナを嫁にはやらんぞ。
帰路はブラル山の温泉地で泊まり元来た道を辿る予定だ。メルティナお嬢様も魔獣ガルムの仔コロへギンナと二人乗りに慣れて高速移動が可能だ。乗馬姿がサマになっている。
こうして見てもブラル山は今も噴煙を上げており活火山と分かる。平原には肉食の兎が勢力を保っているが、コロのおやつに齧られていた。
思えばチルダと二人で旅した際には、兎の襲撃にも警戒した物だが…僕も成長したと思う。
例によってブラアルの町の高層区にある高級宿へ泊まる為、町の中央通りを登っていると爆発があった。
-DOGON! Grooo-
爆発に続いて地鳴りの様な響きと、ボカボカと石弾が降る。
「退避ッ!」
「っ…」
町の住民は慣れた者で頑丈な石造りの建物へ逃げ込む。僕らも石弾を避けて手近な商店へ飛び込んだ。…緊急事態だ文句は言われまい。
「主様ッ」
「大丈夫かい?…ブラル山の噴火だろう…」
河トロルのリドナスと護衛たちは石弾の雨に身を潜める。バラバラと小石の礫が収まると町に静けさが訪れた。
おっかなびっくりと町の中央通りに出て見れば、逃げ遅れた負傷者が呻いていた。骨折、切り傷、打ち身、打撲と軽傷の者は放置して先へ進むと流血した重傷者が治療を受けていた。
「慈愛の手ッ【火炎】」
「うっく…」
火の魔法の治療方法は手荒に、火炎を纏った掌を傷口へ押し当てて止血する。ジュウと肉が焼ける音と予想通りに重傷者の脇腹へ手形の焼き印が残った。
「マキト! 手伝っておくれッ」
「勿論ッ!」
火炎の女チルダは手荒な止血を施すと負傷者を探した。額を割って流血した少年にも容赦無く火炎を使う。
「あがぁががが~」
「少年っ、男の子が泣く者じゃ無いよッ」
老体の止血も同じ対応だ。
「はんぎゃぁ~チルダリア様に…抱かれて死ぬるぅ…」
「ちゅ!」
ご老体…未だ死んではいませんよ。チルダはご老体の気付けにキッスを残して先を急いだ。ひと時も町中を駆けまわり火炎の女チルダは安堵の吐息を吐いた。
「ふぅ。石降りとは、十年も無かった惨事じゃん」
「は、はぁ、はぁ…」
僕は治療の手助けだけでも息を切らして聞いた。チルダの話ではブラル山が噴石を上げるのは珍しい事らしい。活火山に住む者が言うのだから間違いは無いだろう。
僕らは応急処置を終えて屋敷へ招かれた。そこは上層区にあるウォルドルフ家の屋敷だ。緊急避難の場所として王城の以外にはこの上も無い。
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