ep204 大森林からの使者
ep204 大森林からの使者
◇ (あたし神鳥のピヨ子は尋問の様子を眺めた。…面倒事は下賤の者へ任せるに限る)
忍者姿の護衛はウォルドルフ家の屋敷で働く女中サヤカであった。白石の肌に黒髪の女忍者とは…ご主人も良い趣味をなさっている。
捕えた不審者は真夏の高原でも暑かろうと見えるフードを被り、念入りにも仮面を付けている。それは誤解の呪印を刻まれた仮面らしく並の者では正体を見破る事はできまい。
「正体を明かしなさいッ」
「っ!」
女忍者サヤカが命じると、平伏した女は仮面とフードを外し身を晒した。それは細身に薄布を纏い色鮮やかな花弁や紅葉で飾られた衣装を着ている…明らかに里の者ではなかった。
「神鳥様へ折り入って頼みがあります」
◇ (この女は森の人と呼ばれる容姿で、あたしの正体を知る妖精族だわ。あたしは鷹揚に頷く)
-PIiiYOoo-(うむ、宜しい。申してみよ)
森の女は事情を話した。
………
僕の前には背の高い細身の女が立っていた。ブラアルの町へ侵入する不審者として捕えられたらしい。どうして正規の街道を通らないのか想像に難くはない。おそらく大森林から真直ぐにブラル山を目指したものと思われる。森の人からすれば人里に近い森も荒野も同じく危険な場所だろう。
そんな危険を冒して僕らに会いに来たと言うのか。
「それで、僕らと…神鳥のピヨ子に協力して欲しいと?」
「はい。御身のご助力を賜りますれば…」
「今まで交流も無く音信も絶えて久しい…そんな人族に何が出来ると思うのかッ」
「身勝手は重々に承知の上で、伏してお願い申し上げまする」
平伏する森の人は身を挺して僕らの説得に来た様子だが、何やら明かせぬ事情がありそうだ。彼女の懇願によると大森林に住まう森の人の部族で下界の助けが必要な事態となったらしい。そのため下界でも神鳥のピヨ子を伴に連れた僕に目を付けたと言う。元々にピヨ子が生まれた経緯は森の人に託された卵が因縁である。…あの時の美しい森の人はどうなったのか。
「大森林へ案内して下さい。お助け出来るかは…現地の状況を見てからですねぇ」
「ははっ、有難き幸せに御座いまする」
僕らは災害救助の準備を始めた。
救助隊はチルダの私兵と炎の傭兵団を主力として編成し僕らが加わる形だ。温泉旅行の気分であったメルティナお嬢様はタルタドフの領地へ帰そうと思うが、強硬に本人が同行を希望しては無理強いも出来ない。僕は仕方なくメルティナの動向を許した。
山オーガ族の少女ギンナと魔獣ガルムの仔コロの同行は心強い。途中のカムナ山の狼の程度では近寄る事も無いと思う、それ程に魔獣ガルムの気配は強いのだ。さらに近隣に名の知れた炎の傭兵団が同行するなら、盗賊団も手出しを控えるだろうから道中の安全度は高い。
それでも同行する人数を絞って中隊程度の救助隊となり、道中の宿としてマヒルダ村へ到着した。
道中は僕と離れず、メルティナお嬢様が感慨深げに言う。
「ここがマキト様の古里ですのね」
「いや、生家はもっと山奥で…カムナ山の中腹あたりさぁ」
僕はオル婆さんとの山小屋での生活を思い出す。
「おぅ。マキト! 何の騒ぎだぁこりゃ?」
「ギスタフ親方ッ…」
マヒルダ村の魔道具店の店主ギスタフが現われた。僕はギスタフ親方の身長を追い越したが、ギスタフ親方の横幅は僕の三倍もありそうで腕も丸太の様に太い。僕は事情を話した。
「げははははっ、水臭せぇ。俺たちも強力するぜッ」
「…」
「ワシらも協力しようぞ」
「森の人は美女揃いだしなぁ…」
「西の森には、珍味も多いらしいぜ…」
村の男たちも手勢を集めて災害救助に参加する事になった。僕はなんだか暖かい気持ちになる。森の人ユーピリトは仮面を付けてひと言も発しないが、救助隊の人数が増える事に異論は無いらしい。
「ユートさん。案内をお願いします」
「ははっ。任されよッ」
マヒルダ村は人族の開拓村の最前線でこれより西は大森林となる。森の人ユーピリトは獣道を抜けて救助隊を大森林の奥地へ案内する。
「っ!?」
「この辺りか…魔は去れよッ」
大森林を西へと進むに連れて救助隊の隊列は長く伸びきっていた。
「ここで、休息にしようじゃん!」
「うむ」
火炎の女チルダの提案は最もだろう。
「マキト様。お食事の準備が出来ていますわ」
「チルダリア様。こちらへ…」
メルティナお嬢様が用意した食事は、雑穀のパンに炙り焼きにした肉とトマトに似た夏野菜を挟んだ物でマヒルダ村の特産と思える。
「懐かしい味わいだねぇ~◇」
「マキトといると、退屈せずに済むじゃん!」
火炎の女チルダが雑穀のサンドイッチを解凍しながら言う。食材は氷の魔女メルティナが凍結して輸送していたらしい。お付きの女中は仕事着のサヤカだ。…大森林にその恰好はどうかと思う。
僕らは呑気に昼食にしていたが、後続の救助隊は到着が遅れている様子だ。メルティナが食後の飲み物へ氷を浮かべる。…さすが!夏場には一家に一台の氷の魔女だろう。
「ふう、暑さにはコイツが一番さぁ」
「うっく…」
マヒルダ村に特産の麦茶に氷を浮かべて優雅なお茶を楽しんでも、後続は到着しなかった。森の人ユーピリトが独りごちる。
「…やはり、森を抜けられぬ…か」
「あっ、リドナス!」
「主様。やはり、後続は行方知れず デス♪」
「…」
河トロルのリドナスが周辺の偵察から戻って報告するが、本隊からすると僕らの方が行方知れずだろう。
そこへ森の人の迎えがあった。当然の様に完全武装して弓矢と槍を携えた兵士に囲まれた。
「クロホメロス卿。お迎えに参りました」
僕らは虜囚の様にして連行された。
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